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生成AIとCXのこれから:顧客との強固な関係を築くための新しいアプローチ

2023/11/21

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執筆者プロフィール

ITマネジメントコンサルティング部 木下 雅史:
2009年NRIに入社。以来、デジタル・IT戦略策定、組織改革、アーキテクチャ構想などのプロジェクトに従事。通信キャリア、電力会社など複数のコンシューマ事業のDXに携わった経験を持つ。
近年、数社の全社DX推進プロジェクトのPLを担当し、生成AIに関するご相談対応を担う傍ら、同技術に係るコンサルティングサービスの研究開発に従事している。

はじめに

ChatGPTの登場を機に生成AIの技術は瞬く間に世界中のユーザーを魅了し、急速に普及し始めています。そして、AzureOpenAIに代表されるクラウドプラットフォームサービスやChatGPT Enterpriseなど、ビジネスシーンでの利用を後押しするサービスが相次いでリリースされ、企業による生成AIの活用・検討が急速に進んでいます。
従業員向けのチャットボット環境を整備するなど、従業員の業務効率化を目的として導入している企業が多いですが、新規サービス開発や顧客接点領域への適用など、競争優位獲得のために生成AIの技術を活用しようという動きもにわかに活発化しています。
こうした生成AI活用のユースケースの多様化に対して、当社では、従業員業務改革を「EX」、顧客体験価値の変革を「CX」、バックオペレーションの高度化を「OX」、コーディングやテスト等のIT業務の生産性革新を「ITX」というように4つの観点で捉えています。
本記事では、「CX(顧客体験価値変革)」における生成AI技術適用のメリットに着目し、CXにおける生成AI活用の先行事例の考察やユースケース探索のヒントになる視点についてお話したいと思います。

CXに新たな価値を提供する生成AIの特徴

「顧客接点の強化」は、生成AIが脚光を集める以前から、企業の競争力に直結する重要なテーマです。筆者は、生成AIは「顧客接点において、従来のアプローチでは成し得なかった価値を生み出せる可能性」を秘めていると考えています。生成AIには、下図に示した3つの特徴があるからです。

CXに新たな価値を提供する生成AIの3つの特徴

出所:NRI

特徴1:人間を超える対話/応対を実現

生成AIには、従来のルールベースのチャットボットには出来なかった「コンテキストを理解した人間のような対話」が可能です。さらには、LLM(大規模言語モデル)に特定分野の知識を事前学習させたり、外部の知識ソースを検索・参照させることで、カスタマーサポートやヘルスケア・医療分野での問診・アドバイスなど、様々な分野においてあたかも専門家のように振る舞うことが出来ます。これを、一度に多数の顧客に対して、24時間365日疲れることなく行うことが出来ます。更には、言語の壁も超えることも可能です。
このように、生成AIは人間による応対の代替に留まらず、生身の人間では成し得なかった(あるいは限定的だった)顧客応対を実現できる可能性があります。

特徴2:マルチモーダルによる新たなインタラクションの提供

生成AIは、顧客接点に効果的に活用することで、入力と出力の両面においてマルチモーダルな新たなインタラクションを提供します。
入力面では、テキストデータを基に訓練された大規模言語モデル(LLM)を音声認識や画像認識などのAI技術と組み合わせることで、生成AIはテキストに加えて音声や画像といった多様な入力を受け取り、それを解釈して適切な回答を生成することができます。また、従来のテキストベースのプロンプト入力を、フロントエンドに一部機能を持たせることでより直感的でユーザーフレンドリーなUIに置き換えることも可能です。(選択式やチェックボックスなど)
一方、出力面では、生成AI技術の進化に伴って、テキストだけでなく画像や音声も高い品質で生成できるようになっています。これにより、顧客の状況やニーズに合わせて提供する情報の種類を変えたり、組み合わせたりすることが出来ます。
このようなマルチモーダルなアプローチを顧客接点に活用することで、企業は、従来のチャネルやデータ種別(テキスト、音声、画像等)の制約から離れ、顧客とのインタラクションをよりリッチで多様な形で行えるようになります。

特徴3:究極のパーソナライズ体験の提供

生成AIは、顧客との対話を通じて得られる情報をリアルタイムで処理し、「一連の対話内容を踏まえたパーソナライズされた応答」を返すことができます。これにより、顧客は関心や気持ちを理解されていると感じるため、より具体的な要望を引き出すことができます。顧客のその瞬間の感情・反応に応じて商材をリコメンドすることで、コンバージョン(購入)に繋げることも出来るでしょう。
CDP(顧客データプラットフォーム)などの顧客情報を管理する社内システムのデータを活用することも考えられます。例えば、生成AIに「どのような属性の顧客であるか」を理解させることで、「顧客のことを昔から良く知るアシスタント」として振る舞うことも可能です。

CXにおける適用事例

前述のような生成AIのポテンシャルに着目した企業の取組み事例は既に幾つか生まれています。

事例1:旅行計画のAIアシスタント(米Tripnotes)

CXにおける最も象徴的な生成AIの活用例であるチャットボット。米国カリフォルニア州発のTripnotes は生成AIの持つ特徴を幅広く活かし、一般的なチャットボットの枠を超えた旅行計画のAIアシスタントサービス「Tripnotes AI」を提供しています。
ユーザーは、同サービスを利用することで、テキストのみならず、ソーシャルメディア投稿、ブログ等から旅行のインスピレーションを得た素材を貼り付けることができ、アプリはこれらに基づいて旅程を提案します。これにより、ユーザーはシームレスで心地の良い顧客体験を享受できます。また、同社が長年蓄積してきた数億の豊富なデータ資源をバックエンドで回答と紐づけることで、旅程のみならず、店舗名・営業時間・場所・写真・レビュー等の最新の情報を併せてユーザーに提示します。
このように同サービスは多種多様なインプット情報に対して現地のローカルな知識情報に基づいて独自の旅行プランを提案することが出来ます。これは、これまで旅行代理店の現地スタッフやホテルのコンシェルジュから受けていたようなサービスを旅行前に受けられる、とも言えます。現在はベータ版としての提供ですが、このようなサービスが今後普及することで、店舗やホテル、レストランの検索からコンバージョン(購入)に至るまでの一連の顧客体験を支えるプラットフォームサービスとしての立ち位置を確立することも考えられます。

旅行計画の作成・提案

計画に紐づいた店舗情報の照会

出所:Tripnotes創始者マシュー・ローゼンバーグのX(旧Twitter)への投稿よりNRIキャプチャ

事例2:AI音声アシスタントによるドライブスルー注文体験(米PRESTO AUTOMATION)

ドライブスルー音声AIスタートアップの米PRESTO AUTOMATIONは、米OpenAIとの協業を通じて、ドライブスルー音声自動化のソリューション「Presto Voice」を開発し、Checker’s & Rally’s、Del Taco等のファーストフードチェーンに提供しています。このソリューションは、メニューデータ、会話ルール等のデータで事前学習したLLMをPOSシステム等の社内システムと接続することで、顧客の自然な言語を音声で理解し、音声で対話を行い、注文受付に必要なすべての応対を行います。
同社の発表によると、ドライブスルー注文の95%以上は店舗スタッフが介入することなく成功しているということです。コロナ禍以降、米国で主な販売チャネルになりつつあるドライブスルーでの応対業務の効率化に大きな効果が期待されます。一貫したアップセルと業務効率化により、平均16%の売上増につながるとの試算結果も公表されています。
入力と出力の両面で「音声」を採り入れた生成AIによって、マルチモーダルな顧客体験が皆さんのもとに近づいています。

ボイスAIアシスタントによる応対のイメージ

出所:Checker’s&Rally’sの関連記事よりNRIキャプチャ

事例3:パーソナライズな対話を通じた語学の学習体験(米Duolingo)

グローバル語学学習アプリ「Duolingo」を提供する米Duolingoは、従前から米OpenAIと連携を図っており、OpenAIの「GPT-4」を搭載した「Duolingo MAX」を23年3月にいち早く発表しました。同サービスでは、ユーザーが間違いを理解できる「スマート解説」と、チャット形式で場面に応じた会話を通じて学習できる「ロールプレイ」を新機能として提供しています。

  • 「スマート解説」は、ユーザーの間違えた答えに対して「間違えた原因」を解説し、チャット形式で追加質問にも答えるサービスです。
  • 「ロールプレイ」は、カフェや空港などのシーンで、AIのキャラクターとチャット形式で会話をするロールプレイが可能なサービスです。会話の最後に、ユーザーの一連の会話内容に対し、文法や単語などについてAIからフィードバックを受けられます。

これらの新機能に共通するのは、ユーザーに「パーソナライズ体験」を提供しているという点です。ユーザーひとり一人に適正化された対話を行うことで、ユーザーはあたかもマンツーマンの指導を受けているかのような顧客体験を受けられます。
同社は、ユーザーの学習意欲を最大化するために、ユーザーの学習内容のデータを分析し、演習問題の難易度調整や通知メッセージの最適化など、10年以上にわたり様々なAI機能をアプリに付加してきました。今後、「Duolingo MAX」について、紹介した2つの機能以外にもパーソナライズ体験を強化する機能拡充を進めていくと考えられます。

トップ画面

「スマート解説」機能

「ロールプレイ」機能

出所:DuolingoホームページのDuolingo MAX紹介ブログよりNRIキャプチャ

CXにおけるユースケース検討のポイント

ご紹介した3つの事例のような生成AIの特徴を活かしたユースケースをどのように見つけるかが重要です。ポイントとなるのは、既存のチャネルやコミュニケーション手段にとらわれることなく、「顧客にとって真に望まれる体験は何か?」をゼロベースで再設計することだと思います。
事例1を例に、旅行を計画する際の情報収集や手配の顧客体験について考えてみましょう。これまでは、移動手段、宿泊先、イベントの手配をそれぞれ異なる検索・予約サイトで行い、さらに現地に到着してからはローカルな情報を集めるためにさまざまな情報源を探し求めるという、断片的で繋がりのない顧客体験が一般的でした。これに対し、米Tripnotesのアプローチは、ユーザーが一連の対話の流れで具体的な旅行計画を立てていけるようにするというものです。旅行計画を再定義し、よりスムーズで統一感のある顧客体験を提案していると評価できます。

事例1の考察から見る、旅行に関わる情報収集・計画づくりの顧客体験の変革

出所:NRI

CXにおける検討課題について

最後に、ユースケース探索後、実際のビジネスに導入する際に検討しておくべき課題について触れておきます。顧客に対するサービスで生成AIを活用する場合、特に以下3つの観点が課題となります。

検討課題1:プライバシーおよびセキュリティのリスク

生成AIを顧客との応対に活用する際、最も重要な懸念点の一つがプライバシーおよびセキュリティのリスクです。顧客との対話履歴や個人情報のデータを扱う場面では、不適切なアクセスやデータ流出を防ぐための厳格なセキュリティ対策が求められます。また、個人情報保護法やサービス規約などに準拠することも不可欠となります。サービス開始後も継続的に準拠状況や残存リスクを可視化し、滞りなく対策を講じる必要があります。

検討課題2:回答の精度とその下支えとなるデータ品質

生成AIの回答の精度は、その背後にあるデータ品質に大きく依存します。不正確や偏ったデータを基にしたAIは、誤った情報や不適切な回答を提供するリスクがあります。社内利用目的であれば多少の間違いを許容できますが、顧客向けに使う場合には顧客の信頼を失う恐れがあります。このため、データ品質を一段と高める努力を講じると共に、顧客にAIサービスの特徴・制約を正しく理解してもらう(許諾を得る)、生身の人間による確認・判断のプロセスを組み込む、等の工夫が必要になります。

検討課題3:応答速度とシステム効率性

生成AIの応答速度は、顧客の満足度に直接影響を及ぼす重要な要素です。タイムラグが生じると利便性の低下に繋がり、顧客にとってネガティブな印象を与えてしまいます。しかし、端末⇔通信会社基地局⇔インターネット⇔クラウドといったエンド・ツー・エンドの構造上、人間同士の会話に近い応答速度を出すのは難しいでしょう。また、先に述べたリスク対策や回答精度向上の対策のためにシステム処理を作り込むことで、応答速度がさらに低下することも考えられます。
この問題に対処するためには、構造上の限界を理解したうえで、処理方式やAIモデルの軽量化を図る等、システム全体の効率化を通じて応答速度を上げる必要があります。将来的な技術として端末付近に設置したサーバ(エッジ)でAIを動かす「エッジAI」が期待されますが、そうした環境が整うまでは一つの課題として認識しておく必要があります。

まとめ

いかがでしたでしょうか?今回は、CXに生成AIをどのように活用すべきかをテーマに、生成AIの「適用事例」や「ユースケース検討のポイント」について取り上げました。
生成AIがCXを新たなステージに引き上げる可能性をご理解いただけたと思います。本稿では敢えて取り上げませんでしたが、CXの分野ではマーケティング業務におけるコピー生成やコールセンタ応対業務の要約自動化など、応対品質向上や業務効率化を目的とした生成AI活用のユースケースも多く出てきています。顧客体験価値向上と業務課題解決の両面でユースケースを検討し、本稿に記載のアプローチを参考に貴社の顧客接点の総点検、新たな顧客体験の構築に取り組んでいただければ幸いです。

NRIでは、ユースケース導出に留まらず、プライバシーやセキュリティのリスク対応策、データ品質向上策など、ビジネス実装に向けた課題検討を幅広くご支援しています。生成AIの適用・導入でなにかお困りの際は、ぜひご相談ください。

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