フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 日銀の自然利子率を巡る議論

日銀の自然利子率を巡る議論

2024/05/27

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

自然利子率と「ゼロ金利制約(ZLB:Zero Lower Band)」

日本銀行本店で5月27日、国際コンファレンスが開催された。そこでの植田総裁の挨拶、内田副総裁の基調講演では、ともに「自然利子率(Natural Interest Rate)」が大きく取り上げられた。日本銀行が自然利子率をどの水準と考えているのかは、政策金利引き上げの最終到着点、ターミナルレートの見通しと深く関わり、長期金利の水準に大きな影響を与えることから、金融市場の関心事となっている。

自然利子率とは、経済あるいは需給ギャップに対して中立的な実質金利(名目金利-予想物価上昇率)である。一人当たり実質GDP成長率や潜在成長率と深く関わる、との見方がされることが多い。

そして、金融政策の効果は、自然利子率と実質政策金利(名目政策金利-予想物価上昇率)との差によって生じる、と一般に考えられる。経済活動が低迷している際には、実質政策金利を自然利子率以下の水準まで引き下げることで、景気を刺激する金融緩和が生じると考えられる。

ところが、潜在成長率の低下などを背景に自然利子率が低下し、同時に物価上昇率、予想物価上昇率が低下すると、実質政策金利を自然利子率以下の水準まで引き下げることが難しくなってしまう。物価上昇率、予想物価上昇率がマイナスとなれば、名目政策金利をゼロまで引き下げても、実質政策金利はプラスとなる。その際に、自然利子率がマイナスに陥っていれば、実質政策金利を、自然利子率を下回る水準まで下げることができず、事実上金融引き締め効果を生じさせてしまうことになるのである。こうした状態は、「ゼロ金利制約(Zero Lower Band: ZLB)」と呼ばれる。

2%の物価目標の実現に向けて注意深く進む

植田総裁は、日本がゼロ・インフレまたは低インフレから長きにわたり脱却できなかったのは、この「ゼロ金利制約(ZLB)」のためと考えている。ひとたびこの状態に陥ると、非伝統的な異例の緩和策も有効ではないとの見解が、コンファレンスのテキストからは伺える。この点を踏まえれば、日本銀行は、政策効果が明確でない量的引き締めなど、非伝統的な金融政策の解消を比較的迅速に進めていく可能性が考えられる。

他方で植田総裁は、明確な物価目標を持っていなかったことが一因となり、2000年8月のゼロ金利解除が拙速なものになってしまったとも指摘しており、金融政策の正常化を慎重に進める姿勢も合わせて見せている。総裁は「(2%の物価目標)の実現に向けて注意深く進んでいくつもりです」と慎重な姿勢を強調している。

日本の自然利子率は小幅マイナス、ターミナルレートは1%前後か

自然利子率の正確な計測は、どの中央銀行にとっても容易なことではない、と指摘する。さらに、過去30年にわって短期金利がほぼゼロに貼りついてきた日本では、短期金利の変動が経済に与える影響に関する情報を欠いているため、自然利子率の正確な計測はより難しいとの説明をしている。

自然利子率は経済の変動ではなく、経済の水準(一人当たり実質GDP成長率や潜在成長率)との関係で決まるものだとすれば、この指摘は必ずしも当たらないようにも思えるが、いずれにせよ、自然利子率の正確な計測が難しいことは確かである。

内田副総裁が講演で用いた資料には、日本の自然利子率についての各種試算結果が示されている。それらは-1.0%~+0.5%の範囲でばらついている。それでも平均値、あるいは中央値はマイナスである。

自然利子率が小幅なマイナスであるとして、予想物価上昇率が2%の物価目標水準に達し、日本銀行が実質政策金利を自然利子率の水準まで引き上げ、金融政策を経済に対して中立的にすると仮定すれば、その水準は2%弱となる。

しかし実際には、物価上昇率及び予想物価上昇率が2%で安定するのは難しいと筆者は考えている。この点から、日本銀行の政策金利の最終到達点、ターミナルレートは1%前後と見ておきたい。

自然利子率を巡る市場との対話

今後、ターミナルレートへの様々な思惑によって、長期金利が大きく変動する場合、日本銀行が自然利子率の水準について、何らかの示唆を示すことがいずれ求められるかもしれない。

自然利子率の正確な計測が難しいなか、市場とのコミュニケーション強化を図る手段として、展望レポートに政策委員の中長期的な政策金利の水準の見通しを示すことが一つの可能性として考えられるだろう。これは、米連邦公開市場委員会(FOMC)が行っている、いわゆるドットチャートを真似るものだ。

その場合、中長期的な中立金利水準の見通しを示し、市場との対話を強化することができる一方、各政策委員の独自の考えをそのまま掲載するものであるため、その水準の理論的根拠を示す必要がない、といった利点が日本銀行にはある。

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

新着コンテンツ