中国EVの過剰生産問題とテスラの中国戦略
中国のEVのダンピング輸出を警戒する欧米諸国
中国では自動車の生産過剰状態が続く一方、中国政府が巨額の補助金を通じて安い価格で自動車を海外にダンピング輸出をしている、との批判を欧米諸国は急速に強めている。
上海のコンサルティング会社オートモビリティと中国乗用車協会(CPCA)によると、中国には現在、年間4,000万台を生産する能力があるが、国内での販売台数はその半分の2,200万台前後にとどまっているという。そして、中国の自動車輸出はわずか3年の間に5倍近くに増え、2023年には約500万台に達している。
中国から米国に輸入される自動車には、既に高い関税が課されている。トランプ前大統領は、中国の自動車に25%の輸入関税を課した。さらにバイデン大統領はこの政策を維持したうえで、EV購入時の最大7,500ドルの税控除を中国車が受けられないようにする、などの追加策を講じている(コラム「米政府がEV製造サプライチェーンの中国依存低下を狙って新指針」、2023年12月8日)。
しかし、この2つの障壁のもとでも、中国製EVが米国市場に浸透していくことを回避するのは難しい、と米政府は警戒している。中国政府による巨額のEV補助金があるためだ。
欧州は昨年、中国のEV補助金に関する調査を開始した。この結果、向こう数か月の間に輸入関税がかけられる公算が大きい。
中国のEV市場はレッド・オーシャンに
中国の自動車生産能力の余剰は、とくにエンジン車で顕著だ。中国の消費者がEVへの乗り換えを進める中で、エンジン車の人気が急速に低下してきているためだ。昨年輸出された自動車の4分の3はエンジン車で、行き先は主にロシアだった。
しかしながら、EVにおいても生産能力の余剰は深刻となっている。それはあまりにも多くの企業が市場に参入しているため、競争が激しくなっているためだ。市場は、所謂レッド・オーシャンの状態にある。
上海を拠点としているアリックスパートナーズの自動車コンサルタント、スティーブン・ダイヤー氏によると、中国には少なくとも1車種のEVを販売しているブランドが123あるという。
4月25日に開幕した「北京国際モーターショー」では、300近い車種のEV、プラグインハイブリッド車(PHV、PHEV)が展示された。その中には、スマートフォンメーカーの小米科技(シャオミ)が開発したスポーツセダンEVも含まれた。同社は今年中に10万台の自動車を販売する計画を立てている。
「新質生産力」と強い政府支援
中国でEVの生産が過剰となり、海外との間で摩擦を生じさせている背景には、政府がEVを支配的地位の確立を目指す産業分野の一つに位置付けていることがある。中国政府は、地方政府に「新質生産力」の強化を求めている。「新質生産力」の強化とは、高付加価値の製造業育成のことであり、EVもそこに含まれる。そこで地方政府の多くは、先を争うように、雇用創出につながる新たなEVメーカーの育成を図ってきた。
米国のシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)は、中国政府はEVやPHVなどを含む新エネルギー車産業を支援するために2009~22年に総額約1,730億ドルの補助金を支出したと試算している。
また、ドイツのキール世界経済研究所(IfW)の4月の報告書によれば、中国の自動車業界への公的支援策には、市場実勢を下回る金利での融資、割引価格での鉄鋼や電池の供給などが含まれる。
中国市場で昨年の販売台数が40万台を超えたEVブランドはBYD、テスラ、埃安(アイオン)、五菱(ウーリン)の4つにとどまった。この40万台がEVの損益分岐点との見方もある。それ以外の100余りのEVメーカーは、政府の支援によってかろうじて生き残っているのかもしれない。
中国市場でのテスラの苦境は続くか
このように、中国国内の競合他社が何百もの新車種で市場をあふれさせている競争過多のレッド・オーシャンの環境の下で、テスラの中国国内の販売台数は減少している。同社の四半期販売台数は、前年同期比で2020年以来の減少を記録し、利益が急減している。
テスラは中国のEV産業の急成長を後押しした立役者だ。テスラの上海工場はテスラで最も生産性と費用効率が高い工場になった。このため、同社製品の値下げが可能になったのである。テスラが中国で製造した「モデル3」と「モデルY」の売り上げは急増し、中国はテスラの輸出拠点になったのと同時に、世界で2番目に大きな市場ともなった。
中国政府は当初テスラを強く支援した。政府はテスラに土地、低金利の融資や税制上の優遇措置を提供して、上海に工場を建設させた。実際、技術面でもテスラが中国のEV生産を主導してきた。
しかし今や、テスラから影響を受けた中国の国内自動車メーカーが強力なライバルとなり、テスラの市場シェアを奪っている。さらに海外市場でもテスラに挑むようになってきた。
中国政府は表面的にはテスラに対して現在も好意的であるが、その狙いは当初の国内でのEV市場の拡大から、海外企業を国内に受け入れるオープンな政策を中国政府がとっていることを世界にアピールする狙いへと、力点が移っているようにも見える。
テスラは、自社の運転支援システムを中国で提供できるようにすることを、中国市場での起死回生策としているとされる。CEOのマスク氏は、中国の李強氏との会談で、その承認を得られたと考えている、と報じられている。
しかし中国での運転支援システム提供は、中国国内での運転履歴などビッグデータを米国企業が扱うことになる。それは、米中間での安全保障上の問題へと発展し、交渉が難航する可能性があるのではないか。
テスラは、中国のEV生産過剰問題と米中間の地政学的問題の双方の逆風に対峙しているのである。
(参考資料)
"Why China Keeps Making More Cars Than It Needs(あふれる中国車、それでも生産続けるのはなぜ?)", Wall Street Journal, May 2, 2024
"Why Musk Now Needs China More Than It Needs Him(中国を必要とするマスク氏、力学の変化を象徴)" , Wall Street Journal, May 1, 2024
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