不透明性を増すFRBの政策運営-方針の再調整
はじめに
米国経済が拡大を続け、インフレも目標に向けて収斂しつつあることは、本来は、FRBにとってデュアルマンデートのトレードオフの少ない良好な政策環境をもたらすはずだ。しかし、今回(11月)FOMC後の記者会見では、パウエル議長は先行きの不確実性を強調したほか、その原因は大統領選挙の結果だけには止まらない。
物価が抱える既存の問題
今回(11月)の質疑応答で記者が取り上げたように、大統領選挙の結果は、生活費の上昇に悩まされる多くの国民が民主党政権に批判的であったことを示唆するとの見方にはもっともな面がある。
この問題にFRBが金融政策で対応するとすれば、米国経済が足元で潜在成長率を大きく上回る成長を続けていることも考えると、少なくとも利下げペースの減速、場合によっては利上げへの反転が選択肢となる。
ただし、こうした政策には少なくとも現時点で2つの問題がある。
第一に、家計の負担を却って強めうることである。金融引締めの維持が物価の抑制に繋がるには総需要の抑制を伴う必要がある。しかし、景気拡大の主因は個人消費なので、金融引締めの負荷は主として家計にかかる。この点は、個人向けを中心とするサービス価格の上昇率は依然として高いという事実とも整合的である。
第二に、インフレ率は減速しても、国民が不満を持ったのは物価水準かもしれないというギャップの存在である。米国では賃金上昇率も高かっただけに、実質購買力の低下は日欧より深刻でなかったともいえるが、大統領選挙では相対的に影響の大きかった人々の主張がインパクトを持った可能性はある。
しかし、金融政策で物価水準まで制御しようとすれば、今回(11月)の質疑応答で一部の記者が取り上げた平均インフレ目標のような枠組みが必要になる。パウエル議長が反論で指摘した低インフレのリスクだけでなく、政策の透明性でも現実的とは言い難い。
新政権の政策と物価への影響
その上で、新政権の政策を考慮に入れると、FRBには更なる問題が浮上する。自明の話も多いが、念のため整理しておきたい。
金融市場が既に意識しているのは、大規模な減税を通じた拡張的な財政政策が導入され、物価に上方圧力を加えるリスクとみられる。拡張財政への指向は前回のトランプ政権でもみられたことだが、今回は上記のような選挙結果を踏まえると、家計によりウエイトをかけた減税が導入される可能性もある。
しかも、インフラ投資などのような支出拡大の場合には、パウエル議長が説明したように効果が発現するまでに長い時間を要するが、家計向けの減税中心であれば即効性は高い。つまり、消費を速やかに刺激し、結果として物価上昇圧力を早期に顕在化させる可能性があることになる。
金融市場では、より長い視点から、新政権が経済安全保障や米国産業保護の観点を重視して、サプライチェーンの分断に拍車をかけるとの懸念も窺われる。この点も前回のトランプ政権でも実行されただけでなく、今回の公約にも実際に含まれている。
トランプ政権も、関税政策などを交渉材料に使用しつつ、特に日欧との関係では現実的な着地点を探ることは十分に考えられる。その一方で、長い目で見て国内物価を押し上げる要因となることは否定できないように思われる。
さらに長期の視点では、金融市場は、新政権が移民対策を強化した場合に労働供給が減少する可能性にも焦点を当てつつあるようだ。ただし、こうした影響が具体的に発現した場合の物価への影響には不確実性も残る。
確かに、現在のように景気が良好であれば、労働需給のひっ迫を招き、賃金を経由した物価上昇に繋がりうる。この点は、英国でBrexit後に生じた現象も参考となりうる。
もっとも、足元では失業率がやや上昇するなど、労働需給は緩和方向にある。また、長い目で見れば、移民労働力の多くが当初は個人向けサービス等に従事するとすれば、この領域の人手不足はIT化を含むビジネスモデルの変化によっても吸収されうる面もあると思われる。
これらを踏まえた上で、そもそも新政権が金融政策に何を望むかにも高い不確実性が残る。
ビジネス出身で「金利感応度」の高いトランプ氏は、より迅速な利下げを求めると考えることもできる一方、上記のように国民の不満が物価高にあるとすれば、金融緩和への要請には歯止めがかかると考えることもできる。
金融政策の課題
米国経済が拡大を続け、インフレも目標に向けて収斂しつつあることは、本来は、FRBにデュアルマンデートのトレードオフの少ない良好な政策環境をもたらす。しかし、先行きには物価上昇圧力をもたらしうる不確実性が多く、かつ対応の難しいものも多い。
FRBの選択肢としては、デュアルマンデートの中で雇用のウエイトを一時的に下げることが考えられる。FRBはコロナ前の歴史的に低位な失業率を前提に「長期」失業率を4.2%に設定し、パウエル議長も労働市場のこれ以上の軟化を望まないと主張している。
しかし、新政権が家計に焦点を置いた拡張財政を実施するのであれば、金融政策が支えなくても、家計の経済状況の悪化は回避しうる。FRBが雇用のウエイトを下げる結果として、過度な緩和バイアスに陥ることなく、物価上昇圧力への対応余地を増やすことに繋がるほか、次の景気後退に対する「のりしろ」を確保する点でも意味を持つ。
より長い目で見れば、FRBにとって厄介な問題は、新政権の拡張的な財政政策によって金融環境が一層緩和的になり、本来は金融引締めの際に生ずる企業や家計の調整が不十分なまま維持され、次の景気後退で一気に調整が生じる恐れではないか。
筆者も、大統領選挙以前からこうしたリスクに関する米国内での議論に注目していたが、今やより真剣な検討が必要になった可能性がある。例えば、金融市場が拡張財政に長期金利の顕著な上昇で反応した場合には、リスク顕在化のトリガーになりうる。
この点を踏まえても、FRBにとっては、現在の利下げ継続方針を再びcalibrateすることの合理性が高まってきたように感じられる。
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