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「AI発注」導入の3つのポイント

~精度・発注方式・PoC~

2023/06/21

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AI発注の導入が進む背景

以前より取り沙汰されているように、日本における生産年齢人口の減少は着実に進行している。帝国データバンクの調査※1によると、人手不足と考える企業の割合は2023年1月時点で過半数を上回った状態である。

また、パーソル総合研究所の調査※2では、2030年には644万人の労働人口不足という見通しも示されている。筆者が長らく業務改善に携わってきた小売業でも、常態的な人手不足はすでに深刻な問題となっていたが、2030年には60万人もの不足が予測されている。

小売業は、生産性の低い業界の一つと言われ、それゆえに過去にもさまざまなDXによる生産性改善、すなわち自動化の取り組みが行われてきた。その代表的な取り組みの一つとして「AI発注」が挙げられる。

発注業務は毎日欠かさず実施しなければならないうえ、属人化しやすい業務である。発注担当者はなかなか休むことができないし、売り場改善などの重要な改善施策にあてる時間を確保できなくなってしまうなど、課題も多い。よって、AI発注に対する改善期待は大きく、積極的に取り組まれてきたという歴史がある。
実際、多数の企業からAI発注の成功事例が報告されている。一方で、それらの成功体験は簡単に得られるものではなく、さまざまな工夫や試行錯誤の結果である。

本稿では、筆者のAI発注システム導入支援の経験を踏まえて、AI発注の特徴を整理し、導入のポイントを述べていく。

従来の自動発注とAI発注との違い

まず、従来の自動発注とAI発注の違いについて改めて整理していく。AI発注以前にも小売業では、回帰分析等を利用した需要予測及び発注自動化の取り組みが行われてきた。しかし、この従来型の自動発注の取り組みとAI発注は大きく3つの点で異なる。

①需要予測で利用するモデル・説明変数の決定

従来の需要予測では、データサイエンティストやエンジニアが仮説を基にして、複数のモデルと説明変数を一つずつ精度検証しながら決定していく必要があった。AIによる需要予測では、その手間が大幅に削減される。インプットデータを基にした機械学習により、多数のモデルと説明変数の中から最も適したものをAIが決定する。

②発注パラメータ(基準在庫等)の決定

データサイエンティストや発注担当者が決定していた安全在庫や最低陳列量といった発注パラメータも、AIは類似商品の過去実績をインプット情報として、相関を見いだし、最適な在庫数量(基準在庫)を自動的に決定できる。

③モデルやパラメータのチューニング

自動発注は市場や売上の変化に応じて随時、モデルやパラメータのチューニングが必要である。従来の場合、モデルの変更は予測のロジック変更を意味する。また、安全在庫数などのパラメータは固定値のため、精度を維持・向上するためのチューニングの度に、マスタを修正する手間が発生していた。このため、自動発注を維持する運用負荷も非常に高かった。
一方でAI発注の場合、モデルの見直しやパラメータのチューニングはAIが日々学習することで半自動的に適用することができる。半自動と記載しているのは、必ずしも日々動的に変わることが是ではないこともあり、あえて固定しておき、定期的に人が最終判断した上でチューニングを適用する運用もありうるためである。

このように、従来の自動発注にて導入・運用の障壁となっていた、人を介さなければならない作業がAIにより補完できるようになったことから、小売業のDXを実現する一つとして導入事例が多数生まれてきている。

従来の自動発注とAI発注の主な違い(出典:NRI作成)

実施内容 従来の自動発注 AI発注
①需要予測で利用するモデル・説明変数の決定 データサイエンティストやエンジニアにて試行錯誤して決定 AIが多数のモデル・説明変数から適したものを学習により決定
②発注パラメータ(基準在庫等)の決定 データサイエンティストや発注担当者にて決定 類似商品の過去実績からAIが自動適用
③モデルやパラメータのチューニング ロジック変更やマスタメンテナンスにて実施 日々の実績値を利用したAIによる自動チューニングが可能

AI発注導入のポイント

しかし、AI発注の導入にあたっては、十分に「AIが万能ではないこと」を理解する必要がある。
ここで、AI発注の導入ポイントを、1)AI需要予測の精度向上、2)発注方法決定、3)PoC実施という3つの観点から記載する。

1)AI需要予測の精度向上

AI需要予測では予測精度を高めるために、予測の根拠となりうる過去データ(インプット情報)の学習が必要となる。売上実績に加え、単価情報、販促情報、商品特性情報、店舗情報(売り場面積や地域特性、陳列情報)等の内部情報、天候情報や周辺イベント情報などの外部情報など、多岐にわたる情報を過去にさかのぼってデータ化し、システムとして準備できるかが精度向上のポイントとなる。
発注時に担当者が利用している情報全てがシステムとしてデータ化されていることはまれである。現状の精度を見極めつつ、中長期的にインプット情報を蓄積していくことによる段階的な精度向上を目指すことが望ましい。

また、特に論点となるのが新商品の予測精度である。新商品についてはAI予測に対して大きな期待を持たれている場合が多いと思うが、過度な期待は禁物である。新商品の場合、既に発売している商品との類似性を学習により判断し、その類似商品の新発売時の売上実績を利用して予測値を算出する。このため、どの商品と近しいかどうかの規則性がデータから見いだせない限り、予測精度は期待できない。
担当者は新商品の発注の際、商品特性の類似性(種類や形状、味など)に加え、販路、販促情報などさまざまな情報を加味して、総合的に予測をしているものである。経験や勘といった、数値化しにくい要素もある。これらの情報がクリアになっていて、かつデータ化されていることはまずないだろう。
よって、発注担当者に予測方法をヒアリングし、予測に必要なインプット情報をデータ化しつつ徐々に精度を上げていった上で、予測値が利用できる精度であるのかを判断していく必要がある。

2)発注方法の決定

需要予測の精度を上げることも重要であるが、最終的には発注数をどう決定するかがAI発注の成否を決めることとなる。予測精度がいくら良くても、適切なタイミングで適切な量を発注できなければ、欠品や在庫過剰を招くこととなる。
具体的には、発注方式をどうするのか、発注をどこまで自動化するのかということを見極めなければならない。

(1)発注方式

まず、次のどの発注方式にて発注数を決定するかを判断する必要がある。
発注方式①:需要予測(基準在庫算出)型…需要予測+基準在庫数を基に発注数を算出
発注方式②:需要予測(売切り)型…需要予測数を発注数として利用
発注方式③:在庫補充(基準在庫算出)型…販売実績+基準在庫数にて発注数を算出
発注方式④:在庫補充(Sell One Buy One)型…販売実績を発注数として利用
これらの方式をAIにて自動で振り分ける、もしくは、カテゴリ等の単位にて固定するかを決定する必要がある。

AI自動発注方式の決定ロジック(出典:NRI作成)

実際には、商品の性質(賞味期限や販売頻度等)にてカテゴリを細分化して判断するケースが多い。例えば、販売頻度の高いグロサリーについては①需要予測(基準在庫算出)型、賞味期限が短く売り切る必要のある日配品については②需要予測(売切り)型、販売頻度の低いグロサリーは③在庫補充(基準在庫算出)型、その他の在庫可能な低頻度販売品については④在庫補充(Sell One Buy One)型を利用するといった発注方式の適用が考えられる。

ただし、過去の事例でいうと、あるカテゴリは需要予測の変動が大きい(まとめて購入される)ために需要予測がぶれやすいため、①需要予測(基準在庫算出)型から③在庫補充(基準在庫算出)型に変更(固定)することで発注精度が向上したケースもあった。
よって、PoCの結果を踏まえ、発注方式をカスタマイズすることが重要であると考える。

(2)発注自動化の範囲

次に、発注をどこまで自動化するかという観点では、求められる精度にて完全自動化する、半自動化(算出した値を最終的に人が判断する)、参考としてのみ利用するという使い分けが必要である。完全自動化、半自動化する場合には、外れ値の検知(アラート)などの機能を組み合わせることで、発注作業の効率化と発注精度の向上が可能である。
また、半自動化にて人が最終的に発注数を決定する場合は、その発注数をインプット情報として学習することでAIによる発注数算出精度を向上することができるため、まずは半自動化から進めていき、完全自動化に切り替えていくといった考え方も有用である。

3)PoC実施

PoCでは、店舗での実証実験を通してシステム導入によって得られる効果(KPI)と導入コストを見極める必要がある。

(1)効果(KPI)

自動発注でのKPIは一般的に、発注作業時間の短縮による人件費削減、在庫日数の短縮による管理費・廃棄ロス削減、欠品の削減による粗利拡大とすることが多い。
PoCにて留意しなければならないのが、PoCを実施する対象店舗や発注担当者の選定である。店舗や発注担当者によって、発注精度や作業時間にはばらつきがある。PoC実施対象店舗の担当者の精度や作業時間が標準と比べて高いのか、低いのかということはきちんとおさえておく必要がある。例えば、店舗ごとに発注精度が異なっている場合、KPIを「廃棄ロス率が全店舗平均を上回る店舗を対象として、その廃棄ロス率を平均まで下げる」と設定した上でPoCの対象店舗を選定するような実施方法も考えられる。

(2)本番展開コスト

次に、導入コストの算出にあたり、注意しなければならないのが本番展開コストである。
AI発注では、前述の通り機械学習によりモデルやパラメータの自動決定が可能である。一方で、あくまで学習結果による適用であるため、学習済みのアイテムと全く異なる売上パターンとなるようなアイテムに適用しても高い精度は得られない。この場合、新たに学習プロセスが必要となる。
よって、PoCにてどこまでの範囲(カテゴリ、新商品/定番商品/販促商品、店舗特性・地域 等)を検証できているかによって本番展開コストも変わってくる可能性があることを考慮する必要がある。

(3)ユーザー部門との認識合わせ

PoCを始めるにあたり、PoCの範囲・実施方法を、AI発注を利用するユーザー部門と詳細まで認識合わせをしておくことが大切であることも述べておきたい。
PoCはKPIなどの数値実現性の実証実験という位置づけであるが、ユーザー部門においては、実業務での利用となるため、本番システムと同等の品質を求めた利用評価となってしまうことがある。そうなってしまうと、本来、評価したい観点とは異なるポイントで「システム品質が悪い」と評価され、プロジェクトが暗礁に乗り上げてしまうケースもある。
このためPoCの実行計画において、業務観点・システム観点の両軸で、PoCにおいて何をどこまで実施するのか、制約は何か、評価すべきポイントは何かを明文化することが非常に大切である。例えば、「UIは仮のもので操作性に制約があり、一時的に効率を落としてしまうが本格導入時までに要件を確認して改善するので、論点としない」などの前提事項をユーザー部門と確認しておく必要がある。
また、PoCの実行にあたっては、プロジェクトメンバーが現場に立ちあい、実施現場の意見をきちんと吸い上げながら、正しく評価してもらうよう補助していくことが大切である。

最後に、日本の人手不足という社会課題に対して、小売業のさらなる発展のためにも、AI発注をはじめとしたDXへの取り組みは必要不可欠だ。効果のあるDX化の推進に、本稿で述べてきた論考が少しでも役に立てば幸甚である。

参考文献

執筆者情報

加納 卓朗
2006年に野村総合研究所に入社。
食品メーカー・卸・小売業界のIT戦略立案~システム構築まで幅広く従事。
専門は、AI等を活用したDX推進、業務変革の立案~実行。

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