迷走する少子化対策の財源確保の議論
支援金制度の負担は医療保険加入者一人当たり月平均500円弱
政府は児童手当の拡充などを中心とする少子化対策を実施するため、「子ども・子育て支援法等改正案」を月内に通常国会に提出する方針だ。この少子化対策では、2024年度から2028年度までに年3.6兆円の財源を確保する方針だ。財源の内訳は、支援金制度の創設で1兆円程度、社会保障の歳出改革で1.1兆円程度、既定予算の活用で1.5兆円程度とされる。
このうち、「支援金制度」では、政府は医療保険料に上乗せする形で財源を確保する。それによる国民負担の議論が、現在、通常国会で高まっている。
2月6日の衆院予算委員会で、立憲民主党の早稲田氏の質問に答えて岸田首相は、一人当たりの負担額について初めて言及した。「粗い試算」と断ったうえで、「支援金の総額を1兆円と想定すると、2028年度の拠出額は加入者一人当たり月平均500円弱となると見込まれている」と説明した。
支援金は初年度に6,000億円確保し、その後段階的に金額を増やしていき、2028年度に年1兆円の確保をめざしている。「500円弱」は、2028年度時点の見通しとして示された。
政府は、公的医療保険料に上乗せ徴収することで、支援金制度の財源確保を行う方針である。
公的医療保険制度とは?
公的医療保険料に上乗せ徴収される場合、その対象範囲がどのようになるかを考えてみたい。日本では、すべての国民が何らかの公的医療保険に加入する「国民皆保険制度」が導入されている。公的医療保険は、(1)市町村国保、(2)協力けんぽ、(3)組合健保、(4)共済組合、(5)後期高齢者医療保険の5種類からなる。すべての国民がこのいずれかの公的保険でカバーされている。
- 市町村国保は、他の公的医療保険に加入していないすべての住民を被保険者(加入する本人)とすることで、国民皆保険を支えている医療保険
- 協力けんぽ(全国健康保険協会)は、中小企業で働く従業員とその家族が加入している、加入者数で最大の医療保険
- 組合健保は、中規模から大規模の企業で働く従業員とその家族が加入している医療保険
- 共済組合は、国家公務員、地方公務員、私立学校教職員などを対象とする医療保険
- 後期高齢者医療保険は、75歳以上の高齢者が加入する医療保険
対象者は9000万人、単純平均では一人当たり月額900円強
令和4年3月末時点での被保険者数、つまり被扶養者ではなく保険料を負担する加入者本人の数は、(1)市町村国保が2,537 万人、(2)協力けんぽが2,507万人、(3)組合健保が1,641万人、(4)共済組合が477万人、(5)後期高齢者医療制度が1,843万人である。合計で9,005万人となる。
この9,005万人が、支援金の総額1兆円を平等に負担する場合には、その金額は一人当たり1万1,105円、月額925円となる。岸田首相が言及した500円弱という数字がこれよりも小さいのは、医療保険には雇用者(企業)負担分もあるためだ。
協会けんぽと組合健保、共済組合は、保険料の負担を労使折半しているため、支援金のために医療保険に上乗せする場合、個人の負担はその分小さくなる。
所得別、年齢別による不公平感が広がる可能性
他方、被保険者の上乗せ負担については、加入する健康保険組合や年収によって個々の負担額は変わってくる。制度の詳細はまだ決まっていないが、組合健保では、定率で保険料を上乗せして支援金を集める見通しである。その場合、年収の高い従業員の負担がより高まる。他方、後期高齢者医療保険の保険料上乗せはかなり抑制される可能性が高く、所得別、年齢別による不公平感が広がる可能性があるだろう。
少子化対策の予算の相当分が児童手当の拡充に使われることを考えれば、これは社会保障制度改革の一環と捉えることもできる。そうであれば、社会保障制度の財源と位置付けられている消費税率の引き上げで、その財源を賄うのが自然であるとも言える。消費税率の引き上げであれば、幅広い世代で負担を分け合う形となり、世代間の不公平感は生じにくい。また、少子化対策という重要課題への対応を、すべての国民が担っていくのが妥当という考えに照らしても、それが自然だろう。
「取りやすい形で取る」
将来の日本経済の改善につながる出生率の引き上げなどを目指す少子化対策について、国民の多くは賛成しているだろう。しかし、それを消費税率の引き上げで賄うとすれば、強い反発が生じる可能性が高い。それは政治的な観点から、政府や与党にも大きな打撃となり得る。
そこで政府は、同じように国民の負担にはなるものの、増税ほどには国民の反発を受けにくい、社会保険料の引き上げによって少子化対策の財源の一部を賄おうとしているのである。政府は増税から逃げているとも言えるだろう。それは「取りやすい形で取る」という考えに根差したものであり、どのような形で財源確保をすれば公正であるか、といった重要な論点もないがしろにされていないだろうか。
社会保障の歳出改革で国民負担を高めないとは?
また、岸田首相は、支援金を導入しても、社会保障分野での国民負担率を上げない方針を示している。これにも、国民からの反発を避ける狙いがあるだろう。岸田首相は、社会保障の歳出改革で保険料の伸びを抑えることで、国民負担率をその分押し下げると説明しているようだ。
しかし、社会保障支出を抑えることは、その分、国民が受け取るサービスが減ることを意味する。その分、保険料の負担が減るとしても、国民にとっては中立的な政策である。医療保険料の上乗せ分だけ、国民の負担が高まることになる。
さらに、少子化対策の財源確保の一つに、既に見たように社会保障の歳出改革がある。その一環で、社会保険関連の歳出を抑制し、その分保険料収入を減らすのであれば、社会保険の収支は変わらず、少子化対策の財源確保手段とはならなくなる。
賃上げで国民負担率は下がらない
加えて岸田首相は、今春以降の賃上げにより負担率の分母が増えるため国民負担率は上がらない、とも説明している。しかしこれはよく分からない説明である。通常、国民負担率は租税と社会保険料の負担を国民所得で割ることで求める。この国民所得は、広義では分配面から見た国内総生産(GDP)に等しい。狭義では、GDPに海外との間の移転を含め、間接税を除き、補助金を加えたもので、いずれにせよGDPに近い概念だ。
そのもとで、賃金上昇率が高まっても国民所得は変わらない。賃金の変化は、企業と労働者との間の分配に影響を与えるものの、GDPや国民所得には直接的には影響を与えない。従って、賃金が変化しても国民負担率には影響しないのである。賃金が上がれば国民負担率がその分低下するというのは、国民所得と可処分所得などとを取り違えた誤解なのではないか。
このように、医療保険料の上乗せを通じた少子化対策の財源確保は、多くの問題を抱えている。今後もその議論が紛糾することは避けられないだろう。
(参考資料)
「少子化支援金、首相「1人あたり月500円弱負担」」、「医療保険料に上乗せ 歳出改革・賃上げ推進」、2024年2月7日、日本経済新聞
「少子化支援金、首相「1人あたり月500円弱負担」」、「財源1兆円「支援金」で捻出26年4月から徴収」、2024年2月7日、日本経済新聞
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