新たな変革の渦中にある自動車業界。この連載企画では、海外で注目を集めている革新的なテーマをピックアップし、3回にわたり深掘りしていきます。
今回は最終回として、「車のスマホ化」とも称されるSDV(Software Defined Vehicle)にスポットライトを当てます。SDVは、ユーザに多くのメリットを提供し、自動車の価値を高める技術です。しかし、その実現にはまだ多くの課題があります。本記事では、自動車のソフトウェア開発の最新動向と課題、そしてSDVが拓く自動車の未来について詳しくご紹介します。
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執筆者プロフィール
システムコンサルティング事業本部 豊田 健一:
2022年に野村総合研究所に入社。データベースエンジニアを経て、自動車業界を中心にデータガバナンスなどのコンサルティング業務に従事。
システムコンサルティング事業本部 宮本 一輝:
インフラエンジニア、AIエンジニアを経て、2021年よりモビリティ業界に対してモビリティデータの分析やマルチメディアのログを活用したデータ分析立案などのコンサルティング業務に従事。
目次
はじめに
野村総合研究所 システムコンサルティング事業本部の豊田、宮本です。
クルマは従来、それを構成するハードウェアにより機能や価値が規定されるものでした。しかし近年は、ADAS(先進運転支援システム)に代表されるようなソフトウェアで実現される機能が普及・拡大し、また車載ソフトウェアの定期的なアップデートにより機能の継続的な追加・改善が行われるようになってきました。
自動車メーカー各社は、SDVやそれに類するキーワードを掲げ、クルマのソフトウェア化に注力する姿勢を示しており、クルマのソフトウェア化により新しい事業機会が生まれるというのが業界の共通認識であるといえるでしょう。中にはソフトウェアによる収益目標を掲げている企業も存在します。しかし各社は本当に、SDVにおいて、ユーザに受け入れられる機能やサービスを提供し、十分な収益を得ることができるのでしょうか?
今回は、SDVについての最新動向や課題、ならびにSDVで今後実現されるであろうユースケースについてレポートします。
クルマの価値はハードウェアからソフトウェアに
以前は、クルマの運転席にはアナログのタコメーターが取り付けられていましたが、今ではデジタル表示が当たり前になっています。この例に限らず、クルマの機能は次々とソフトウェア化しています。自動車メーカー各社は、トヨタのAreneやVolkswagenのVW.osに見られるように、ソフトウェア化の肝となる車載OS開発を積極的に進めており、開発競争が激化しています。
クルマに搭載されているソフトウェアのコード桁数からもソフトウェア化が急激に進んでいる様子がわかります。クルマ1台当たりのソフトウェアのコード桁数は2020年時点において2億桁程度もあり、これはMicrosoft Windowsや航空機のボーイング787を上回る規模となっており、今後もコード桁数の急激な増加が見込まれています1。
加えて新機能の実現において、ソフトウェアの重要性はますます高まっています。例えばトヨタの「Toyota Safety Sense」という予防安全パッケージに含まれる緊急ブレーキ機能「プリクラッシュセーフティ」は、2015年から導入されており、2017年末にはほぼ全ての車種に搭載されました。またホンダも「Honda SENSING」という安全運転支援システムの「衝突軽減ブレーキ」を2015年から導入しており、現在7車種に搭載しています。このように各自動車メーカーがソフトウェアによって、安全運転支援システムを次々と実現しています。
ハードウェアとソフトウェアの疎結合化がソフトウェア化を加速
クルマのソフトウェア化は、車載ハードウェアとソフトウェアの疎結合化により後押しされています(図1)。従来、両者は密結合であったため、個々のハードウェアを変更するたびにソフトウェア開発が必要となっていました。一方でSDVでは、ハードウェア抽象化レイヤー(HAL)を定義することでハードウェアとソフトウェアの疎結合化が実現されているため、一度開発したソフトウェアを他のハードウェアに流用できます。その結果、ソフトウェア開発の柔軟性と効率性が大きく向上しました。例えばTesla等で提供されているシートヒーターはソフトウェアによって制御されており、ソフトウェアアップデートにより機能の追加が可能です。一方で、従来のクルマでは、シートヒーターと同様のことを実現するには、ハードウェアであるシートから交換する必要があります。
図1 車載ハードウェアとソフトウェアの模式図
SDVがユーザにもたらすメリット
無線通信による車載ソフトウェアのアップデート(OTA:Over the Air)によって、クルマの価値を長期的に維持できるため、クルマの生涯価値が向上します。図2のように、従来、ハードウェアであるクルマを買い替えたり、装備を交換したりしない限りその価値は減少し続けましたが、ソフトウェアアップデートによる継続的な機能追加/改善が可能となったことで、ユーザはクルマ購入後も高い価値を享受し続けられます。また、自動車メーカーにとっても、ソフトウェアアップデートにより、クルマを販売した後でも他社との差別化が可能となるほか、新機能を継続的にユーザに提供することで顧客満足度の向上が見込めます。
図2 ソフトウェアアップデートによるクルマの価値向上
一方でSDVによるマネタイズは不透明
自動車メーカー各社が差別化と事業機会創出を目指してSDVへの注力を発表する中、SDVによるマネタイズの目標を数値で設定しているメーカーも存在します。
図3に、コネクテッドカー1台あたりのソフトウェアおよび関連サービスの売上目標の例を示します。
図3 2030年時点のコネクテッドカー1台あたりのソフトウェアおよび関連サービスの年間売上目標
2030年時点において、StellantisとGeneral Motorsは日本円換算で1台あたり年間10万円前後を目標としています。Fordに至っては、1台あたり年間60万円超という野心的な目標を設定しています。いずれの目標値も、現在最もソフトウェア化が進んでいる自動車メーカーのひとつであるTeslaの2022年時点の実績値(NRIにて推計)を大きく上回っています。
図4に、総売上に占めるソフトウェアおよび関連サービスの売上割合の2030年時点の目標の例を示します。
図4 2030年時点の総売上に占めるソフトウェアおよび関連サービス売上割合の目標
Stellantisは、2030年時点でのソフトウェアおよび関連サービスの年間売上目標を200億ユーロ(日本円で約3兆円)としており、総売上に占める割合は約7%に当たります。General Motorsは総売上の約9%を目標としていますが、Hyundai-Kiaにおいては総売上の30%という意欲的な目標を設定しています。ただし、SDVで先行するTeslaでさえも、2022年の実績値は総売上の1%前後であると推計され、このような高い目標の達成は容易ではないと考えます。
自動車メーカー各社においては、経営戦略上、SDV及びソフトウェアサービスが重要な位置を占めています。しかし、これら目標をいかにして達成するかは現時点では各社とも模索中であり、SDV普及のカギとなる機能やサービスは、いまだ不透明であると見ています。
SDVの実現に苦労する従来自動車メーカー
たとえユーザがお金を払ってもよいと思うような機能やサービスの企画ができたとしても、自動車メーカーがSDVの開発を進めるためには、いくつものハードルがあります。例えば、従来のビジネスモデルからSDVで収益を得るビジネスモデルへの転換ができていない場合、図5に示すような悪循環により、結果としてSDV化が進みません。
図5 SDVの推進を妨げる悪循環の例
手探りの中それでも進むSDV
各自動車メーカーは、引き続き差別化と事業機会創出を目指してSDVを進化させ、高い価値を提供する機能やサービスを実現するでしょう。昨今のユーザニーズや技術動向を踏まえ、以下の3つの側面から新しいユースケースが誕生すると考えられます。
①デバイスの進化
技術の進歩により、クルマに搭載されるセンサやディスプレイ等のデバイスも今後さらに高精度で高速なものとなるでしょう。また、近年発展の目覚ましいAI技術と組み合わせることで、クルマ自身がクルマ内外の状況に合わせた判断をリアルタイムで行えるようになると期待されます。それにより、次のようなユースケースが可能になると考えられます。
- ドライバーからフロントガラス越しに見える景色に重ねるように、レーンや標識/他車両/進行方向などの情報を表示し、安全性を向上させる
- 指定した駐車スポットへ、ヒトの帯同なしにクルマが自動で向かい駐車、ヒトは駐車のためのスキルや時間が不要となる
②個人最適化
ECサイトや動画/音楽のコンテンツ配信サービス等では、個々人のコンテンツの利用履歴に合わせたリコメンドが当たり前となっています。クルマにおいても同様に、ドライバーや同乗者それぞれの嗜好に合わせたカスタマイズが可能になるでしょう。それは動画/音楽等のコンテンツに限らず、クルマを構成する各部の設定も含みます。それにより、次のようなユースケースが可能になると考えられます。
- アクセル/ブレーキ/ステアリングの硬さなどを、ドライバーの好みに合わせてカスタマイズでき、ドライバー好みの運転体験が可能となる
- カスタマイズした値をクラウド上に保存し、レンタカーを利用する際などでも保存した値を呼び出すことで、普段と同様の運転体験が可能となる
③空間用途の変化
従来、ドライバーはクルマに乗っているほとんどの時間を運転に費やしていましたが、今後、自動運転技術が進化すれば、浮いた時間を、仕事や勉強、ゲームなど別の用途に使うことができるようになるでしょう。そうなると、次のようなユースケースが可能になると考えられます。
- 車内でオンライン会議や資料作成、インタラクティブ講義の受講を行う
- 拡がった空間に大画面/立体音響設備を置き、車内を臨場感あふれるコンテンツやゲームなどを楽しめるエンタメ空間に変化させる
おわりに
今回は、SDVのトレンドと発展に向けた課題、および将来展望についてお伝えしました。
上で紹介したユースケースに限らず、SDVは、いま私たちが想定していないユースケースも含めて、大きな可能性を秘めています。自動車メーカー各社は、ユーザに受け入れられるユースケースがどういうものか、またその実現に必要な機能やサービスは何かを、これからも探索し続けるでしょう。そのためには、ユーザや異業種も含めた企業からの意見を迅速に取り込みながら、幅広い視点を持って未来の生活や社会を想像することが重要となるのではないでしょうか。
そして、SDVを進化させるためには、関連企業間の提携にとどまらず、社外にアイデアや開発リソースを広く求め、活用するという戦略が有効と私たちは考えています。具体的には、iPhoneアプリの発展においてプラットフォーマーであるAppleによる開発環境の公開やユーザからのフィードバックが重要な役割を果たしたように、自動車メーカーがクルマの機能を制御するためのツールやAPI、走行データ等を開放するというアプローチをとるということです。もちろん、実現には技術面や安全性など解決すべき課題は多くありますが、自動車メーカーによるプラットフォームの開放はSDV発展の鍵であると私たちは考えます。
これまで3回にわたり、商用EV、ロボタクシー、SDVの現状と将来展望についてご紹介しました。詳細なレポートにつきましては、下記よりダウンロードしてご覧いただけますので、ぜひご活用ください。
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