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バイデン米大統領が日本製鉄のUSスチール買収に否定的な姿勢を示す:大統領選挙に翻弄される買収計画

2024/03/22

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大統領選挙を意識したバイデン大統領の発言

バイデン米大統領は3月14日に、日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収について、「USスチールは1世紀以上にわたって米国を象徴する鉄鋼会社であり、国内で所有・運営される米鉄鋼会社であり続けることが重要だ」と述べた。買収に反対の姿勢を明確に表明はしていないものの、否定的な姿勢を鮮明にしたのである。11月の米大統領選挙に向けて、労組の支持を取り付けることや、USスチールの地元で激戦州であるペンシルベニア州での選挙への影響を意識した発言と考えられる。

買収については、対米外国投資委員会(CFIUS)が認可審査を始めている。CFIUSの審査中に、大統領が買収案件の賛否に関わる発言をすることは異例だ

昨年12月に日本製鉄が買収計画を発表して以降、共和、民主双方の議員からは、バイデン政権に対して、国家安全保障に関する権限を利用して約141億ドル(約2兆円)規模のこの買収を阻止するよう求める声が高まっていた。

労組は買収に反対

買収阻止に向けたロビー活動を積極的に行っているのが、米鉄鋼大手クリーブランド・クリフスとされる。同社は2020年に鉄鋼大手アルセロール・ミタルの米国事業買収などによって、米国第2位の鉄鋼会社に浮上した。同社は昨年、USスチール買収で日本製鉄が提示した買収額に競り負けた。そもそも、米国の大手鉄鋼企業によるUSスチール買収は、反トラスト法(独占禁止法)に照らして当局がその計画を阻止する可能性が高かったのである。

全米鉄鋼労組(USW)は、クリーブランド・クリフスによるUSスチール買収案を支持していた。そして、USWは日本製鉄に買収されることに反対している。

クリーブランド・クリフスは共和党と民主党の議員との会合で、USスチールがペンシルベニア州やインディアナ州などに持つ工場の労働者を日本製鉄が解雇する可能性について、労働組合が懸念していることを強調している。日本製鉄によるUSスチール買収を阻止するため、ゲリラ的なロビー活動を展開しているようだ。

一方日本製鉄は、老朽化が進むUSスチールの製鉄所に14億ドルを投資し、2026年末までは時間給労働者を解雇しない方針を表明している。

日米が協力して中国に対抗する構図

米国内で日本製鉄によるUSスチール買収に否定的な意見があることは、1980年代に三菱地所がロックフェラーセンタービルを買収した際に生じたことと共通しているようにも見える。しかし現在では、日本は米国経済を脅かす存在ではなく、協力して中国に対抗することを目指す構図である。

以前、輸出攻勢で米国の鉄鋼産業を苦しめた日本の大手企業が米国内で鉄鋼を製造すること、米鉄鋼産業の象徴から既に色あせた存在になったUSスチールに資本と技術を供給して、日米が世界の鉄鋼市場で優位を誇る中国に共同で対抗することは、バイデン政権にとっても好ましいことのはずだ。

ただし、ペンシルベニア州では鉄鋼業は州の象徴的存在であり、もしバイデン氏が買収を承認すれば、11月の大統領選で同州の有権者の支持を失う恐れがあることを、バイデン大統領は恐れているのだろう。

海外企業の対米投資に悪影響も

CFIUSによる審査は、国家安全保障の観点から行われるものだ。USスチールは、米軍に製品を供給しておらず、日本は米国と緊密な関係にある同盟国であることから、日本製鉄によるUSスチールの買収は、米国の安全保障に問題を生じさせる訳ではない。この点から、CFIUSが最終的に買収を阻止する決定をする可能性は低いとの見方が多くなされている。

他方、CFIUSによる審査が行われる委員会は、財務省が主導するものだ。ホワイトハウス当局者は同委員会のオブザーバーにとどまっており、政治がその決定に直接影響を与えることはできない。

それにもかかわらず、バイデン大統領が今回、買収に反対の姿勢を表明した背景には、CFIUSによる買収の是非の判断を、大統領選挙後まで先送りさせる、時間稼ぎの狙いがあるのではないか。

ただしそうした戦略は、米国内で雇用を生み出す海外企業の対米投資全体を慎重化させてしまうリスクを抱えていることには、バイデン大統領も注意する必要があるだろう。

日本製鉄によるUSスチールの買収は、大統領選挙という政治イベントにすっかり巻き込まれてしまった。また、このテーマは、4月の岸田首相の米国訪問を前に、日米政府の関係を悪化させかねない火種ともなってきた。

(参考資料)
"Biden Opposition to Takeover of U.S. Steel Comes After Months of Lobbying(日鉄の買収にバイデン氏反対、背後に何が)", Wall Street Journal, March 15, 2024
"Biden Administration to Probe U.S. Steel Deal Caught in 2024 Crosswinds(日鉄のUSスチール買収審査、選挙イヤーの風圧強く)", Wall Street Journal, January 12, 2024

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