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2024年賃金・物価の好循環と金融政策の展望

2023/12/27

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持続的に実質賃金上昇率が高まることが重要

2024年は、日本で「賃金と物価の好循環」が実現できるかどうかの節目の年になる、とされている。しかし、広く使われるようになったこの「賃金と物価の好循環」という言葉の意味するところは、実のところかなり不明確だ。

賃金と物価が相乗的に上昇することを好循環と表現する場合、仮に両者が同じ割合で大きく上昇しても、名目賃金上昇率から物価上昇率を引いた実質賃金上昇率は変わらない。実質賃金上昇率やその先行きの見通しが変わらないということは、個人の生活水準やその将来見通しも変わらないということだ。

経済面から個人の生活水準やその将来見通しを改善させるのは、名目賃金上昇率が物価上昇率をどの程度上回るか、つまり実質賃金上昇率がどの程度上昇するかで決まるのである。

賃金上昇率を無理やり押し上げれば、一時的には実質賃金上昇率を高めることはできるが、その場合、分配が労働者に偏り、労働分配率が上昇するなか、企業収益は圧縮される。それが雇用の抑制や賃金の抑制につながれば、一度高まった実質賃金上昇率は、再び低下してしまうだろう。

分配に変化がない場合、実質賃金上昇率は労働生産性上昇率で決まる。労働生産性上昇率が高まり、その恩恵を企業と労働者が分け合う形で、持続的、安定的に実質賃金上昇率が高まることを目指すことが重要である。

経済の潜在力を向上させる地道な努力の積み重ね

そのために政府は、少子化対策、労働市場改革、インバウンド戦略、大都市一極集中の是正、外国人労働力の活用などの成長戦略を進めていくことが求められる。その結果、先行きの成長率見通しが高まれば、企業は設備投資を活発化し、それが労働生産性上昇率を高めるだろう。

さらに企業には、生産効率の向上、技術革新の努力を日々続けることが求められる。また個人には、業務の効率性を高める努力をするとともに、学び直し(リスキリング)を通じて常に技能を磨き、新しい知見を身に着けるように努めることなどが求められる。

政府、企業、家計(労働者)がこうした地道な努力を積み重ねることで、労働生産性上昇率、潜在成長率は向上し、その恩恵が企業、家計(労働者)に及んでいくのである。また成長率が高まれば、税収増加を通じて政府の財政環境も改善する。

重要なのは経済の「名目値」ではなく「実質値」

こうした地道な努力を怠って、物価上昇率や賃金上昇率といった「名目値」を高めることに注力しても、経済は良くならないだろう。重要なのは、労働生産性上昇率、潜在成長率といった経済の「実質値」なのである。

物価上昇率や賃金上昇率といった「名目値」はこうした「実質値」の結果として生じるものであり、「名目値」だけ操作しようとしても、企業や家計にとっての経済環境は好転しない。

日本銀行が物価上昇率、インフレ期待を高めることを目指すことや、政府が企業に賃上げを求めることは、そうした類のものである。

インフレ期待が高まるだけでは実質個人消費は増えない

インフレ期待が高まれば、デフレマインドが払拭されて経済は良くなる、というのは、直感的には多くの人に受け入れられている考えではあるが、経済学的には正しくないだろう。

標準的な消費理論に従えば、現時点での実質個人消費は、主に、将来にわたる実質所得(賃金)の総額の見通しと実質金利で決まる。インフレ期待が高まれば、個人が物価上昇前に急いで消費を増やすようになるというのは、理論的には正しくないのではないか。インフレ期待が高まっても、同様に先行きの名目所得の増加率の期待が高まれば、購買力を決める実質所得の見通しは変化しないからだ。

また、物価の上昇によって名目の企業収益が増えても、企業が設備投資を拡大させることにはならないだろう。物価上昇率を上回る収益の増加率が高まらなければ、企業が実質設備投資を拡大させることも、雇用を拡大させることにもならないだろう。

2023年に物価上昇率と賃金上昇率が高まったが、これは輸入物価の上昇による一時的な側面が強く、これをきっかけに日本の成長率が高まり、国民生活が改善することを予想するのは根拠に乏しいのではないか。

そうした変化が起こることを期待して待つのではなく、政府、企業、家計(労働者)の3者が地道に経済の潜在力向上に日々努めることが重要だ。

インフレ期待の上昇は金融政策の有効性を取り戻すことを助けるが。。。

物価上昇率、インフレ期待が高まっても、実質賃金上昇率、実質金利が変わらなければ、「実質値」で見た経済は変わらない。しかし、物価上昇率、インフレ期待が高まることは、日本銀行にとっては実は大きな意味がある。インフレ期待が高まる分、実質金利の水準を変えずに、つまり経済活動に対して中立的でありながら、名目の政策金利の水準を引き上げることが可能となるからだ。

名目の政策金利の水準が一定程度にまで達すれば、経済・金融危機など大きなショックが生じた際に、政策金利を一気に引き下げることで、その痛みを和らげることができる。それは、金融政策の大きな機能の一つであり、その点から、日本銀行が金融政策の有効性を取り戻すことを意味するのである。

足もとで物価上昇率が上振れたことで、企業や家計の中長期のインフレ期待は幾分高まっていると考えられる。ただし、それが持続的であるかどうかは不確実だ。恐らく、労働生産性上昇率、潜在成長率といった経済の「実質値」が変わらない中での中長期のインフレ期待の上振れは、一時的であり、持続的ではない可能性が考えられる。

労働生産性上昇率が高まらず、実質賃金上昇率が変わらない中で、企業が消費財・サービスの大幅値上げを進めていくと、いずれは家計が消費を手控えるようになり、物価上昇率は再び下振れる。それは結局、家計の中長期のインフレ期待を再び低下させてしまうだろう。

日本銀行は慎重に政策修正を進める

日本銀行が金融政策の修正を本格的に進め、政策金利の水準を顕著に引き上げることができるのは、経済の潜在力が高まることが前提だ。それを金融政策の力で実現しようとして失敗したのが、過去10年間の異例の金融緩和と言えるだろう。今や日本銀行も、政府、企業、家計(労働者)の3者が地道に経済の潜在力向上に努め、その結果、伝統的な金融政策が有効性を取り戻すことを強く期待しているだろう。

日本銀行は、異例の金融緩和がもたらす副作用を減らす目的で、早ければ2024年にもマイナス金利政策解除などの政策修正に乗り出すことが予想される。しかし、経済の潜在力などに大きな変化がない中では、それが金利の大幅な上昇につながる可能性は低い。

経済の実力以上に金利を引き上げてしまうことで、実体経済を悪化させてしまうリスクに十分に配慮して、日本銀行は慎重に政策修正を進めていくことになるだろう。

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