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IMFによる2024年10月のGFSR-日本にとっての意味合い

2024/11/04

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はじめに

IMFが先般公表した国際金融安定性報告書(GFSR)が示した分析には、日本にとって重要な意味合いがいくつか含まれている。

「量的引き締め(QT)」のリスク

今回のGFSRは第1章の前半で、主要国の中央銀行による量的引き締め(QT)のリスクを議論した。つまり、G10の中央銀行の資産規模はピークの28兆ドルから足元で21.5兆ドルに減少し、慎重な運営によってこれまで秩序立って進んでいるが、今後にリスクが残るとした。

主なリスクは、2019年秋の米国のように準備預金の過剰な吸収によって短期金融市場を圧迫することだ。その上で今回のGFSRは、2つの新たなリスクを指摘した。

第一に、主要国が同時にQTを行う下で、ある国で生じた短期金融市場のストレスが、多国籍銀行の活動を通じて別の国に波及する恐れがある点だ。第二に、中央銀行が国債保有の役割を減退させる下で、価格(利回り)に敏感な投資家が国債保有を担う結果、国債市場のボラティリティが上昇する恐れがある点だ。

実際、今回のGFSRは、ユーロ圏のうちドイツでは銀行などの保有が増えたが、他国ではファンドの保有が増えたほか、米国でもFRBの保有を除く国債残高(free float)のシェアが上昇傾向にある点を指摘した。

このうち前者は、各中央銀行が市場の監視結果を密接に共有しつつ、適切に資金を供給することが基本的対策となる。過去の例を踏まえて主要国で外貨スワップを発動することも考えられる。

一方、米欧の国債市場では非銀行金融機関(NBFI)のプレゼンスが上昇してきた。NBFIには機関投資家からヘッジファンドまで多様な投資家が含まれるが、いずれも中央銀行の資金供給ファシリティに常時アクセスができる訳ではないという問題を抱える。

日本でも、日銀がQTを進める中でどのような投資家が国債保有を担うかは、長い目で見て重要な課題となりうる。

上記のリスクを考えると、強い監督下にあり、かつ中央銀行の資金供給ファシリティに常時アクセスしうる銀行が主たる役割を担うことが合理的になる。もっとも、欧州債務危機の経験が示したように、銀行部門が大きなソブリンリスクを抱えた場合、財政危機が銀行危機を経由して、実体経済への波及を強める恐れもある。

日本の今後の方向性については、そうしたトレードオフも考慮し、米欧の実例も踏まえた検討が必要となる。

緩和的な金融環境の維持

今回のGFSRは、第1章の様々な部分で、米欧の中央銀行による既往の大幅かつ急速な利上げに関わらず、金融市場の様々な領域で緩和的環境が維持され、8月初の国際金融市場の不安定化後も状況は大きく変わらないと指摘した。

例えば、米国の株式市場については、良好な収益見通しを勘案しても株価の過大評価が生じた可能性を指摘したほか、株価の調整があっても、投資家が「growth」から「value」へ投資対象をローテーションすることで、株価上昇が広がりを持ったと指摘した。

また、米欧の社債市場ではクレジットスプレッドが極めてタイトになっているほか、国際金融市場におけるシンジケートローンの供与額やCLOの発行額が高水準に達している点も指摘した。先進国での緩和的な金融環境は、途上国にもメリットを及ぼしているとすれば、IMFとしては歓迎すべき事態である。

今回、緩和的な金融環境が維持された最大の要因は、IMFが世界経済見通し(WEO)で議論したように、コロナ後の労働供給の回復で所得が維持されたほか、コロナ禍での財政支出で企業や家計のバランスシートが良好に維持された点にある。

ただし、今回のGFSRも楽観的ではない。例えば、米欧でのFCIの緩和方向への動きは、各中央銀行が利下げに転じた効果より、資産価格のバリュエーションの上昇に支えられており、今後の政治的ないし地政学的リスクに影響される可能性を指摘した。

また、米欧だけでなく日本でも企業倒産が増加し、Distance to insolvencyのような指標も上昇しているとし、既往の債務の借換えリスクは大きいと指摘した。この点は、PEファンドのように短期債務に依存する貸し手にも同様に該当しうる。

今回のGFSRは、こうしたリスクを予防する上で、中央銀行や政府が政策の運営方針を明確に示すことで、金融市場に過度なポジションが形成されないようにすることの重要性を主張した。

この点はWEOによる議論と共通しており、政治的ないし地政学的リスクが高い下で難しい課題だが、escape clauseの活用や金融政策と金融システム安定策の適切な区別も含めて、日本にとっても大事な課題となりうる。

投資家の流動性ミスマッチ

今回のGFSRは、第1章の後半で、米国の債券ファンドがリーマンショック以降に顕著な成長を見せた中で、ETFや機関投資家向けのミューチュアルファンドが、伝統的な個人投資家向けのミューチュアルファンドをプレゼンス面で圧倒するようになった点を指摘した。

2020年3月にも顕在化したように、こうしたファンドは社債市場が不安定化した場合、機関投資家から急速かつ大規模な償還請求に直面するため、保有資産のfire saleを通じて社債市場の不安定性を一層悪化させる恐れがある。しかも、今回のGFSRは、利回り獲得のためにレポを常用するファンドに対しては、投資家の不安心理が強まりやすい点も指摘した。

また、今回のGSFRは、主要国の一部が年金基金による流動性の低い資産への投資を促進する政策を推進すると同時に、確定拠出型(DC)の年金で加入者による運用指図の変更を短期で実現するよう要請している点も取り上げ、年金基金による流動性のミスマッチにつながりうるとの見方を示した。

このうち債券ファンドの課題は、現時点の日本には殆ど該当しないとしても、本コラムの第1節でみたように、将来の国債保有構造を考える上では参照すべき論点となりうる。

加えて、個人投資家も債券ファンドを通じて一定の規模で国債を保有することは-長い目で見た国債保有の安定の点で望ましいとしても-債券ファンドが投資家のニーズに即して換金性を高めるといった対応を講ずる場合、債券ファンドにおける流動性のミスマッチにどう対応するかという課題も生ずることになる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

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