実質賃金のプラス転換は年末頃(3月賃金統計):物価高の逆風で個人消費は異例の弱さに:円安と日銀追加利上げ
実質賃金上昇率が安定的にプラス基調となるのは年末にずれ込み
厚生労働省は9日に、3月分毎月勤労統計(速報)を公表した。3月の現金給与総額は前年同月比+0.6%増加し、実質賃金は同-2.5%と24か月連続での低下となった。下落幅は前月の同-1.8%から予想以上に拡大した。春闘での賃金上振れを受けて、実質賃金が早期にプラスに転じると期待してきた向きを失望させる内容となった。
3月の現金給与総額は前月の前年同月比+1.4%を下回ったが、これは振れが大きいボーナスなどの特別給与が前年同月比-9.3%と大幅に下振れた、一時的な要因によるところが大きい。特別給与や残業代などの所定外給与を除く基調的な賃金である所定内賃金は、3月に+1.7%と前月と同水準となった。賃金のトレンドは変わらない。
春闘での高い賃金上昇率での妥結の影響は、この統計では5月あるいは6月頃の所定内賃金上昇率の上振れとなって顕在化することが予想される。
しかし、再生可能エネルギー賦課金の増額、電気・ガス補助金の終了によって、5月、6月、7月の消費者物価は前月比、前年同月比ともに各月+0.25%程度急速に高まると見込まれることから、実質賃金の改善はその分減じられてしまう。そのため個人も、春闘での賃上げの恩恵を、直ぐには実感できないのではないか。
さらに足元で進む円安によって、先行きの物価の上振れリスクは高まる。コアCPI(小穂者物価:除く生鮮食品)は7月に前年同月比で+3.0%に達した後に、低下傾向を辿るだろう。
所定内賃金の上昇率は5月あるいは6月以降、前年同月比で+3%程度になると予想されるが、厚生労働省が実質賃金の算出に用いる消費者物価(総合除く持ち家の帰属家賃)が2%台にまで低下し、実質賃金の前年同月比上昇率のプラスが定着するのは、今年の年末になると予想される。
個人消費への逆風は続く
ただし、春闘で賃金上昇率が予想以上に上振れ、年末に実質賃金上昇率がプラス基調に転じても、それで個人消費が力強さを増す訳ではないだろう。
2022年以降、日本は「輸入インフレ・ショック」に見舞われた。物価上昇に賃金上昇が追い付かない時期が続く中、2021年平均と2023年平均との比較で実質賃金は4.2%も低下してしまったのである。年末に実質賃金が前年同月比で上昇に転じるとしても、「輸入インフレ・ショック」前の水準まで戻るのには、まだ何年も要するだろう。
また、実質賃金が大きく下振れる中、労働分配率も大きく下振れてしまった。企業に偏った分配が「輸入インフレ・ショック」前の水準まで戻るのには、やはり何年も要するだろう。
賃金上昇率の上振れは、「輸入インフレ・ショック」による物価高騰を後追いする、いわば正常化の過程と考えられる。しかし、その正常化はまだ始まったばかりであり、「輸入インフレ・ショック」の後遺症はまだ長く残るはずだ。
物価高騰の逆風で個人消費は異例の弱さ
実質個人消費は、2023年10-12月期まで3四半期連続で前期比マイナスとなった。5月16日に発表される1-3月期GDP統計でも、実質個人消費は前期比でマイナスが続く見通しだ。予想通りに前期比マイナスとなれば、4四半期連続のマイナスとなる。これは実はかなり異例なことと言える。実質個人消費が4四半期連続となれば、それは2009年1-3月期以来となる。
しかし、この時期は、リーマンショック(グローバル金融危機)という歴史的な経済危機が起こった時だ。今回は、それに匹敵するような経済危機が起きていないにもかかわらず、実質個人消費が4四半期連続となる見込みだ。その理由は、歴史的な物価高騰の影響以外には考えられないだろう。
賃金から物価への転嫁は正常化を遅らせる
日本銀行は、輸入物価上昇を起点とする物価上昇(第1の力)が、賃金に転嫁され、さらにそれがサービスを中心に価格に転嫁されること(第2の力)で、賃金上昇を伴う持続的な物価上昇が実現することを期待している。また、今夏から秋にかけて、それが確認されることが追加利上げのきっかけになる可能性を示唆している。
しかし、輸入物価の上昇、そして、賃金上昇の一因である労働力不足は、ともに日本経済にとって強い逆風だ。その2つが組み合わされることで、賃金上昇を伴う持続的な物価上昇が実現し、日本経済の追い風になるという「災い転じて福となる」とのシナリオは都合がよすぎるのではないか。
個人消費への逆風がこの先何年か続くのであれば、それは企業の価格転嫁を制約し、その結果、物価上昇率、賃金上昇率は緩やかに低下していくことが予想される。物価上昇率が2%程度で安定し、2%の物価目標が達成されるという根拠は乏しいと考える。
賃金上昇が価格に本格的に転嫁されれば、それは実質賃金の回復を遅らせ、「輸入インフレ・ショック」からの日本経済の正常化を遅らせてしまうため、決して良いことではない。
9月追加利上げの条件は
ただし、大幅に増加した賃金が、今年夏場以降、サービス価格に目立って転嫁される可能性は一時的にはあるかもしれない。それを捉えて、日本銀行が9月の金融政策決定会合で、0.2%あるいは0.25%の追加利上げを実施する可能性は考えておかねばならないだろう。
足元で進む円安は、日本銀行の追加利上げを早める要因に働くだろう。しかし、賃金と物価の動向を見極めることなく、円安だけで追加利上げを決める可能性は高くない。零細企業も含めた賃金全体のトレンドを確認できるのは、5月分あるいは6月分の毎月勤労統計であり、それが発表されるのは7月上旬あるいは8月上旬となる。
さらに、日本銀行が重視する賃金からサービス価格への転嫁を消費者物価統計で確認することも必要となる。
こうした点を踏まえると、日本銀行の追加利上げの実施は、7月の決定会合では難しく、最短で9月の会合になると見ておきたい。
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