原油価格上昇で薄れる対ロ制裁の効果

昨年12月に先進7か国（G7）、欧州連合（EU）、豪州は、ロシア政府の収入減とエネルギー価格の安定を狙って、ロシア産原油の輸出価格に1バレル60ドルの上限を設定し、この上限を超える価格で取引された原油については船舶保険を引き受けないよう、欧米の保険会社に義務づけた。

この制裁措置の効果で、米財務省は今年前半のロシア政府の原油収入が、前年比で50％近く減少したと説明している。またロシア中央銀行は、１─９月の石油・ガス収入は前年同期比34.5％減少し、１－９月の経常黒字が前年同期比79.1％減の409億ドルになったと発表した。

しかし、夏場以降の原油価格上昇によって、ロシアの石油輸出額、政府の原油収入は再び持ち直している。そのため、制裁効果が薄れているのである。ロシア中央銀行は、石油輸出額は緩やかに持ち直しているとして、2023年の経常黒字見通しを260億ドルから450億ドルへと引き上げた。

ロシア財務省が発表したロシア産ウラル原油価格は、6月に1バレル55.3ドル、7月に64.4ドルであったが、9月には平均で83.8ドルまで上昇している。

ロシア産原油の価格上限措置違反で初めての制裁

そうした中、上限を超える価格で輸出されるロシア産原油が増加しており、先進各国は警戒を強めている。

12日に開かれたG7財務相・中央銀行総裁会議でG7と豪州は、ロシア産原油の価格上限措置を順守するように海運業界などに改めて勧告した。さらに米財務省は12日に、１バレル＝60ドルの上限を超える価格でロシア産原油を輸送したとして、アラブ首長国連邦（UAE）とトルコに拠点をおく２社を制裁対象に指定すると発表した。ロシア産輸出価格の上限違反による制裁は、これが初めてのことだ。

米財務省によると、UAEの企業が保有する船舶は１バレル＝75ドル超でトルコの企業が保有する船舶は同様に１バレル＝80ドル超で、それぞれロシアの港からロシア産原油を輸送した。ともに米国企業が提供する海上保険などを使っていた。米国内にある両社の資産は凍結され、米国企業との取引ができなくなった。

世界経済の減速で原油価格は下落か

原油価格が上昇する中、上限価格を超えてロシアが原油を輸出するケースが増えており、制裁措置の効果は低下してきたと考えられる。ただし、世界経済が減速していけば、原油に対する需要が鈍化して、価格下落につながる。そうなれば、ロシアの原油収入も再び減少することになる。

国際エネルギー機関（IEA）は12日に公表した10月分月報で、2024年の世界の原油需要増加量の見通しを、日量100万バレルから80万バレルに引き下げた。厳しさを増す世界の経済情勢とエネルギー効率化の進展が背景である（コラム「中東情勢悪化で原油価格が急騰する条件」、2023年10月13日）。

世界経済の減速という先進国にとっても打撃となる犠牲を払って、初めて、原油価格の下落を通じてロシアに対する制裁が再び強化されることになるのではないか。

中東情勢の悪化はロシアを利する

ただし、ハマスによるイスラエル攻撃によって生じた足もとでの中東情勢の不安定化は、対ロシア戦略の観点からも先進国にとっては大きな懸念材料である。

中東情勢の不安定化は、国際世論の関心をウクライナ問題からそらす、米国の軍事的資源をウクライナから中東に分散させることになる、といった2つの側面からロシアを利することになる。さらに中東での紛争の拡大を受けて、原油価格が高騰すれば、これもロシア政府の原油収入を増加させ、ロシアのウクライナ戦争継続を助けてしまうことになる。もちろん、原油価格の高騰は、多くの先進国経済にも打撃だ。

このように、対ロシア制裁の有効性という観点からも、米国及び先進国は、中東情勢の早期の安定回復に大きな関心を抱いているだろう。

（参考資料）
「ロシア、1─9月の経常黒字79％減　輸出は緩やかな回復続く」、2023年10月11日、ロイター通信
「米国：露原油輸送価格、上限違反で制裁　米が中東２社に」、2023年10月14日、毎日新聞
「トルコなど２社　米制裁の対象に　露原油上限価格違反」、2023年10月13日、東京読売新聞

執筆者情報

• 木内 登英

  エグゼクティブ・エコノミスト