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大規模緩和修正に向け金融市場の地均しを進める日銀の説明に矛盾

2024/02/08

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日銀は金融市場に2つの地均し

日本銀行の内田副総裁は2月8日に、奈良県で講演(金融経済懇話会)を行った。通常、政策委員が金融経済懇話会で用いるテキストと比べると、経済の分析、見通しの占める割合がかなり小さく、金融政策の占める割合がかなり高くなっている。これは、今回の講演は、マイナス金利政策解除に向けた金融市場の地均しを意図した性格が強いことを意味しよう。

金融市場は日本銀行の本格的な政策修正、あるいは正常化は、マイナス金利政策解除から始まると考えている。内田副総裁は記者会見で、政策修正の順番などを決めている訳ではないとしつつ、イールドカーブ・コントロール(YCC)を撤廃しても国債買い入れはやめないと発言した。このことから、マイナス金利政策解除、YCC撤廃、国債保有残高削減(量的引き締め)、ETFの処理の順番で政策修正が進むと予想できる。

「(2%の物価目標)が実現する確度は、少しずつ高まっています」との説明は、植田総裁の今までの説明と同様のものであり、金融市場にマイナス金利政策解除に備えるように働きかける狙いがあるだろう。

ただし、今回の講演には、マイナス金利政策解除が近づいていることを市場に伝える狙いに加えて、もう一つの狙いがある。それは、マイナス金利政策解除に踏み切っても、金利が大幅に上昇することはない、という期待を市場に植え付けることだ。これは、金融市場を混乱させることなく、10年以上にわたって続いた異例の金融緩和を徐々に修正していくには必要なことである。

内田副総裁は「仮にマイナス金利を解除しても、その後にどんどん利上げをしていくようなパスは考えにくく、緩和的な金融環境を維持していくことになる」と説明した。

緩和的な政策を続けるとの説明に大きな矛盾

しかし、この説明には大きな矛盾がある。2%の物価目標が達成したのであれば、先行き物価上昇率とインフレ期待は2%程度で安定することになる。そのもとで、金融政策を中立に戻していくのであれば、政策金利の水準は実質値でプラスにならなければならず、2%を超えることになる。つまり、「2%の物価目標達成」と「0%近傍の政策金利をしばらく維持する方針」とは相容れないのである。

この点について内田副総裁は、「「中長期的な予想インフレ率」が2%でアンカーされている欧米とは異なり、わが国では、まだ2%に向けて上昇していく過程にある」、「予想インフレ率を押し上げるために、また、予想インフレ率が再び下がってしまうリスクも意識しながら、緩和的な政策を行う必要がある」と説明している。つまり、緩和的な政策を続けなければ、日本では中長期的な予想インフレ率が2%でアンカーされない、という主張である。

中長期的な予想インフレ率が2%でアンカーされないのであれば、そもそも2%の物価目標が達成されたとは言えない。2%の物価目標達成後にマイナス金利政策解除に踏み切り、さらに政策金利を0%近傍で維持することは、「緩和的」な政策を続けるというよりも、「超緩和的」な政策を続けることを意味する。実質政策金利で-2%程度と極めて低い水準が維持されるためだ。

そうした異例の超緩和を続けなければ、予想インフレ率と実際のインフレ率を2%程度で安定させることができないのであれば、そうした経済環境では2%の物価目標が達成したとは言えないはずだ。

金融市場を動揺させるなど3つのリスク

「2%の物価目標達成後にマイナス金利政策解除に踏み切るが、緩和的な政策は維持される」という日本銀行の説明には、こうした大きな矛盾がある。

矛盾が生まれる背景にあるのは、日本銀行が政策修正の前提と説明してきた2%の物価目標達成が実際には難しく、日本銀行もそれを認識している一方、相応に副作用を生む異例の金融緩和の修正に、物価、賃金が上振れているこのタイミングを逃さずに着手したい、という思いが日本銀行に強いためなのではないか。

市場参加者の多くは、2%の物価目標達成を信じておらず、こうした日本銀行の本音を理解していると言えるだろう。そうしたいわば市場の善意に期待して、日本銀行は2%の物価目標達成を宣言したうえで、マイナス金利政策解除に踏み切り、さらにゼロ近傍の政策金利をしばらく維持しようとしていると考えられる。

しかし市場の一部であっても、日本銀行の説明の論理的な矛盾をついて、早期に短期金利が大幅に上昇するとの期待を高めれば、長期金利が大きな上昇圧力を受ける、あるいは円高圧力が高まるといった、金融市場の動揺を引き起こしてしまう可能性がある。日本銀行が2%の物価目標達成を宣言したうえで、マイナス金利政策解除に踏み切れば、金融市場の混乱を引き起こしてしまうリスクが相応にある。

また、今年後半以降、物価上昇率が2%を下回る状態が続けば、物価の判断を見誤り、拙速な政策修正を行ったとして、日本銀行は批判を浴びるだろう。そうして日本銀行の信認が低下してしまうのが、2つめのリスクだ。

さらに、そのもとで、日本銀行の金融政策は、今後も2%の物価目標に縛られ続けることになる。物価上昇率が2%を下回る状態が続けば、日本銀行はさらなる正常化を進めることが難しくなり、あるいは再び追加緩和を求められるなど、2%の物価目標に縛られて政策の自由度を回復できない状況が続きかねない。これが3つめのリスクだ。

マイナス金利政策解除の前に2%の物価目標を柔軟化すべき

こうした大きな3つのリスクが存在することを踏まえると、日本銀行はマイナス金利政策解除に踏み切る前に、2%の物価目標を中長期で目指す緩い目標に柔軟化することが妥当であり、そうすべきだ。

日本銀行が相応のリスクを甘受して、2%の物価目標の達成を宣言し、マイナス金利政策解除に踏み切るのであれば、その時期は今年の3月あるいは4月となろう。他方で、2%の物価目標を柔軟化したうえで、副作用の軽減を主目的とする政策修正に着手するのであれば、その時期は今年10月など、年後半となるだろう。

後者の選択の方が、経済、金融市場の安定を維持しつつ、持続的かつ円滑に政策の正常化を進めることができるだろう。

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