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人事システムにおけるグランドデザインの重要性

2023/09/21

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求められる人事の変化

「人事システムって簡単でしょう?1年くらいで導入できるよね?」
人事部門の皆様は、経営層やIT部門からそう言われていませんか?

従来の人事システムは、従業員管理、勤怠管理、給与管理、入社退職・異動・昇給昇格などの発令管理といった人事オペレーションをサポートすることが主な目的であり、紙やExcelで管理していた情報や手作業だった業務をシステム化し、効率化していくことが求められていました。
しかし、今やそれはできて当たり前の時代です。

人事を取り巻く環境は急激に変化しています。会社のグローバル化・ホールディングス化・統廃合による企業構造の複雑化、価値観・働き方の多様化、人材の流動化、ガバナンス・内部統制強化など、経営戦略と連動した戦略的人事が必要とされ、人事部門は管理だけでなく人事戦略実現部門としての役割を担っています。

それにも関わらず、人事システムが簡単だと思われるのは、「人事」=「一昔前の定型的な人事オペレーション業務」という認識が未だ、人事部門と一部の経営層を除いた大多数の常識だからです。
そうした誤解の一方で、人事担当役員からは、人材KPIの設定を含めた人的資本の開示に向け、自社の状況に応じた人事戦略を急ぎで求められるなど、人事部門は喧々諤々の議論の渦に翻弄されているのではないでしょうか。

人事の“深化”と“進化”

加速度的に変化する時代において、人事領域では今、2つの“しんか”が求められています。

そもそも、コストセンターと見なされがちな人事部門は、人件費削減を迫られることが多く、従来の業務で手一杯なのが現状です。無理を押して新たな業務に取り組み、その結果、労務管理や安全衛生管理、内部統制やコンプライアンス遵守において、ミスをしたり、それを見逃してしまったりすると、企業の価値を著しく毀損してしまう恐れもあります。
つまり、戦略的人事を始める最初の一手は、従来の人事オペレーションを今以上に効率化することと言えます。そのためには、人事システムの今ある機能をさらに効率よく、隙のないものへと“深化”させる必要があります。

そして、これからの人事部門に求められるのは、ヒトの価値を最大化し、経済価値・社会価値へと繋げるために、経営戦略と連動する戦略人事への“進化”です。そのためには、個人の基礎情報だけでなく、個人が積み上げてきた経験やスキルなどの情報を可視化した人材データベースを構築し、タレントマネジメントに活かし、戦略人事を実践することが必要です。

こうした“深化”と“進化”を実現した企業が、社会から必要とされ、優秀な人材から選ばれる時代はすでに始まっています。

人事システム特有の難しさ

改めて質問です。人事システムは簡単でしょうか?

テレビCMや広告で「X社が利用!」「短期間で導入!」と宣伝されているのを目にすると、簡単そうに思えるかもしれません。周囲からは「最近ではパッケージソフトもたくさん出ているし、簡単に導入できるんじゃないか」と無邪気に期待されることもあるのではないでしょうか。
もちろん、実際にそれらのパッケージは導入テンプレートやノウハウ、実績も豊富にあり、順調に運用されている企業もあります。しかしながら、導入・運用が難航し、中断されるプロジェクトも少なからずあるのが実態です。

難しいポイントを3つに分けてお話します。

①人事オペレーションの複雑化

会社が単一の事業、単一の企業構造ではなくなってきたこと、また昨今ではダイバーシティの推進に伴い、雇用形態や勤務形態が多様化してきたことで、従来の人事オペレーション業務も、年々複雑で難しくなっています。

そういった複雑な業務を無理やり標準化した結果、いざ運用しようとすると業務や管理レベル、管理項目などの微妙な違いがあるため、運用に耐えられなくなるケースが散見されます。あるいは、そもそも標準化出来ず、作り込みとなった結果、保守性が悪くなり、改修したくてもコストと時間がかかるケースもあります。いずれの場合も、コストと使い勝手の間でジレンマに陥り、肝心の人事部門が苦しむことになるのです。

そのためにも、業務・機能について標準化可否や、人事部門がこだわりたい部分に関しては作り込みすべきかどうかの全体方針を整理することが大切です。

②周辺・外部システムとの連携の複雑化

これまでの人事部門は主に従業員の管理を求められてきたため、人事オペレーションを司るシステム単体で業務が完結することも多かったでしょう。もちろん、勤怠管理システム、会計システムへの連携などは最低限行われていると思います。
しかし、人材を経営資本の1つとして捉えたときに、人事のデータはあらゆる業務系システムの源泉ともなり得ます。だからこそ、人事業務の“深化”と“進化”のために、基幹部分の人事オペレーションシステムと、タレントマネジメントシステムあるいはコミュニケーション基盤といった周辺・外部システムとの連携がこれまで以上に重要になります。

その一方で、人事システムには、データの公開可否や公開範囲のコントロールについて、独自の制約があります。例えば、人事部門がシステムに発令を入力するタイミングと社内の他部門を含めた外部に公開できるタイミングが異なること、人事データの機微性から会社間や部門間でもデータの共有に制限・制約があることなどが、さらにデータ連携を複雑にしています。

特に、公開可否のコントロールの要件は、システムの権限構成、さらにはシステム自体の構成にも影響する可能性があるため、入力する情報が会社間・部門間で共有してよいものかどうかを、経営層を含めて事前にコンセンサスを取っておくことが大切です。また、場合によっては、入力に従業員本人の同意が必要になるケースもあるため、注意が必要です。

③タレントマネジメントに関するデータ収集の誤解

人事に関するデータの収集について、人事オペレーションに必要な情報は人事部門で確実に収集されているかと思います。ただ、人事業務をタレントマネジメントといった“進化”の領域まで拡げて考えたときに、それらのデータを入力する主体は人事部門だけではありません。評価はマネージャーが、志向やエンゲージメントについては従業員本人が入力するでしょう。ただし、一部のやる気あるマネージャーや従業員を除いて、入力する主体が現場に近づけば近づくほど、丁寧に人事情報を更新するモチベーションは薄れていきます。

グローバル企業では、人材マネジメントを職務とするマネージャーが、タレントマネジメントに必要な情報をメンバーへのヒアリングなどから適宜収集して入力しますが、日本企業のマネージャーはプレイングマネージャーであることが多いため、人材のマネジメントは疎かになりやすいのが実状です。

また、現場の個々人にスキル・経験、志向をシステムへ入力してもらうと、頻度や粒度がまちまちになり、分析・活用の際に加工が必要となったり、酷い場合だと活用できない死蔵データとなったりすることもあります。誤解されがちですが、タレントマネジメントシステムの活用における最大の課題は導入工程ではなく、その土台となるデータ収集であり、その収集したデータの品質や鮮度を保つことなのです。

そのため、個人の入力に頼るだけではなく、日頃の業務の中で、自然とデータを収集できるような仕組み・運用を考えることが重要です。
例えば、営業であれば営業資料、技術者であれば設計書、販売やコールセンターであればクライアントからのフィードバックなど、目に見え、形として残る成果物を人材情報と紐付けるなど、業務を行っていれば、副次的にタレントマネジメントシステムにもデータが集まる状態が理想です。あるいは、今後はAIがそういった情報を自動収集するようになるのかもしれません。そうすれば、人材の活用のみならずKnow How、Know Whoといったナレッジマネジメントにも活用できるのではないでしょうか。

グランドデザインの重要性

先に挙げた人事システム特有の難しさについては、システム導入が始まってから検討しようとしても、構築までの短い期間で十分議論することはほとんど不可能です。経営戦略・人事戦略とシステムの方向性の擦り合わせ、業務・課題の整理、標準化/共通化できる部分と出来ない部分、作り込む場合の費用対効果、ステークホルダーの調整やチェンジマネジメントなど、導入プロジェクトの開始前にシステムのグランドデザインを描くことが何より大切です。

特に、経営戦略や人事戦略は各社様々であるからこそ、攻めの人事、タレントマネジメントには正解がありません。となると、余計に便利なパッケージソフトなどのソリューションに飛びつきたくなるのですが、人材の活用を含めた人事戦略という“目的”とタレントマネジメントシステムの導入という“手段”が逆転し、システムを導入すること自体が目的になってしまうケースが多々あります。ただ闇雲に導入しても、何を見える化し、どのように運用・活用するかが決まっていないと、必要なデータが集まらない、あるいはただ管理するだけの箱へと成り果てるのです。

さらに、人事システム導入の難点として、人事業務が取り扱う情報には社内のIT部門にも公開できない機微な情報が多く、人事部門主体でシステム導入が進められることが多いということが挙げられます。社内の基幹システムは通常、IT部門が主体となってグランドデザインを策定しますが、人事システムに限っては、人事部門の社員がやむを得ずシステムのグランドデザインに取り組むことがままあります。
システムベンダーとの間に入って調整してくれるIT部門を頼れないうえ、人事システムは簡単だという旧時代の誤解を解くこともできず、「艱難辛苦」な状況に陥りやすいのです。

だからこそ、人事システムのグランドデザインの策定にあたっては、本当に人事部門だけで進めるべきなのか、経営層からの再考が必要です。経営戦略・人事戦略に基づいたグランドデザインを進めるには、経営層の参画は不可欠です。また、人事部門が苦心したグランドデザインが、全社のシステムを俯瞰で見たときにも全体最適な形になっているか、システムの拡張性や運用の観点はどうかなどを、IT部門にフィードバックしてもらうために、IT部門との架け橋になれるシステムベンダーを選定することも重要です。

また、システム構築・導入中には、要件定義の段階で要件が膨れ上がり、コストやスケジュールとの兼ね合いで要件・要望を削ぎ落とすことがよくあります。コストやスケジュールを完遂することに固執するあまりに、当初描いたグランドデザインからずれてしまい、”目的”までも見失ってしまうのです。だからこそ、システム導入開始後も、グランドデザインと合っているか、グランドデザイン自体に変化がないかを定期的に振り返ることも必要です。「簡単な」人事システムの導入にそこまでの体制は不要と断じた故に、こういった活動がないまま進んでいき、結果的に無駄な投資となってしまう可能性があります。

求められる役割が転換点を迎える今、不可侵かつ孤独だったこれまでの人事部門の在り方を見直し、内外問わず必要な関係者を巻き込むことが、 人事部門の“深化”と“進化”の実現の第一歩となるはずです。

執筆者情報

本田智子(写真左)、布施陽貴(写真右)
2010年野村総合研究所に入社。専門は人事領域を中心としたSaaS・パッケージ導入のシステム化構想/計画、プロジェクトマネジメント。

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