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外国人技能実習制度の見直し:人権保護を最優先に選ばれる日本に:人手不足対策を超えて日本経済の中長期の潜在力向上の視点も

2023/11/24

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「転籍」の制限緩和が大きな争点に

外国人技能実習制度の見直し議論が、有識者会議で進められている。従来の技能実習制度は、外国人実習生の人権が十分に尊重されないなど、多くの問題を抱えていたことから、制度の見直しが必要であることは疑いがない。

それに合わせて、同制度の目的も、従来の「人材育成による国際貢献」、「途上国への技術移転」から、「人材確保と人材育成」へと修正し、それに合わせて制度の名称も「育成就労」とする案が検討されている。

制度見直しの中で、議論が紛糾したのが、3年間の技能実習制度の中で、他の企業に転職する「転籍」の条件である。有識者会議事務局が10月に示した案では、希望者には1年を超す就労と、日本語と技能の基礎試験合格を要件に、同業種内での転職を認めるとしていた。

ところが11月15日に示された修正案には、特定の就労分野で2年目の待遇改善を条件に転職制限を「最大2年」に延ばせるという例外規定が経過措置として盛り込まれたのである。(1)人材育成の観点から同一企業での就労を継続させる必要があること、(2)1年経過後は待遇を向上させることを要件にして、政府が分野ごとに「2年を超えない範囲」で転籍制限期間を延ばせるとしたのである。

修正の背景には、「早期の転職では、企業が技能習得に投入する投資が十分に生かされない」、「都市部に人材が流出してしまう」との懸念が企業側、そして自民党内で高まったからだ。

これに対して、日本労働弁護団は、別の企業などへの「転籍」を制限してきたことが人権侵害の温床になってきたなどとして「転籍」について無用な要件を設けないよう求める緊急声明を出した。

転籍の自由を認めることが実習生の人権擁護、職場環境の改善につながる

日本労働弁護団が指摘するように、従来、転籍の制限が外国人実習生の人権が侵害される温床となってきた経緯を踏まえると、できる限り制限を緩めることが重要であり、それが技能実習制度見直しの中核であるべきだろう。

技能実習制度は「人材育成による国際貢献」、「途上国への技術移転」を建前にしていたが、実態は安価な労働力の確保手段に使われていた。低賃金、長時間労働、雇用者の暴力など人権侵害が横行していたのである。そうした中で、実習生が原則3年間は勤務先を変えられないことが、人権侵害をさらに深刻なものとしていたと考えられる。人権侵害から逃れるために失踪し、不法滞在者となった実習生は昨年も9,006人にも上った。転籍制限を大幅に緩和することが人権擁護の第一歩である。

転籍するかどうかは、実習生の希望を最優先とすべきだが、企業での技能の習得と給与、労働時間などでの処遇が十分に満足できるのであれば、実習生はそもそも途中で他企業への転籍を希望しないはずだ。転籍の自由を認めることが、市場原理を通じて実習生の人権擁護、職場環境の改善につながるのである。

制度の見直しを受けて実習生の処遇を高めることや、技能、日本語習得を助けることなどは、企業にとっては負担となる。企業はこれを、人手不足問題への対応を進める対価と考えるべきではあるが、過大な負担によってより使いにくい制度とならないよう、見直しの際には設計に配慮し、また必要な支援は国も検討すべきだろう。

地方から都市への人材流出懸念は過大か

また、転籍要件の緩和によって人材が、高い賃金に惹かれて地方部から都市部に流出するとの懸念もあまり根拠がないことだろう。最低賃金、そして実際の賃金水準に地域間格差があることは確かである。しかしそれは、生活費の地域間格差と対応している面があり、賃金水準が高いことだけで、人材が地方から都市部に移ることにはならないだろう。

労働需給を示す有効求人倍率は、2023年9月に全国平均で1.28倍であるが、地域間の格差はそれほど大きくない。賃金水準が高い東京の有効求人倍率は1.18倍と全国平均と比べてそれほど低いわけではなく、人材確保が非常に容易な環境とは言えない。他方で、都道府県の中で最も有効求人倍率が低く、人材確保が容易なのは、地方部の北海道の1.08倍である。

しかし、11月24日に有識者会議が出した最新の案では、強い批判を浴びた転籍要件の再厳格化は撤回された。一部分野を除けば、原則1年の就労の後に、一定の条件の下で転籍が可能となる。

実習生によって選ばれる日本、選ばれる企業となることが重要

1993年に実習生制度が創設された時とは、経済環境は大きく変わっている。経済の成長力低下を背景に、日本はその後30年間は賃金水準がほぼ横ばいに留まった。さらに過去10年では円安が進行したことで、外国人労働者にとって日本の賃金水準の魅力は大きく低下したのである。アジアからの外国人実習生も韓国など日本以外の国に流れる傾向が強まっている。

そうした中で、日本が外国人実習生を集め、さらに労働力として確保していくためには、技能習得をしっかりと支える企業側の努力が欠かせない。それは企業にとっては負担ともなるだろうが、人材確保には必要な対価と考えるべきであろう。

実習生を受け入れる制度は、実習生によって選ばれる日本、選ばれる企業となることを優先に考え、人権、処遇の面で実習生に十分に配慮したものに見直していく必要がある。その際に重要なのは、転籍の自由など「市場原理」を最大限導入することだ。

さらに高額の仲介料で実習生に過剰な債務を負担させる悪質なブローカーを排するよう、国の一段の積極的な役割も期待される。

実習生の転籍の要件や特定1号への移行の要件に、一定水準の日本語検定の習得が設定されている。しかし、就業をしながらの日本語習得は容易ではなく、それが実習生、外国人労働者の過度な負担とならないように配慮する必要があるのではないか。

実習生、外国人労働者側に日本語習得を通じて日本社会に馴染んでいくように求めるばかりでなく、行政などが外国語サービスを拡大させることで、外国人を社会に取り込む、共生を図る取り組みもまた重要だ。

実習生制度の見直しに中長期の日本経済の成長力強化の視点も

実習生制度の見直しは、人材確保という面だけでなく、低迷する日本経済の成長力を回復する手段の一つ、つまり中長期の成長戦略として位置付けていくことも重要なのではないか。

現在、実習生制度を見直して、2019年に創設した特定技能制度と一体的に運用できる新制度の導入が検討されている。3年間の実習期間の後、一定水準の技能検定、日本語検定を要件に、5年間の特定技能1号への移行を認めることが検討されている。これは、実習生を外国人特定技能1号の在留資格に移行させることで、より安定した人材確保を目指すものだ。

他方、今春には、より高度な技能を取得した特定技能2号の枠拡大が決定された。特定技能2号は、在留期間に制限がなく、また母国から家族の呼び寄せも可能となる、事実上、移民受け入れに近い制度と言えるのではないか。

見直し後の実習制度は、特定技能1号、特定技能2号へとつながる質の高い外国人労働力確保の枠組みの、「入口」の役割を果たすべきである。移民受け入れに近い特定技能2号制度の拡大にはなお国民的議論が必要だろうが、質の高い外国人労働力を長期間確保し、さらに家族の呼び寄せを認めることは、労働供給の長期の拡大や出生率の上昇などにつながるものであり、日本経済の潜在力向上、日本経済の再生を可能とする重要な手段と考えたい。

外国人労働の受け入れ拡大には、外国人との共生が必要であり、言葉の面でのサポートや外国人労働者の子女の教育面での支援も重要だ。この点で、国と地方公共団体の果たすべき役割は大きいだろう。

実習生制度の見直しでは、実習生の人権擁護を最優先に考えるべきだ。そのうえで、人材確保という日本側の経済メリットも重要である。その際には、実習生制度の見直しを、日本経済の潜在力向上という中長期の視点を持った成長戦略と一体化して進めていく、との発想もまた重要となるのではないか。

(参考資料)
「社説 技能実習見直し 転職要件緩和してこそ」、2023年11月21日、東京新聞
「技能実習の代替制度、転職制限「最長2年」に 政府が修正案」、2023年11月16日、日本経済新聞
「「転籍」制限、最長2年に=新実習制度、人材流出を懸念―有識者案」、2023年11月15日、官公庁情報(時事通信)

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