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年金制度の安定性・信頼性を高める改革への期待:「在職老齢年金制度」、「第3号被保険者制度」の見直しで人手不足緩和も

2024/06/03

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変わる高齢者の定義

5月23日に開かれた経済財政諮問会議では、民間議員から、健康寿命が長くなっていることを踏まえ、政府の高齢者の定義について5歳延ばすことを検討すべきだ、との指摘がなされた。政府は高齢化率などを計算する際に、65歳以上を高齢者としている。世界保健機関(WHO)でも65歳以上を高齢者と定義している。

昭和57年に制定された「高齢者の医療の確保に関する法律」(昭和57年法律第80号)では、65歳以上を高齢者とした上で、65~74歳を前期高齢者、75歳以上を後期高齢者と分けて定義した。

この法律が制定された昭和57年時点では、65歳以上の高齢者の割合は全体の10%に満たなかったが、令和5年(2023年)には29.1%まで上昇している。また、この間に平均寿命は男女とも7歳以上延びていることから、65歳以上を高齢者とする定義には違和感を持つ人が増えてきている。

ただし、政府が正式に高齢者の定義を変えなくても、雇用や年金支給などでは、事実上、高齢者の年齢は既に引き上げられていると言えるだろう。少子高齢化が急速に進展し人口が減少する中、高年齢者が活躍できる環境の整備を目的として、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)の一部が改正され、令和3年4月1日から施行されている。ここで、事業者は、65歳までの雇用確保を義務づけられるとともに、70歳までの就業確保が努力義務となった。

財政検証では保険料納付期間の5年延長の影響が試算される

厚生労働省は、公的年金財政の健全性を5年に1度点検する「財政検証」を今夏に公表する。政府はこの財政検証の結果を踏まえて、年金制度改正案を年末までに詰め、2025年の通常国会に関連法案を提出する方針だ。

厚生労働省は4月16日に、財政検証の案(オプション試算)として、5つの内容を示した。1)被用者保険の更なる適用拡大、2)基礎年金の拠出期間延長・給付増額、3)マクロ経済スライドの調整期間の一致、4)在職老齢年金制度の見直し、5)標準報酬月額の上限見直し、である。

こうした制度見直しが、すべて2025年の年金制度改革に反映される訳ではない一方、その他の見直しが年金制度改革に含まれる可能性もある。

先ほどの高齢者の定義見直しに関連する点で言えば、2)基礎年金の拠出期間延長・給付増額は、保険料の支払い年齢を引き上げることで、年金財政の改善を図る施策になり得る。

国民年金(基礎年金)保険料の納付期間を65歳まで延長する案

国民年金(基礎年金)保険料の納付期間を、現行の「60歳になるまでの40年(20歳~60歳)」から「65歳になるまでの45年(20歳~65歳)」へ5年延長するかどうかが焦点となる。延長すればその分、将来受け取る年金額は手厚くなる。2024年度の国民年金保険料は月額1万6,980円で、40年間納付した場合には月約6万8千円を受け取ることができる。これを5年延長した場合は、単純計算では12.5%増の月額約7万6千円に受取額は増える。

延長論の背景には、60代以降も働く高齢者が増えているという実情がある。政府の資料によると、60~64歳の就業率は2015年が62.2%だったのに対して2022年には73.0%へ上昇した。平均寿命が延び、働ける高齢者に保険料を納めてもらうことが、年金財政の改善につながるのである。

ただし、保険料の納付期間延長は、国民年金に加入する自営業者や、60歳以降は働かない人達にとっては負担が増すという問題がある。現在の保険料を基に機械的に計算すると、保険料は5年間で計約100万円増える。

高齢者の流れを受けて、基礎年金の支給年齢は既に原則65歳となっている。納付期間もこれに合わせて65歳とするのは自然だろう。ただし、負担増となる人には一定程度の配慮は必要となるのではないか。

高齢者の労働を促す「在職老齢年金制度」の見直し案

今までの年金制度改革は、大幅に悪化した年金財政の改善を通じて、年金制度の安定性、信頼性を高めることに大きな狙いがあった。また、将来にかけての給付額削減に歯止めをかける狙いがあった。

しかし今回の改革では、深刻な人手不足への対応という全く別の要素が加わっている。その分、難易度は増している。この点を踏まえた見直し案が、4)在職老齢年金制度の見直し、そして、財政検証の5つの案(オプション試算)にはないが、第3号被保険者制度の見直しの2点だ。

「在職老齢年金制度」のもとでは、賃金と厚生年金の合計が月額50万円を超えると年金が減額となる。そのため、いわゆる「働き損」を避けるために就業時間を調整する高齢者が少なくない。これが高齢者の労働供給を阻み、人手不足を深刻にしている面がある。

この点から、「在職老齢年金制度」の見直しは必要と考えられるが、一方で、見直しは年金給付額の増加をもたらす。それは年金財政の悪化と将来の給付の抑制につながってしまう。在職老齢年金制度は廃止した場合、将来の給付水準が減ることが2019年の試算で示されている。

こうした課題も考慮に入れて検証を行い、慎重に判断していくことが求められる。

「第3号被保険者制度」が人手不足問題を深刻にしている

「在職老齢年金制度」と同様に、人手不足問題を深刻にしていると指摘されているのが、「第3号被保険者制度」である。自ら公的年金保険料を支払うサラリーマンや公務員など第2号被保険者の配偶者で、社会保険上の扶養認定基準を満たしている人が、この第3号被保険者となる。保険料は配偶者の厚生年金から支払われるため、自己負担はない。健康保険料も無料である。主に想定されるのは、パートの主婦らである。

ところが、彼らは年収106万円を超えると扶養から外れて社会保険料(厚生年金保険料、健康保険料)を新たに支払う必要が生じ、その分手取りの収入が減ってしまう。それを回避するために労働時間を調整することで、企業の労働力不足が深刻化している面がある。これが、「106万円の壁」問題である(コラム「『106万円の壁』問題解決に助成金制度を10月に導入へ:抜本的な対応は第3号被保険者制度の見直し」、2023年8月18日)。

現在の様に賃金が上昇すると、労働時間を削減する必要がさらに強まり、人手不足をより深刻にしてしまう。

この制度は専業主婦を前提とした、やや時代遅れの制度となっているのではないか。さらに同制度には、不公平感を生じさせている面もある。第3号被保険者が、社会保険料を支払わずに給付を受けているのは、独身者や共働き世帯がその分保険料を負担しているから、と考えることができだろう。また、自営業の妻は第3号被保険者となれないことも、不公平感を生じさせている。

女性の社会進出を後押しするためにも抜本的な制度の見直しを

「106万円の壁」問題への対応として、政府は2023年10月から、キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)の手続きを開始した。この制度では、事業主が新たに労働者に社会保険の適用を行った場合、労働者1人あたり最大50万円が助成される。これにより、短時間労働者が「年収の壁」を意識せずに働くことができる環境づくりを支援する。

ただしこの助成制度は、「106万円の壁」問題の解消に向けた暫定的な対応、という位置づけである。抜本的見直しは、2025年の法案提出を目指す年金制度改革の中で議論する、と政府は説明していた。

この第3号被保険者制度の見直しを巡って、厚生労働省の社会保障制度改革に関する議論を行う社会保障審議会では、対象者を減らしていくべきという意見が相次いだ。第3号被保険者制度の見直しは、厚生労働省が示した財政検証の5つの案(オプション試算)には含まれていないが、2025年の年金制度改革に含まれる可能性は考えられる。

現在の第3号被保険者制度を一気に廃止することは現実的でないことは明らかであるが、パートの主婦らが新たに社会保険に加入する際に、現在よりも受給額を増やすなどといったインセンティブを与えるような制度の見直しが必要となるのではないか。

そうした制度改正は、労働供給の拡大を通じた人手不足問題の緩和に役立つばかりでなく、女性の社会進出を促すことにもなる。

(参考資料)
「年金改革へ5案検証 企業の拠出増課題 厚生年金、パートほぼ加入/基礎年金の納付期間延長」、2024年4月17日、日本経済新聞
「年金制度改革 議論のポイント」、2024年5月24日、静岡新聞

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