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中東情勢緊迫化1か月の金融市場と米国債の安全資産としての機能低下

2023/11/08

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中東緊迫化1か月で原油価格はじり安

パレスチナのイスラム組織ハマスがイスラエルに奇襲攻撃を行い、その報復としてイスラエル軍がガザ地区への軍事作戦を開始してから、7日で1か月が経過した。双方の死者は既に1万1,000人を超えている。今後、ガザ地区での市街戦が本格化すれば、犠牲者がさらに増えることが懸念される。

他方、世界の金融市場、商品市場は事態を比較的冷静に見守り続けている。現時点で、中東情勢緊迫化の影響は総じて大きくない印象だ。金融市場の反応が大きくない理由の一つのは、原油価格の反応が比較的大きくないためである。WTI原油先物価格は、一時1バレル90ドル台に乗せたが、11月7日時点では80ドルを割り込み、紛争勃発前の水準を下回っている。

イランが関与を強める形で紛争が広がりを見せれば、原油供給に影響が生じ、原油価格は大幅に上昇する可能性がある。世界銀行は、原油価格は最悪の場合、1バレル=85ドルから同150ドルに上昇する可能性があると警鐘を鳴らしている。しかし、今のところ紛争地域は限定されており、また紛争拡大の鍵を握るイランも、紛争への関与に慎重な姿勢を崩さない中、原油価格はじりじりと低下している。

金の価格は地政学リスクの上昇に素直に反応

サウジアラビアとロシアの原油生産の自主減産継続にも原油価格はほぼ反応せず、足もとでは低下を続けている。本来、原油価格は資源消費大国である中国経済の減速懸念によって下落圧力を強く受けているとみられる。原油価格は、中東情勢緊迫化によって一時的に押し上げられたが、その懸念が緩和されるなか、本来の経済ファンダメンタルズを反映して低下しているのである。

原油価格とは対照的な動きを見せているのが金である。中東情勢緊迫化を受けて、1オンス1,800ドル近傍にあった金の価格は、2,000ドル近傍とほぼ既往ピークに近い水準にまで達した。その後、原油価格が低下する中でも2,000ドル近傍の水準を維持している。リスク回避先の安全資産の代表格である金の価格は、中東情勢緊迫化という地政学リスクに明確に反応したのである。

株式投資のリスクヘッジとして機能しにくくなった米国国債

ところが、地政学リスクが浮上する際にリスク回避先となるもう一つの代表格である、米国国債の反応が鈍い状況だ。ごく足もとでは、米国の成長鈍化観測、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ打ち止め観測から、米国債の利回りは幾分低下しているが、10月末までは10年国債利回りは5%近傍で高止まりを続けていた。当初は、原油価格急騰によってインフレ率が押し上げられるとの懸念が、利回りの低下を妨げていた面もあったとみられるが、原油価格が低下に転じてからも利回りの高止まりは続いたのである。

米国債が地政学リスクの高まりに大きく反応しなくなった背景には、2022年の歴史的な利回り急騰の影響があるのではないか。通常、債券価格と株価は逆相関を示し、景気情勢が良好で債券価格が下落(利回りが上昇)する局面では、株価は上昇しやすい。他方、景気情勢が悪化して債券価格が上昇(利回りが低下)する局面では、株価は低下しやすい。

ところが2022年には、国債利回りの歴史的急騰がバリュエーションの観点から株価に強い逆風となり、債券価格と株価が同時に下落を続けた。株式の投資家にとっては、債券がリスク回避先として機能しなかったのである。

この経験があったため、中東で地政学リスクが高まり、原油価格高騰などによって世界経済が悪化するとの懸念から株価に下落圧力が高まる局面でも、株式投資のリスクをヘッジする投資先として、米国債が選好されなかったと言えるのではないか。

景気と株価にフリーフォールのリスクも

また、財政悪化懸念や債務上限問題や政府機関閉鎖で明らかになった政府や国会の財政ガバナンスの欠如も、投資家が米国債を敬遠するきっかけとなってしまった可能性もあるだろう。

金融市場が重要なリスク回避の資金逃避先を失ったとすれば、これはかなり危険なことだ。この先、地政学リスクの上昇や景気悪化懸念から株価が下落しても、国債が買われて利回りが顕著に低下しなければ、株価は下げ止まるきっかけを掴めない。また、景気悪化懸念が高まる中でも長期国債利回りの高止まりが続けば、それが景気悪化を加速してしまうだろう。それもまた株価を押し下げるのである。

このように、リスク回避の資金逃避先としての国債の役割が大きく失われてしまえば、景気と株価が容易に下げ止まらないフリーフォールの状態に陥りかねない。これは由々しき事態と言えるだろう。

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