副総裁講演テキストで一転して円安・株高も効果は一時的か:安定性を欠く日本銀行の情報発信に課題
追加利上げに慎重な姿勢を強調
日本銀行の内田副総裁は8月7日、函館で金融経済懇談会に参加し、その後に記者会見を行う。それに先立ち、午前10時半に講演テキストが公表された。 7月31日の日本銀行の追加利上げ以降、円高・株安が急速に進み、東京市場を中心に世界の金融市場が動揺した。こうした動きに対して、日本銀行がどのような情報発信を行うか、という観点から、講演テキストは大いに注目を集めていた。
講演テキストは、予想以上にハト派的な内容になったとの印象だ。つまり、金融市場の安定にかなり配慮したものとなった。例えば、「金融資本市場が不安定な状況で、利上げをすることはありません」、「円安が修正された結果、物価上昇上振れリスクが小さくなった」、「円安修正は政策運営に影響する」などの記述だ。ただしそれらは、先週の追加利上げで総裁が説明した内容を大きく覆すものだ。
この間に円高・株安が大きく進んだことは確かであるが、日本銀行が追加利上げを実施した時点で、既にピークから10円程度は円安の修正は進んでいた。1週間程度の間に金融政策を取り巻く環境が劇的に変化したとまでは言えないだろう。しかし、説明は劇的に変化したのである。
食い違う総裁と副総裁の説明
植田総裁は、円安が進んだことで先行きの物価上昇率が見通しに比べて上振れるリスクに配慮する、という説明はしたが、あくまでも経済・物価が予想通りの経路を辿っている(オントラック)であることが、追加利上げの判断に至った最大の理由としていた。ところが副総裁の説明では、追加利上げは円安の物価上振れリスクに対応したものであり、その後に進んだ追加的な円高によって、追加利上げの必要性はにわかに低下したとの主旨の説明のように聞こえる。
植田総裁は、政策金利の水準は名目値で見ても実質値でみてもなお十分に低いことから、先行きも追加利上げを進める考えを示した。また、金利引き上げが遅れれば、後により大きな幅での利上げを強いられ、経済の安定を損ねるとも説明していた。つまり、政策が後手に回ってしまう「ビハインド・ザ・カーブ」のリスクを指摘していたのである。
ところが副総裁は、「わが国の場合、一定のペースで利上げをしないとビハインド・ザ・カーブに陥ってしまうような状況ではありません」と追加利上げを急がない姿勢を強調したのである。わずか1週間のうちに。総裁と副総裁が全く逆の見解を述べたことは大いに問題ではないか。
金融市場の動揺を受けて、日本銀行が金融政策の方針を大きく変えたのであれば、それは副総裁が説明するのではなく、まず総裁が機会を作って説明すべきだ。
あまりにも振れが大きく信認を損ねる恐れがある日本銀行の説明
金融政策を巡る日本銀行の説明は目まぐるしく変わっている。3月のマイナス金利政策解除の際には、先行きの金利引き上げはゆっくりとしたペースになることを強調した。それが予想外の円安を生んだのである。さらに4月の会合では、植田総裁は円安が2%の物価目標達成を助けるという円安のプラス面を強調し、それが「日本銀行は円安を容認している」との観測を生み、円安を加速させてしまった。7月の会合では一転して、総裁は円安のデメリットを強調し、さらに追加利上げに前向きな姿勢を見せることで、円安の牽制を図ったとみられる。そして今回の副総裁の講演テキストでは、追加利上げに慎重な姿勢を強調した。
環境の変化に応じて金融政策の姿勢が修正されるのは自然ではあるが、日本銀行の説明はあまりにも振れが大きく、日本銀行に対する信認を損ねるものになるのではないか。
日本銀行は信頼されるより安定し、一貫した説明に努めて欲しい
また、急にハト派の発言をすることで、金融市場の安定を図ることは一定程度理解できるが、日本銀行がその情報発信だけで金融市場を思うままにコントロールできるとまで、仮に 考えているとすれば、それは思い上がりなのではないか。
副総裁の講演テキストを受けて、円安が進み、大幅に下落していた日本の株価は大きく上昇した。しかし、日本銀行に追加緩和を通じて金融市場の安定を確保する手段がない以上、追加利上げをしばらく行わない、という説明だけで、金融市場の安定を持続的に高めることはできないはずだ。金融市場への影響も一時的なものだろう。
日本銀行は、金融市場の環境変化に合わせて説明をころころと変えるのではなく、金融市場や国民に信頼されるより安定し、一貫した説明に努めて欲しい。そして、総裁と副総裁の説明の食い違いも大いに問題ではないか。
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