フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 世界の金融市場が警戒する「トランプノミクス2.0」:日本には深刻な円高リスクも

世界の金融市場が警戒する「トランプノミクス2.0」:日本には深刻な円高リスクも

2024/01/17

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

「もしトラ」で「トリプル安」懸念

スイスのダボスで1月15日から始まった世界経済フォーラム(WEF)年次総会、通称ダボス会議では、今年11月の米大統領選挙に勝利してトランプ前大統領が返り咲くことを警戒する議論が、参加者の間でかなり高まりそうだという。

ブラックロックのヒルデブラント副会長はブルームバーグTVのインタビューで、トランプ氏の大統領返り咲きを、「大きな懸念事項」と語っている。欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁も、トランプ氏が再選されれば欧州にとって明らかな「脅威」になる、と発言している。

金融市場もトランプ前大統領の返り咲きを、強く警戒している。同氏の米国第一主義が、先進国の結束を再び揺るがせてしまうこと、先進国の軍事的な連携を弱めることでロシアなど米国と対立する国を利することになり、地政学リスクを高めてしまうこと、輸入関税の導入が物価環境を再び悪化させてしまうこと、ドル安政策や財政拡張路線が、金融市場を不安定にさせること、米連邦準備制度理事会(FRB)との間で金融政策を巡る対立が強まり、通貨の信認を損ねてしまうこと、などが大いに懸念されている。

もしトランプ前大統領が返り咲いた場合には何が起こるのか、ということは、日本の金融市場では「もしトラ(もしもトランプが返り咲いたら)」とも表現されているが、その場合、米国金融市場はドル安、株安、債券安の「トリプル安」の反応となるだろう。

「トランプノミクス2.0」:輸入関税導入が物価の安定を妨げる可能性

経済政策面でトランプ氏を支えているのは、トランプ政権時と同様にクドロー元国家経済会議(NEC)委員長やハセット元大統領経済諮問委員会(CEA)委員長らである。

そして、トランプ氏が大統領選挙を制する場合に実施される経済政策、いわゆる「トランプノミクス2.0」については、現時点では以下のような想定ができるだろう。

貿易政策については、トランプ氏は国内産業を保護する観点から、輸入品に10%の関税を上乗せすることを検討している、と言われる。仮にそのような政策がとられる場合、関税分の輸入品(財)価格上昇が国内製品に完全に転嫁されるとの仮定のもとで、国内需要デフレータを1.2%上昇させる計算となる。そうした政策は、物価の安定回復に水を差してしまう可能性がある。それを通じて、個人消費にも逆風となるだろう。

中国の最恵国待遇撤回を検討か

中国に対しては、貿易政策面で強硬策がとられる可能性が高い。中国からの輸入品に対する追加関税導入、米国からの対中投資についての追加の規制策が検討されよう。

さらに、2022年のロシアのウクライナ侵攻に対する制裁の一環として、米国はロシアに対する最恵国待遇の撤回を実施したが、トランプ氏は、中国に対しても同様の措置を講じる可能性がある。

米中間の貿易面での対立は、現在のバイデン政権、前回のトランプ政権時以上に高まる可能性があるだろう。

財政拡張路線が強まる

財政政策については、より拡張的な傾向が強まるだろう。トランプ政権時の2017年に実施された減税は、財政赤字を大幅に拡大させた。他方で、社会保障制度改革を通じた歳出抑制策など財政健全策は実施されなかった。

トランプ氏は、1期目に導入して2025年に失効する所得税減税の恒久化を計画している。この減税の恩恵を受けるのは、主に富裕層や中小企業経営者、不動産業界関係者である。トランプ氏は、追加関税の実施や、外国支援、気候変動対策関連の補助金、移民などに対する政府支出を抑制することで、減税の財源をまかなう考えを示唆している。

米国債市場は、財政赤字の拡大に敏感になっており、そうした政策の下では国債価格の下落、つまり長期金利が上昇し、経済に逆風となる可能性がある。

エネルギー政策、気候変動対策を転換しパリ協定からも再度離脱

トランプ氏が政権に返り咲けば、エネルギー政策、気候変動対策は大幅に修正されるだろう。トランプ氏は、米国内での石油・天然ガスの掘削を大幅に拡大するため、あらゆる障害を取り除くことを公約にしている。シェールガスの一大産地「マーセラス・シェール」へのパイプラインの認可を早めることも、それに含まれる。

さらに、燃費や排ガス基準などのエネルギー規制を撤廃し、電気自動車とクリーンエネルギーに対する優遇措置を廃止することを主張している。世界の平均気温を産業革命前に比べて2度未満に抑えるというパリ協定からも再び離脱するとみられる。

移民規制強化の大統領令

バイデン米大統領は2021年1月の就任初日に、トランプ前大統領の強硬な移民政策を転換する6つの大統領令に署名した。それには、イスラム圏やアフリカなど13か国からの入国制限の即時撤廃、メキシコ国境沿いの壁建設の停止、選挙区再編時に不法移民を人口に数えないようにするトランプ氏の大統領令の撤回が含まれた。

トランプ氏が政権に返り咲いた場合には、同じく初日に、移民を強く制限する大規模な大統領令が出される可能性が高い。

FRBとの対立は再び強まるリスク

大統領時代に、トランプ氏はFRBの金融政策に露骨に介入し、金融緩和を強く迫った。トランプ氏が政権に返り咲けば、景気減速時に再びFRBに金融緩和を要請し、物価の安定を重視するFRBと激しく対立する可能性があるだろう。トランプ氏は、大統領時代に対立したパウエル議長を、2026年の任期切れの際には再任しない考えを示している。

また、トランプ氏は、景気を支援するためにドル安を望む考えを再び明らかにする可能性があるだろう。

日本には円高、株安のリスク

11月の大統領選挙(本選)が近づく中、トランプ氏の勝利の可能性がより意識されれば、米国の金融市場は「トリプル安」の傾向を強めるだろう。

トランプ政権の下で地政学リスクが高まること、米国の物価高リスクが再燃する可能性があること、財政環境の悪化で債券市場が不安定化する可能性があること、ドル安政策によってドル安のリスクが高まることなどは、世界の金融市場にとってかなり大きな懸念材料である。さらにそれらは、世界経済の安定を脅かすリスクでもある。

日本にとって特に関心が高いのは、ドル安円高進行のリスクだろう。トランプ氏のドル安志向、財政拡張政策や金融絵策への露骨な介入による通貨の信認低下などが、急速な円高ドル安を引き起こす可能性がある。その場合、円安に支えられた株価上昇という年明け後の金融市場の流れを、一気に逆回転させてしまうリスクがある。急速な円高は国内経済にも逆風である。

このように、「もしトラ」には、現在、比較的良好に見える日本経済、金融市場を一気に暗転させてしまう強い破壊力がある。

(参考資料)
「トランプ政権再来が世界に与えるリスク、ダボス会議で出席者が警戒」、2024年1月15日、ブルームバーグ
「新トランプノミクス、米大統領に返り咲いた場合に予想される政策一覧」、2024年1月11日、ブルームバーグ

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

新着コンテンツ