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日銀がマイナス金利政策解除で17年ぶりの利上げ

2024/03/19

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金利政策を大きく修正も低金利持続をアピール

3月19日の金融政策決定会合で、日本銀行は「2%の物価安定の目標が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至った」との判断を示したうえで、異例の金融緩和の修正を決めた。

大きな修正は3点だ。第1がマイナス金利政策の解除である。階層型の日銀当座預金制度を廃止し、2016年にマイナス金利政策が導入する前の従来型の当座預金(所要準備と超過準備)に戻したうえで、超過準備への付利金利を+0.1%とした。従来の政策金利(政策金利残高への付利金利)の-0.1%を0.2%ポイント引き上げた形だ。階層型の日銀当座預金制度廃止によって、金融機関が日銀当座預金から得られる利子所得は、年間2500億円程度増加すると試算される(コラム「マイナス金利政策解除後の政策金利は何か?」、2024年3月1日)。これを銀行への事実上の補助金であるとして批判する声も出てくるだろうが、日本銀行が、マイナス金利政策導入によって銀行の収益環境を長きにわたって損ねてきたことを踏まえれば、それは大きな問題ではないだろう。

ただし、政策金利は従来の政策金利(政策金利残高への付利金利)から、2016年にマイナス金利政策が導入する前の無担保コールレート翌日物の誘導目標に戻し、その水準を0~0.1%程度とした。無担保コールレート翌日物の誘導目標で見れば、今回の利上げ幅は0.1%程度とより小幅にとどまる。

しかし、超過準備が高水準にある中、無担保コールレート翌日物の誘導目標を量の調整だけで達成するのは難しい。引き続き、付利金利の力を借りながら、日本銀行は無担保コールレート翌日物をコントロールしていくことになる。この点から、政策金利に返り咲いた無担保コールレート翌日物の誘導目標は、まだ独り立ちできていない。

他方で対外公表文では「現時点の経済・物価見通しを前提にすれば、当面、緩和的な金融環境が継続すると考えている」として、追加の政策金利の引き上げ、急速な政策金利の引き上げを行わない考えを示し、金融市場の安定確保を狙っている。これが新たなフォワードガイダンスである。

国債買い入れ、長期金利の一定程度のコントロールも継続

第2は、イールドカーブ・コントロール(YCC)の廃止だ。昨年の柔軟化措置によって、YCCは既に形骸化していた。YCCを正式に廃止する一方、これまでと概ね同程度の月額6兆円程度の金額で長期国債の買い入れを継続するとした。また、長期金利が急激に上昇する場合には、機動的に買入れ額の増額や指値オペ、共通担保資金供給オペなどを実施するとした。つまり、国債買い入れは継続する一方、長期金利を一定程度コントロールするという政策も継続させる。YCC廃止によって、政策が激変することは回避される。

国債買い入れ額の継続は、将来、国債の保有残高を削減し、バランスシートを縮小させる量的引き締め(QT)を開始するまでの移行措置と言える。

第3は、ETFなどその他資産買い入れの廃止などだ。ETF、J-REITについては、新規の買い入れを終了する。CP等及び社債等については、買入れ額を段階的に減額し、1年後をめどに買入れを終了する。足もとでは既に、ETF、J-J-REITの買い入れはほぼ停止していることから、これは現状追認の決定に過ぎない。

事前に政策変更の情報が相当流れたことにより、当日の決定はほぼサプライズがなかった。ただし、階層型当座預金制度を今回廃止し、政策金利を無担保コールレート翌日物の誘導目標に戻したことは、筆者にとって唯一予想外だった。

政府や国民が広く納得できるタイミングで正常化に着手

連合が15日に発表した春闘の第1回集計(主要企業)で、賃上げ率が+5.28%と32年ぶりの高水準となったことが、マイナス金利解除の判断の決定打になったとも言える。

しかし実際には、賃上げ率が事前予想を大きく下回らない限り、このタイミングで政策変更を行うことは、事前に決めていたのではないか。

日本銀行は、政府や国民が広く納得できるタイミングで、相応の副作用を抱える異例の金融緩和策の本格的な修正に着手したい、と考えてきたのだろう。

政府の「デフレ(完全)脱却宣言」はなお見通せない

政府は、今回の日本銀行の政策変更を容認あるいは黙認したものと考えられる。金融市場や経済に大きな悪影響を及ぼすことがない限り、物価と賃金が大きく上振れるもとでの日本銀行の政策変更は自然なこと、との受け止めではないか。

さらに政府は、日本銀行の政策変更は、政府と日本銀行の十分な意思疎通、政策連携の枠組みの下で決定されたものであり、経済政策や経済環境の認識について、政府と日本銀行の間に食い違いがないことをアピールするだろう。

また、日本銀行の今回の政策転換を可能にしたのは、企業への賃上げ要請や賃上げ促進税制も含めた政府の経済政策の成果の表れであることを、国民にアピールするのではないか。

ただし、日本銀行が2%の物価目標達成を宣言したことと平仄を合わせて、政府が「デフレ(完全)脱却宣言」を打ち出すことは、なお難しいだろう。春闘での賃上げ率は事前予想を大きく上回ったものの、多くの国民にとって物価高の逆風はなお続いており、生活環境改善の実感は持てない状況だ。高い賃上げ率の持続性にも懐疑的な見方は残っているだろう。

そうしたなかで政府が「デフレ(完全)脱却宣言」を打ち出せば、国民からの反発を招くことになるだろう。また、岸田政権が増税への布石を打ち始めた、などといった批判が出てくる可能性もあるのではないか。少なくとも岸田政権の下では、「デフレ(完全)脱却宣言」は出されない、と見ておきたい。

「金利政策」の正常化から「バランスシート政策」の本格的な正常化に

ETF、J-REITの買い入れ策の正常化の本丸は、今回決定した新規の買い入れを停止することではなく、それを日本銀行のバランスシートから外していくことである。国債保有残高の削減、つまりQTとともに、そうしたバランスシート政策の本格的な正常化には、日本銀行はしばらく手を付けないだろう。

日本銀行は、当面のところは「金利政策」の正常化に注力し、「バランスシート政策」の本格的な正常化に着手するのは、2025年後半以降になると見ておきたい。

そこで次の焦点となるのは、日本銀行が政策金利の追加引き上げにいつ踏み切るかであるが、その時期は2025年前半までずれ込むと見ておきたい。2024年後半に見込まれる米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ、インフレ率の低下、内外景気の軟化などが、追加利上げの障害となるだろう。

日本銀行は、当座預金制度の見直しを行ったうえで、2025年前半に政策金利を0~+0.1%から+0.2%~+0.3%まで引き上げると見ておきたい。

そこが当面のピーク、つまりターミナルレート(金利の到着点)と考えるが、仮にさらに追加利上げがされるとしても+0.4%~+0.5%までだろう。

ETFのオフバランス化が正常化の仕上げに

その後、2025年後半以降の日本銀行の政策修正の対象は、「金利政策」から「バランスシート政策」へ、「金利」から「量」へと移っていくと考えられる。日本銀行はオーバーシュート型コミットメントを撤廃したうえで、長期国債の保有額を減らす、いわゆるQTを始めるだろう。それは、2025年後半と見ておきたい。

国債を市場で売却するのではなく、償還分の半分程度を再投資することで、緩やかに国債保有残高を削減していく。その際、国債の残高削減額を新たに目標として掲げ、経済情勢などに合わせてそのペースを微調整していくことになるのではないか。

そして最後に着手するのが、ETF(及びJ-REIT)のオフバランス化だ。株式時価総額に占める日本銀行が保有するETF相当分の割合は、50%を超える日本銀行の国債保有比率と比べればかなり小さく、市場機能を損ねるリスクは相対的に小さいと考えられる。

そのため日本銀行は、バランスシート政策のうち、最初に国債保有残高の削減に着手し、その後に、ETFを外部の受け皿機関に移すなどのオフバランス化に踏み切ると見ておきたい。その時期は2026年と予想する。

ただし、株価が大幅に下落すれば、日本銀行はETFの正常化を前倒しする可能性がでてくる。日経平均株価が2万円を下回れば、保有ETFに含み損が発生し、1万円台前半まで下がれば、含み損に対応した引き当てによって日本銀行が債務超過に陥るためだ。

ETFの正常化が進む頃には、植田総裁の任期も終盤を迎えることになる。こうして、異例の金融緩和策の副作用を軽減することを目指した正常化という歴史的な使命を、植田総裁は果たしていくことになるだろう。

正常化は経済・生活への影響は大きくない

日本銀行が金融政策の正常を進めても、金利の上昇幅は限定的と考えられる。10年金利については、現状の+0.7%~+0.8%程度は、中期的な均衡水準に比較的近いだろう。

そもそも、日本の低金利環境は、日本銀行の異例な金融緩和策が作り出したものではなく、日本経済の潜在力の低さに根差すものだ。そのため、日本銀行が金融政策を正常化しても、金利の上昇幅は限られ、低金利環境は続くのである。

さらに日本経済は、成長期待の低下と長引く低金利環境の中で、金利感応度を大きく低下させてしまったと考えられる。このことから、日本銀行の正常化策は、日本経済や国民生活を大きく変えるものではないだろう。

しかし、それは円高を生じさせるなど、金融市場には想定以上に大きな影響を与える可能性がある。それを通じて経済にも相応に影響を与える可能性がある点には留意しておきたい。

この先も日本銀行への逆風は続く

日本銀行は今まで、賃金と物価の好循環が2%の物価目標達成の条件である、と説明してきた。昨年40年ぶりの水準に達した物価上昇率が、今年の春闘で34年ぶりの賃上げ率につながったことまでは確認できたものの、賃金上昇率の高まりが、サービスを中心に価格転嫁されていき、持続的な物価上昇をもたらすかどうかについてはまだ確認できていない。

足もとのサービス価格の前年比上昇率には、既に頭打ち傾向が見られる。輸入物価上昇による財価格の上昇は一時的な現象である(第1の力)。それが一巡することで財価格の上昇が止まり、やがて下落することがサービス価格に与える下向きの力は、財価格の上昇が賃金に転嫁され、それがサービス価格に与える上向きの力(第2の力)を上回るのが通例だろう。日本銀行が指摘する、第1の力から第2の力への橋渡しは、容易には実現しないと考える。

この点から、物価上昇率はこの先、緩やかに低下傾向を辿り、今年の年末までには+1%台が定着すると見ておきたい。そうなれば、「2%の物価目標達成の宣言は拙速だった」との批判を、日本銀行は受けるようになるのではないか。そして、それが正常化を円滑に進めていくうえでの障害ともなるのではないか。

ただし当面の間は、コアCPIは前年比で2%を超える水準を続けることから、そうしたリスクは小さいだろう。他方で、2%の物価目標達成を宣言したうえでマイナス金利政策を解除するのであれば、政策金利は2%の物価目標達成と整合的な中立水準、つまり2%を超える水準(プラスの実質金利)まで比較的迅速に引き上げられる、との観測が金融市場に広まる可能性がある。

そうなれば、長期金利の上昇、円高進行、株価下落など金融市場に動揺をもたらすリスクが短期的にはあるだろう。マイナス金利政策解除後も、日本銀行への逆風は続くのである。

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