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ムーディーズが米国債の格付け見通しを引き下げ:今度は格下げが長期金利上昇、トリプル安を引き起こすか

2023/11/13

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ムーディーズが米国債の格付け見通しを引き下げ

大手格付会社のムーディーズは10日に、米国債の格付け見通しを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げた。財政赤字の拡大に加えて、「議会内で政治的二極化が継続」しているという政治的混乱が、政府や議会による財政ガバナンスを低下させていることを理由に挙げている。

ムーディーズは今年9月に、政府機関が一部閉鎖に追い込まれれば、米国債の「信用面でマイナスだ」と表明していた。その後「つなぎ予算」の成立によって政府機関閉鎖は一時的に回避されたが、そのつなぎ予算は11月17日に期限を迎える。そのタイミングを意識して、ムーディーズは議会に警鐘を鳴らす意味合いで米国債の格付け見通しを引き下げたのだろう。

政府機関閉鎖となれば、ムーディーズは長期発行体格付けおよびシニア無担保格付けを最高位の「Aaa(トリプルAに相当)」から引き下げる可能性が出てくる。その場合には、2011年に米国債の格付けを最高位から引き下げたS&P、今年8月に引き下げたフィッチに続き、大手格付会社いずれからも米国債が最高位の格付けを失う異例の事態となる。

足もとでは財政悪化要因で長期金利が上昇

2011年にS&Pが米国債を格下げした際には、株価は大幅に下落する一方、ドルも下落し、世界の金融市場に大きな影響を与えた。しかし、震源地である米国債は逆に買われ、長期金利は低下したのである。安全資産でリスク回避先という米国債の位置づけが変わらなかったからである。今年8月にフィッチが格下げした際にも米国債は目立っては売られなかった。

しかし、ムーディーズも米国債を格下げし、大手3社が格下げで足並みを揃える場合、金融市場の反応は異なるかもしれない。さらに、財政環境は2011年にS&Pが米国債を格下げした際と比べてかなり悪く、その結果、足もとで米国債が売り込まれる環境にあることも過去と異なる点だ。

国際通貨基金(IMF)の見通しによると、米国の財政収支のGDP比率は2023年に-5.5%と、2022年の-1.3%から大幅に悪化する。さらに景気循環の影響を取り除く推計値では-8.8%にも達する見通しだ。

景気情勢が良好な際には、税収も増える一方、歳出増加や減税による景気対策の必要性が低いことから、財政収支は改善しやすい。現在は、良好な経済環境の下としては異例なほど財政収支は悪化している。

米国ではインフレ率が低下傾向を辿り、また米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げが最終局面にあるとの見方が強まる中で、7月以降長期金利は上昇し、10年国金利は一時5%台に乗せた。FRBが早期に利下げに転じないとの見方を反映した面もあるだろうが、期待インフレ率や政策金利の先行きの見通し以外で決まる、いわゆるタームプレミアムの上昇を反映しているとの見方も強い。そして財政リスクの上昇は、タームプレミアム上昇の代表的要因である。

米国財政が世界の経済、金融市場の安定を脅かす

このように、米国債市場の環境が財政要因によって悪化している足元の地合いを踏まえると、仮にムーディーズが米国債の格付けを引き下げた場合、それは米国株安やドル安をもたらすばかりでなく、米国債安にもつなががる可能性があるのではないか。米国債が安全資産、資金逃避先としての役割を果たせない場合、リスク資産である株価やドルの下落幅はより増幅され、その影響は世界に広まるだろう。

仮に今回はムーディーズが米国債の格下げを見送るとしても、「ネガティブ」の見通しは早期には解消されず、格下げ観測は長く燻ぶることになるのではないか。ムーディーズは通常、ネガティブの見通しに関して1年半-2年の期間内に「安定的」に戻すか、格下げをするかを判断するが、今回はこの手続きが長引く可能性があることをムーディーズは示唆している。

米国の財政環境の悪化と政治的対立を背景にした財政ガバナンスの低下は、過去数十年見られなかった形で、米国のみならず世界の経済、金融市場の安定を脅かしているのである。

(参考資料)
「米国債格付け見通し「ネガティブ」に引き下げ=ムーディーズ」、2023年11月10日、ロイター通信ニュース
「米国債の格付け見通し下げ 政府閉鎖リスク指摘 ムーディーズ」、2023年11月12日、日本経済新聞

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