フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 暗号資産交換業最大手バイナンスがマネロン対策違反で米政府に罰金支払い:暗号資産取引からのユーザー離れは進むか

暗号資産交換業最大手バイナンスがマネロン対策違反で米政府に罰金支払い:暗号資産取引からのユーザー離れは進むか

2023/12/01

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

マネロン対策を怠ったことでバイナンスは巨額の罰金を支払う

暗号資産(仮想通貨)交換業で世界最大手の「バイナンス」は11月21日に、マネロン(資金洗浄)防止規制に違反した罪を認め、43億ドル(約6,400億円)の罰金を支払うことで米当局と合意したと発表した。米政府による企業への罰金では過去最大規模だという。また創業者の趙長鵬(チャンポン・ジャオ)は、司法取引の一環として、最高経営責任者(CEO)の辞任を決めた。

暗号資産交換業者大手のFTXが2022年11月に経営破綻した後、バイナンスが暗号資産ビジネスを支配していた。しかしそれから僅か1年で、今度はバイナンス自身が苦境に立たされることになったのである。

米当局の捜査によって、バイナンスのマネロン検知・防止プログラムが有効に機能していなかったこと、マネロン対策を故意に怠りテロ組織の取引を許したこと、などが明らかとなった。それ以外にも、詐欺など法令違反の可能性がある10万件以上の取引を当局に報告していなかったという。

米司法省によると、バイナンスは、マネロン対策を目的とする「銀行秘密法」違反、無認可の送金事業の実施、安全保障や経済分野などで米国の脅威となる相手との商取引を禁じる「国際緊急経済権限法(IEEPA)」違反を認めたという。

また米司法省は、バイナンスが効果的なマネロン対策ブログラムを導入していなかったと指摘している。同社は、ユーザーが本人確認(KYC)情報を入力せずに口座を開設し、取引することを認めたという。

米国の制裁法は、米国民がイランなど包括的制裁の対象となっている国・地域の個人と取引することを禁じている。しかし同社は、米国民とイラン在住の個人との取引を防止するための措置を怠り、2018年1月から2022年5月までの間に、8億9,800万ドル(約1,300億円)以上の取引を意図的に行わせたという。

ハマスの暗号資産の資金洗浄、送金も許したか

バイナンスの顧客が、制裁を受けたロシアの銀行を利用しているという記事をウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)が今年8月下旬に掲載した。これが、当局による同社への捜査が、世の中に広く明らかになるきっかけとなった。米司法省はバイナンスを、米国の対ロシア制裁違反の可能性に関連して調査している、とWSJは報じていた。

バイナンスが取引を許したテロ組織は、イスラム組織ハマスやアルカイダ、イスラム国(IS)などである。現在イスラエルと交戦中のハマスは、中東やアフリカで幅広く投資ビジネスなどを行い、その利益を活動資金に充てている。その際に、暗号資産を資金洗浄あるいは送金の手段にしていた、との見方がなされている。また同社は、米国が制裁対象国に指定するイランや北朝鮮などの個人と、米国の利用者が取引できる状態も放置していたという。

米証券取引委員会(SEC)は今年6月に、バイナンスUSが違法な証券取引所を運営しているとして提訴した。SECは、バイナンスが破綻したFTXのような詐欺の手法で米国の暗号資産を奪い取っているのではないか、との懸念を持っている。同社がプラットフォームに保管されている資産を管理するための裏口経路を持っている可能性があるとみて、その証拠をなお探しているという。

SECは、証券取引の観点からバイナンスUSを提訴したが、今回の司法省による対応は、事実上決済業務を担うバイナンスに対して、銀行と同様のマネロン対策を求めるものだ。そしてバイナンスはそれを受け入れたのである。

米政府の軍門に下ったバイナンス

イエレン米財務長官は11月21日の声明で、「利益追求のために法的義務に目をつぶっていた」と同社の経営姿勢を強く批判した。米政府はバイナンスに米国からの完全な撤退を求め、そのために5年間、監視を強化する考えを明らかにした。

バイナンスは独立した第三者の厳重な監視下で、真に実効性のあるマネロン防止システムを構築することが義務付けられる。問題があったときはこの第三者が米連邦当局に報告することができる。バイナンスは、同社のプラットフォームに流入するばく大な数の取引の中で、規則に違反していると思われる取引をブロックして、米当局に通報することになる。

また、合意の順守を監視するため、当局はバイナンスの帳簿や記録、システムへのアクセスを維持する。合意違反があった場合は追加の罰金を科す構えだ。

ユーザーの暗号資産離れが進むか

今回の合意は、マネロン防止への取り組みが、暗号資産業界に一気に広がるきっかけとなる可能性がある。バイナンスとの取引を望む暗号資産企業は、自分たちも資金洗浄防止の仕組みを設ける必要があり、そうでなければ取引対象から排除される恐れが出てくるためだ。

最終的にバイナンスが米政府の要求を受け入れ、政府に代わってマネロン防止に積極的に取り組むことを約束したのは、暗号資産業界にとっては大きなイベントだ。それは交換業者には新たな負担となる。また、バイナンスは、既に見たように、ユーザーがKYC情報を入力せずに口座を開設し、取引することを認めてきたとされる。

仮にそうであれば、今後同社や同業他社が本人確認の徹底などマネロン防止を強化する過程では、匿名性のメリットが失われ、顧客が暗号資産の取引を控える可能性も出てくるだろう。

当初の理念が崩れ、暗号資産は大きな転換点に

ビットコインなどの暗号資産は、政府、金融当局などの管理から外れ、中央組織を持たずに分散型システムで運営するという理念の下で生み出された。また、そうした「マネーの民主化」といった理念に賛同する者が暗号資産のユーザーとなっていった。

しかし今回バイナンスが、銀行と同様のマネロン対策を実施することを政府に約束し、また今後は、SECの提訴を受けて、証券業法が適用されていく可能性もある。これは、暗号資産交換所が、金融機関に近づいていくことを意味する。しかしそれによって、中央組織に管理されないという暗号資産の魅力は低下し、ユーザーは一定程度離れていくだろう。

こうした観点から、今回の合意は、バイナンスが変革を迫られるきっかけとなっただけでなく、暗号資産業界全体に大きな転換をもたらすものとなるのではないか。

(参考資料)
"Binance and the End of Crypto's Dream to Escape From Government(バイナンスと暗号資産の夢の終わり)", Wall Street Journal, November 27, 2023
「仮想通貨で制裁回避、年2500億円 ハマスなどが悪用か」、2023年11月29日、日本経済新聞電子版
「バイナンスUSの不正疑惑、SECが証拠探し継続」、2023年11月27日、ダウ・ジョーンズ債券・為替情報
「仮想通貨バイナンス、マネロン関与でCEOが辞任 米当局に6400億円の罰金」、2023年11月25日、36Kr
「仮想通貨大手、米が罰金43億ドル 「バイナンス」テロ組織に取引許す」、2023年11月23日、朝日新聞

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn