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政策維持を決めた金融政策決定会合:日銀利上げシナリオの再検証

2023/09/22

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緩和バイアスのフォワードガイダンスは維持される

日本銀行は9月22日の金融政策決定会合で、大方の予想通りに政策変更を見送った。

対外公表分では、将来の利上げの地均しを意図して「必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」という緩和バイアスのフォワードガイダンスを撤廃、あるいは修正するとの観測もあった。しかし実際にはこの文言は維持され、近い将来に本格的な政策修正が行われる可能性が低いことを示した。

他方、足元の高い物価上昇率は、「既往の輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響」との判断を維持している。高い物価上昇率は、賃金上昇を伴う国内要因主導での持続的な物価上昇率の高まりとは異なるメカニズムによる、との見方が維持され、2%物価目標達成はなお見通せない、との日本銀行の従来の見方に沿った判断が示された。

早期利上げ観測が燻ぶる

金融市場では早期の利上げ観測が燻ぶっている。2週間前の読売新聞のインタビュー記事を受けて、金融市場ではマイナス金利政策解除の時期についての見通しが前倒しされた。エコノミストに対する各種アンケート調査によると、来年4月のマイナス金利政策解除を見込む向きが最も多くなり、それについで来年1月の見通しも少なくない。一部では年内の実施も見込まれている。

しかし、この記事を受けた金融政策見通しの修正は行き過ぎているように思われる。その点は、本日の総裁記者会見で検証されるだろう。

高い物価上昇率が持続的なものとなり、2%の物価安定目標の達成が見通せるようになるかどうかという観点から、日本銀行が最も注目しているのは明らかに来年の春闘である。この点から、その前の来年1月の決定会合で利上げを実施する可能性はかなり低い。本格的な政策変更は、最短でも春闘後の来年4月の決定会合と考えられる。ただし筆者の見通しは、来年後半以降である。

先行きの日本銀行の利上げに至るプロセスについて、本コラムでは3つのシナリオを示した(コラム「日本銀行の利上げに至る3つのシナリオ」、2023年9月19日)。その箇所を以下に再掲したい。

物価目標達成を確信して政策修正を進める可能性はかなり低い(第1のシナリオ)

マイナス金利政策解除など、本格的な政策修正に至るプロセスには3つのシナリオがあると考えられる。その前提は、植田総裁と日本銀行の事務方は、現在の異例の金融緩和には副作用が大きいことから、それをなんとか理由を見つけて見直したい、という意向を強く持っているということだ。

第1は、来年の春闘での高めの賃上げ率(ベアで+3%~+4%)を受けて、2%の物価目標達成が見通せるようになったと日本銀行が本音で判断し、それを宣言することだ。その後に、政策修正を急速に進めることになる。

ただし、その可能性はかなり低いのではないか。黒田前総裁は、2%の物価目標達成と整合的な賃上げ率はベアで+3%としていた。今年の春闘でベアは+2%強であったが、足元の所定内賃金上昇率は+1%台半ばであり、中小、零細企業も含めた基本給の上昇率の平均値はこの程度の水準である。

これが来年の春闘で+3%超まで加速する可能性は限られるだろう。春闘実施時に参照される最新の物価上昇率(コアCPI)は、今年1月が+4.2%であったのに対して、来年1月には+2%程度となることが予想される。物価上昇率が今年の半分以下となる中で、ベアが大きく加速する可能性は低いだろう。今年の予想外の賃金上昇率の上振れも、上振れた物価上昇率が転嫁されたことによるところが大きい。

さらに、2%の物価上昇率が実現していた90年代初頭には、実質賃金上昇率を決める労働生産性上昇率は+3%台後半だった。そのもとで、基本給上昇率のトレンドは+4%程度であったとみられる。来年の春闘でさらにそこまでベアが加速する可能性は極めて低いだろう。

実際には、+1%台までベアは下落する可能性をみておきたい。そのため、来年の春闘を受けて、日本銀行が2%の物価目標達成を確信し、宣言する可能性は低い。

2%の物価目標を達成できると思わなくても達成と宣言して政策修正を進めるのはリスクが高い(第2のシナリオ)

しかし、日本銀行が理由を見つけてなんとか現在の金融緩和を見直したいと考えているのであれば、本当に2%の物価目標を達成できると思わなくても、達成が見通せたと宣言して、政策修正に踏み切る可能性はあるだろう。この第2のシナリオの可能性は、第1のシナリオに比べれば明らかに高い。

日本銀行のコアCPIの見通しは、2023年度に+2.6%と2年連続で+2%を大きく上回る。来年の春闘の賃上げで、今年の水準を下回っても比較的高めの賃金上昇率が維持される一方、現在+1.9%である2024年度の物価見通しをこの先+2%超にまで引き上げれば、3年連続で物価上昇率は+2%を大きく上回ることになる。これらを持って、日本銀行が2%の物価目標達成が見通せたと宣言し、最短では来年4月の決定会合でマイナス金利政策解除に踏み切るというシナリオだ。

しかし、2%の物価目標達成が見通せたと宣言すれば、金融市場は、短期金利が2%以上の水準まで引き上げられるとの観測を強め、その結果、10年国債利回りは3%ほどまで跳ね上がる可能性が出てくる。これは金融市場に大きな混乱をもたらす。

実際に2%の物価目標が達成され、インフレ期待も+2%程度の水準で安定するのであれば、こうした長短利回りの上昇は、実体経済に大きな打撃とならないだろう。しかし実際には、2%の物価目標が達成されることはなく、インフレ期待も+2%よりもかなり低いの水準で安定するようになるなかで、政策変更を織り込んで長短利回りがここまで上昇すれば、実体経済にかなり大きな打撃を与えるだろう。

それを受けてインフレ率も+2%から大きく下振れ、日本銀行の本格政策修正は拙速であり失敗だったとの強い批判を受けることになる。

マイナス金利政策解除は来年後半以降か(第3のシナリオ)

こうした点を考えれば、最も可能性の高いシナリオは第3となる。来年の春闘賃上げ率が期待された水準ほどに達しないことを受けて、日本銀行は2%の物価目標は短期的には達成できない、と宣言するのである。その場合、来年4月の展望レポートでは、2025年度に加えて2026年度についても物価上昇率が+2%を大きく下回る予測値を示すだろう。

そのうえで、金融緩和は長期化するとし、長期戦に備えて金融緩和の枠組みを見直す方針を示す。緩和が長期化すれば副作用も大きくなり、それが緩和の継続性を損ね、物価目標の達成を妨げてしまう、との説明となるだろう。そうした説明を踏まえて、副作用の軽減が狙いとしつつ、実際には、緩やかながらも本格的な政策修正に乗り出すのである。この場合、第2のシナリオのように、急激な利回り上昇が生じることもないだろう。日本銀行が想定するペースと順番で、政策の見直しを順次、緩やかに進めることができる。

また、事前にサプライスとなることを予言していた7月のYCCの柔軟化とは異なり、政策修正は十分に時間をかけて金融市場に織り込ませながら実施することが予想される。そのため、春闘の結果を受けて、直ぐに来年4月にマイナス金利政策解除に踏み込む可能性は低いだろう。多角的レビューの結果を踏まえ、マイナス金利政策の副作用について金融市場に十分に説明したうえで、マイナス金利政策解除を実施するのは、最短で来年後半になるのではないか。

さらに、内外景気情勢の悪化や米国での金融緩和が日本銀行の政策修正を後ずれさせる可能性が考えられる。それらの動向次第では、マイナス金利政策解除の時期は2025年まで後ずれする可能性もあるだろう。

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