米国で商業用不動産価格はリーマンショック時以来の本格下落に
米国のオフィス価格はピークから16.5%下落
中国では、不動産価格の下落が個人消費の下振れなど経済活動を低迷させるとともに、不動産関連投資に傾倒した信託商品、理財商品など資産運用商品の債務不履行(デフォルト)を生じさせている。いわゆるシャドーバンキングの問題である。
他方、米国でも商業用不動産の価格の下落が続いており、経済活動に悪影響をもたらすとともに、中堅・中小銀行の不良債権問題を生じさせる可能性が出てきている。
グリーンストリートアドバイザーズが算出している米国の商業用不動産価格は、2022年4月から最新の2023年8月まで16.5%下落している。リーマンショック時以来の本格的な下落だ。
リーマンショック時には、下落局面は1年9か月に及び、下落幅は36.7%となった。今回の下落局面は、8月までで1年4か月となっており、リーマンショック時を上回る長さとなる可能性もあるだろう。
商業用不動産の中でも、下落率にはばらつきがみられる。最も下落率が大きいのが、オフィス物件であり、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ開始以来、足元まで31%下落している。リモートワークの広がりがオフィス需要を弱め、価格下落を助長している。
他方で、ネット通販用に需要が根強い倉庫の価格は、ピークからわずか8%の下落に留まる。集合住宅の価格は、2022年3月以降20%下落している。
売り手は安値で手放すことになお慎重でビッド・アスク・スプレッドが拡大
グリーン・ストリートによると、米国不動産への投資家は少なくとも過去20年間、投資適格社債の利回りを1.9%ポイント上回るプレミアム(上乗せリターン)を求めてきた。現在、そのプレミアムは1.3%ポイントに留まる。この水準が長期トレンドの1.9%ポイントに戻るためには、米国の不動産価格が現在より10~15%下落することが必要となる計算になる。その場合、不動産価格の下落幅はリーマンショック時に近づくことになろう。
このように、商業用不動産の価格下落はこの先加速する可能性がある。ただし現状ではなお、物件を安値で手放すことに慎重な売り手が多い。その結果、売り手が提示する売値(アスク)と買い手が提示する買値(ビット)とが大きく乖離し、不動産物件の流動性は低下している。
MSCIのビッド・アスク・スプレッドは、集合住宅で7月に11%と、不動産市場が2008年の相場急落から回復途上にあった2012年初め以降で最も大きく開いている。オフィスはやや狭い8%前後、物流倉庫は最も小さく2%程度となっている。
価格が大きく下がった物件を買い漁るファンド
スプレッドが大きく開いている間は、不動産取引も低迷する。CBREのデータによると、23年4~6月期の米商業用不動産への投資は前年同期に比べて64%減少している。売り手がいずれ価格を下げることでスプレッドが縮小し、取引が活性されて初めて不動産市場に資金が流入し、それが市場回復の原動力となるだろう。
実際、不動産物件を安値で投げ売りする動きは出てきている。最近の例では、サンフランシスコの中心街にあるオフィスビルが、開発業者のプレシディオ・ベイに4,100万ドル(約60億円)で売却された。売り手のクラリオン・パートナーズは、2014年に1億700万ドルでこの物件を購入していた。購入時の3分の1程度の価格で渡したのである。
価格が大きく下がった物件を狙っているのがファンドだ。ウォール街の投資会社は、オフィスビルや住宅ビル、その他の問題のある商業用不動産を買収する新たなファンドを設立している。価格が大きく下がった物件を買い漁ることが狙いだ。
規制当局への提出書類によると、コーヘン&スティアーズ、ゴールドマン・サックス、EQTエクセター、ベントール・グリーンオーク(BGO)などの企業が、不良資産や価値が低迷しているその他不動産の買収を目的としたファンド向けに数十億ドルを調達しているという。
不動産市場の調整で中堅・中小銀行は不良債権問題に直面か
このように、価格が大幅に下がった後に、不動産市場に資金が流入し、それが不動産市場の回復につながっていくだろう。ただし、不動産価格が下落する中では、銀行貸出の劣化が進み、不良債権問題が深刻化する可能性がある。
10年余り前、サブプライムローン危機を予見した投資で成功を収めて有名になったヘッジファンド運営会社ヘイマン・キャピタルの創業者、カイル・バス氏は、オフィス市場の下落によって、米国の銀行には2,000億~2,500億ドル(約29兆3,000億-36兆6,000億円)の損失が生じると述べている。さらに、今後6~8か月の間に、景気は下降線を辿るだろうと語っている。
中国では既に、景気減速、不動産不況、金融不安の「三位一体」の問題が浮上している。米国でも中国に続いて同様の問題が、来年にかけて顕在化していくのではないか。
(参考資料)
"How to Play the Property Meltdown in Five Charts(米商業用不動産の値崩れ、チャートで見る)", Wall Street Journal, September 1, 2023
"Wall Street Is Ready to Scoop Up Commercial Real Estate on the Cheap(米商業用不動産、価格低迷に勝機見る投資会社)" , Wall Street Journal, August 18, 2023
"Kyle Bass Says US Banks to Lose $250 Billion in Office Holdings", Bloomberg, September 12, 2023
執筆者情報
新着コンテンツ
-
2024/09/11
『資産運用立国実現プラン』は岸田政権が残した成果:金融所得課税強化は慎重な議論を
木内登英のGlobal Economy & Policy Insight
-
2024/09/10
木内登英のGlobal Economy & Policy Insight
-
2024/09/09
高市氏が自民党総裁選に立候補を表明:戦略的な財政出動を掲げ、日銀利上げに慎重な姿勢
木内登英のGlobal Economy & Policy Insight