ECBのラガルド総裁の記者会見-Magic language
はじめに
ECBは今回(10月)の政策理事会で25bpの利下げを全会一致で決定した。ラガルド総裁は、足元の景気減速によってインフレ見通しが下振れた点を認めたが、次回(12月)会合での政策決定には具体的に言及しなかった。
経済情勢の評価
ラガルド総裁は、足元の指標やソフトデータを踏まえて、経済活動が想定よりやや弱い点を認めた。
このうち企業については、製造業の生産が減退し、サービスも夏季の旅行に支えられたが今後は停滞するとの見方を示したほか、財を中心に輸出が弱いとした。家計についても、第2四半期の貯蓄率が15.7%に達するなど消費に慎重である点を指摘した。また、労働市場は底堅いが、雇用ペースの減速が見込まれるとした。
もっとも、今後については、実質購買力の増加によって消費が回復するほか、金融引締め効果の減退や外需の増加等によって、経済活動は時間とともに回復するとの見方を維持した。
ただし、先行きのリスクは依然として下方に傾いているとし、企業や家計のセンチメントの低下、地政学的リスク、海外経済の弱さや貿易摩擦による外需の減少、金融引締めの想定以上の波及を要因として挙げた。
質疑応答では、ソフトランディングに疑問が示された。ラガルド総裁は、景気減速が想定以上である点を認めつつ、景気後退に向かっている訳ではないとの見方を示した。併せて、ECBは物価より景気を重視しているのではなく、景気が物価に与える影響を注視するとの姿勢を強調した。
このほか、ドイツの景気減速によるユーロ圏全体への影響に対する懸念も示されたが、ラガルド総裁はユーロ圏全体が製造業の不振に一様に影響される訳ではないと反論した。
物価情勢の評価
ラガルド総裁は、9月のHICP総合インフレ率が1.7%に減速した点を指摘し、多くの指標が減速ないし不変であったと説明した。もっとも、賃金上昇を主因に国内インフレ率は依然として高く、契約賃金の上昇率も本年中は高くかつ不安定との見方を示した。
今後については、エネルギー価格の水準効果によって、今後数か月はインフレ率が上昇するが、その後は、労働コストの圧力低下や金融引締め効果の波及によって、インフレ率は減速するとの見方を維持した。
また、先行きに上下双方のリスクがあるとの見方も維持した。その上で、上方リスクとして、賃金や企業収益の想定以上の増加、地政学的リスクによるエネルギー価格の上昇、異常気象の影響、下方リスクとして、地政学リスクによるセンチメントの悪化、金融引締めの想定以上の波及、海外経済の減速を挙げた。
質疑応答では複数の記者が足元のインフレ減速を取り上げ、想定外であった点を含め、次回(12月)の見通しへの影響を質した。
ラガルド総裁は、9月のHICP総合インフレ率が1.7%になった点については、ECBだけでなく民間エコノミストも含めてややサプライズであったと評価した。その上で、金融引締めが効果を発揮しているものであり、ディスインフレの過程が適切に進捗しているとの自信を深める内容との理解を示した。その上で、次回の見通しは今後のデータに基づくとの原則論を確認し、具体的な言及を避けた。
金融政策の運営
ECBは25bpの利下げを決定したが、声明文では、ディスインフレの過程が適切に進捗しているとの見方を示すとともに、足元の経済指標が下方のサプライズとなった点を認めた。また、企業収益によるバッファーもあって、労働コストによるインフレ圧力は緩やかに減退するとの見方を維持した。
ラガルド総裁は、金融政策を判断する上の3つの要素に関する評価-インフレ見通し、基調インフレの動向、金融政策の波及効果-に照らして、25bpの利下げを決定したことを説明した。その上で、インフレ目標の達成に必要な期間にわたって十分に引締め的な状況を維持し、今後も毎回の会合でデータ依存による政策決定を行うとの方針を確認した。
質疑応答では、景気減速を踏まえて50bpの利下げは検討したかとの質問があったが、ラガルド総裁は、想定以上の景気減速であったが、執行部による25bp利下げの提案が全会一致で支持されたと説明し、現時点での政策決定の適切さを主張した。
また、複数の記者が次回(12月)以降の利下げを質した。 ラガルド総裁は、物価や景気に関する多くの指標が同じく下方を示し、ディスインフレの過程の進捗を示唆したことが今回の利下げの理由である点を確認した。
その上で、次回(12月)に向けても、今後に公表される多くの指標をもとに同様なチェックを行う方針を確認し、政策決定に関するコミットメントや声明を事前に行う考えはないとして、次回会合での政策決定に関する具体的な言及を避けた。
また、複数の記者が、インフレ率が目標を下振れる可能性を含めて、ECBがインフレ抑制に成功したとの議論を展開した。
ラガルド総裁は、物価の先行きについては上下双方のリスクが残るとの見方を確認しつつも、下方リスクがやや大きいとの見方も示唆した。また、ECBはインフレ抑制に成功しつつあるが、まだ完了していないとして、特に消費動向に影響を与える要素として食品のインフレ率が依然として高い点を指摘した。
このほか、複数の記者が中立金利の問題を取り上げ、ECBは中立金利を不透明としている以上、金融引締めの度合いを適切に評価しうるかといった疑問が示された。
ラガルド総裁は、まず、今回の利下げが上記の3つの要素の判断に基づ く金融政策の調整 (calibrate) であって 、再調整(recalibrate)ではないと説明し、中立金利の推計等の前提を変えたわけではないことを示唆した(筆者注:FRBのパウエル議長によるrecalibrateという表現を意識したもの)。
その上で、金融政策を十分に引締め的な状況に維持するとの声明を"magic language"と表現したほか、この声明は中期的に2%のインフレ目標をタイムリーに実現するという決意と関連していると説明し、中立金利は事後的にしか判明しないとの理解を再度示唆した。
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