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各国間の温度差が目立ったG7財務相・中央銀行総裁会議:日本の為替介入の是非を巡る議論は回避

2024/05/27

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ロシア凍結資産の活用によるウクライナ支援の具体策は6月サミットに

主要7か国(G7)財務相・中央銀行総裁会議が5月23~25日に、議長国のイタリアのストレーザで開かれた。全体的に大きなサプライズはなかったが、日米欧の3地域間でのスタンスの違いが浮き彫りになった面がある。

ウクライナ支援に向けたロシアの凍結資産の活用の方針について、G7は一致した。しかし具体的な方策については合意できず、6月のG7首脳会議(サミット)に向けて詳細を詰める方針が示された。

欧州連合(EU)はG7の直前に独自案をまとめている(コラム「G7財務相・中央銀行総裁会議ではロシア凍結資産の活用とドル高・日本の為替介入が注目点」、2024年5月23日)。凍結資産全体の3分の2はEU域内にあり、多くはベルギーの決済機関ユーロクリアが管理する。EUは、凍結資産そのものを活用するのではなく、その運用益を活用する方針を決めた。年間30億ユーロ(約5,000億円)の運用収益が見込めるという。

しかし、世界銀行はウクライナの復興に必要な資金は今後10年間で4,860億ドルと見積もっており、凍結資産の運用益の活用では、ウクライナ支援には全く足りないことになる。

資産の将来の利子を担保に債券発行や借り入れをする米国案

この点を踏まえて米国は、凍結資産の将来の利子を担保に、債券発行や借り入れをする案を示している。西側が凍結したロシア資産は総額3,000億ドル(約47兆円)にのぼるが、この手法を使えば支援額は500億ドルにまで膨らむ可能性があるという。

しかしこの場合は、将来かなりの長期間にわたってロシア資産を西側諸国が凍結することが前提となる。それは、所有権確保などの観点から、国際法に抵触するおそれも指摘され、慎重論も根強い。また、一部の国での外貨準備削減をもたらし、国際資金フローに悪影響を与えるリスクが高まる可能性もある。

共同声明では、EUの決定を歓迎するとした上で、6月に開かれるG7サミットに向けて、支援策の選択肢を示すべく議論を進めている、とまとめた。最終的にはEU案がベースとなるか、EUと米国の折衷案になることが予想される。いずれにせよ、差し押さえたロシア資産のうち円資産が数兆円と大きくないこともあり、この議論で日本の存在感は薄い。

中国生産過剰問題では各国の姿勢の違いが表面化

今回のG7財務相・中央銀行総裁会議では、中国の過剰生産問題も大きなテーマとなった。中国政府が巨額の補助金を与えることで、中国製電気自動車(EV)などの海外輸出を拡大させ、それが海外企業・経済に打撃を与えている問題だ。

米国は5月14日に、不公正な貿易慣行に対する制裁措置として、中国製EVへの関税率を現在の25%から100%に引き上げるなどの措置を打ち出した。

EUも公平な競争環境を維持するため中国製EVへの制裁関税を視野に入れているが、各国は一枚岩ではない。ドイツでは、貿易摩擦による雇用への悪影響を懸念して、産業界から制裁関税に反対論も出されている。また、イタリアのジョルジェッティ経済財務相は25日に、中国の過剰生産問題への対処を巡り「報復も考慮に入れると様々な見解がある」と指摘した。EUが制裁措置を講じる場合、中国がその報復に動けば、EUの企業、経済も打撃を受けてしまうこと、あるいはそれを機に保護主義が広がり、世界貿易が縮小しまうことを警戒しているのだろう。

多様な意見を受けて、最終的に25日に採択されたG7の共同声明では、この問題で中国を名指しすることは避けた。そのうえで、市場ルールにそぐわない政策や貿易慣行に「懸念を表明する」と明記している。また、公平な競争条件の確保に向け、世界貿易機関(WTO)ルールに沿って「措置を講じることを検討する」とした。

他方日本も、中国の過剰生産への懸念を共有する姿勢を見せているが、実際には強い関心を持つテーマとまでは言えないのではないか。中国製EVはほとんど国内に流通していない。その他、安い中国製品によって国内市場が席巻されているとの問題意識は強くないだろう。

インフレ問題への対応が国内の最優先課題であるなか、安価な中国製品が国内に入ってくることはむしろ物価の安定に寄与することから歓迎される面がある。「チャイナショック2.0」と警戒する欧米諸国とは温度差が大きい。

それでも、日本は米国が主導するこの問題で足並みを揃える背景には、為替の安定、為替介入策で他国からの支持を得るために必要、との計算があるのかもしれない。

日本の為替介入は取り上げられず

その為替問題については、G7の直前までイエレン米財務長官が日本の為替介入を念頭に、「為替介入はまれであるべき」と否定的な発言を繰り返していた。為替介入を巡る日米当局間の軋轢は、いまや覆い隠しようがない水準にまで達している。

日本の当局は、今回のG7の場で、イエレン米財務長官が日本の為替介入を取り上げ、それをあからさまに批判することを恐れていたのではないか。そうなれば、日本の追加の為替介入実施は一段と難しくなるとの観測から、為替市場で円安が大きく進むきっかけとなった可能性も考えられる。

しかし実際には、そのような事態は起きなかった。鈴木財務大臣は、今回のG7会合の会期では、イエレン米財務長官との2国間会談は実施しなかったことを明らかにした。両国の対立を避けたのだろう。他方で鈴木財務大臣は、為替の過度な変動は経済や金融の安定に悪影響を与えかねないといった「為替に関するコミットを再確認した」と述べた。

1ドル160円前後まで円安が進めば再度為替介入か

実際、G7声明文には、前回4月と同様に、「我々は、2017年5月の為替相場についてのコミットメントを再確認する」との文言が、おそらく日本側の要請によって加えられた。

ただしこのコミットメントは、為替の変動が経済に与える悪影響を認めるだけでなく、政策による為替市場への影響についての問題も謳っている。この文言は、日本の為替介入の正当性をG7が認めたもの、との解釈にはならないだろう。

為替介入を巡る日米間の軋轢が表面化する中でも、日本政府は今後も為替介入を実施する可能性がある。円安進行が物価高を通じて個人消費を悪化させていることに対応することが、国内政治の観点から強く求められているためだ。

財務省の神田真人財務官はイタリアで、「過度な変動が投機などで発生して、経済に悪影響を与える場合には適切な措置をとる必要があるし、そのことは許されている」と述べ、為替介入に踏み切る正当性をアピールしている。

1ドル160円前後まで円安が進めば、為替介入が再度実施されると見ておきたい。その場合、最終的には1ドル165円を巡る当局と市場の攻防戦となるのではないか。

(参考資料)
「イタリア財務相「中国の報復も考慮」 過剰生産問題で」、2024年5月26日、日本経済新聞電子版
「G7、合意形成を優先 ロシア資産活用へ制度の議論継続」、2024年5月26日、日本経済新聞電子版
「中国の過剰生産、G7懸念 日本「過度な為替変動、適切に対応」 財務相会議閉幕」、2024年5月26日、朝日新聞
「G7、合意形成を優先 制度・手段は議論継続――過度な為替変動、悪影響を再確認 鈴木財務相」、2024年5月26日、日本経済新聞

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