フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 ECBのラガルド総裁の記者会見-Que será, será

ECBのラガルド総裁の記者会見-Que será, será

2024/09/13

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

はじめに

ECBは今回(9月)の理事会で25bpの利下げを決めた。もっとも、 ラガルド総裁は、今後の政策決定もデータ依存かつ毎回の理事会での議論に基づく方針を堅持し、利下げの先行きについての見通しは開示しなかった。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、足元の経済活動が消費や設備投資を中心に停滞し、輸出や政府支出の下支えに拘わらず、前回(6月)見通しを下回って推移している点を確認した。

今後については、インフレ減速に伴う実質購買力の回復が消費を回復させるほか、海外景気の回復に伴い輸出も回復するとの見通しを維持した。しかし、先行きに関するリスクは依然として下方に傾いているとの評価を示し、海外経済の減速、地政学的リスクの高まり、既往の金融引き締め効果などを要因として挙げた。

執行部による新たな実質GDP成長率の見通しは、2024~26年にかけて+0.8%→+1.3%→+1.5%となり、前回(6月)に比べて、各々0.1ppの下方修正となった。

質疑応答では、ドイツ経済の停滞への懸念が示されたが、 ラガルド総裁は、見通しに織り込み済であるほか、スペインやオランダのように経済活動が好調な国もあり、ユーロ圏が一様に停滞している訳ではないと説明した。

なお、数名の記者が「Draghi Report」の意味合いを質したのに対し、ラガルド総裁は、生産性の向上や資本市場の統合は金融政策の効果に有用であるが、そうした構造改革は行政ないし政治の役割であり、ECBは物価安定に専念するとの考えを確認した。

物価情勢の評価

ラガルド総裁は、インフレが前回(6月)見通しに沿って推移している点を確認しつつ、インフレ率の減速には内容別ないし時間的に違いが残る点にも注意を示した。

このうち財価格については、エネルギー価格が足元では前年比マイナスに転じたが、本年後半には水準効果が剥落し、一時的に上昇圧力が復活するとの見方を示した。一方、サービス価格の上昇率が足元でやや高まった点については、パック旅行費や保険料などの寄与が大きく、一時的との見方を示唆した。

その上で、インフレの基調を左右する賃金については、契約賃金の上昇率やULCが緩やかな減速を続けている点を確認した。また、来年にかけては、契約賃金の改訂のラグなどによって、賃金上昇率が高止まる可能性を認めつつも、企業マージンのバッファーや緩やかな生産性の向上によって、賃金から物価への波及が抑制されるとの見方を示した。

その上で、先行きに関するリスクについては、賃金上昇や地政学的リスク、異常気象などの上方要因と、既往の金融引き締め効果や海外経済の停滞などの下方要因の双方を指摘した。

執行部による新たなHICPインフレ率の見通しは、2024~26年にかけて+2.5%→+2.2%→+1.9%となり、前回(6月)から全く変わっていない。また、HICPコアインフレ率の見通しは、2024~26年にかけて+2.9%→+2.3%→+2.0%となり、前回(6月)に比べて、 2024~25年が各々0.1ppの上方修正となった。

質疑では、コアHICPインフレ率見通しの小幅な上昇の理由が取り上げられたが、ラガルド総裁は、サービス価格の底堅さを反映したものであり、インフレ目標への収束見通しは不変とした。

金融政策の運営

ラガルド総裁は、インフレ率の減速が全体として前回(6月)の見通しに沿って推移している点を確認し、インフレ目標をタイムリーかつ安定的に達成するため25bpの利下げを決定したと説明した。また、質疑の中でラガルド総裁は、利下げの決定が全会一致であった点も指摘した。

質疑応答では、複数の記者が今回の利下げを50bpでなく25bpとした理由を取り上げ、景気が停滞する中で不十分ではないかとの考えを示した

これに対しラガルド総裁は、政策運営の3つのクライテリア、つまり①インフレ見通し、②基調的インフレの動向、③金融政策効果の波及の3点に言及し、①と③については想定通りに推移しているが、②のうち国内発のインフレ圧力がやや高いと指摘した。その上で、25bp利上げはインフレ目標に向けた緩やかな収斂に整合的と説明した。

加えてラガルド総裁は、政策効果の波及には時間的なラグがある点を指摘し、現在でも既往の金融引締め効果が波及し続けているだけに、利下げの効果が波及する上でも同様な時間がかかるとの見方を示し、当面は政策効果の波及を監視することの重要性を示唆した。

一方で、複数の記者が今後の利上げ方針を質した。ラガルド総裁は「Que será, será」と発言した上で、今後の政策変更でもデータ依存、かつ毎回の理事会での議論に基づく方針を堅持する方針を確認し、利上げ幅やペースについての言及を避けた。

同様に別の記者が中立金利について質問したのに対しても、執行部の最近の分析では中立金利が以前より高いとの推計もみられるとした上で、正確な推計は困難との考えを確認した。その上で、ECBがインフレ目標のタイムリーな達成に確信が持てるまでは、十分に引き締め的な状況を維持する方針を確認した。

なお、3月の金融調節の見直しに基づき、今回の利下げからは預金ファシリティの金利とMRO金利のスプレッドが50bpでなく15bpへと縮小されたことに注意する必要がある。この間、MRO金利と貸出ファシリティの金利とのスプレッドは25bpで据え置かれている。

つまり、今回の政策変更により、貸出ファシリティの金利は4.50%→3.90%、MRO金利は4.25%→3.65%、預金ファシリティの金利は3.75%→3.50%となった。ECBが短期金利の下限としての預金ファシリティの金利を「政策金利」と位置付けている以上、今回の利下げは25bpとなるが、MRO金利のより大幅な低下は銀行貸出金利との関係でより大きな緩和効果を持つ可能性がある。

また、こうした技術的な変更によって、MROに参加しうる主体とそうでない主体との間で生じうる資金調達コストの乖離が縮小する点でも、ECBによる短期金利の誘導は円滑化しうる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn