ハリス米大統領候補の指名受諾演説:自身の出自・経歴と重ねて物価押し下げ、中間層支援、人権問題への対応をアピール:ハリス政権成立は日本経済・企業にはプラスか
中間層支援、物価高対策を打ち出しトランプ氏を痛烈に批判
ハリス副大統領は米国時間8月22日、民主党の党大会で大統領候補の指名受諾演説を行った。新たな政策を打ち出すことはなかったが、11月の大統領選挙に向けて、共和党トランプ大統領候補との争点を際立たせる発言を行い、また、トランプ氏を痛烈に批判した。
ハリス氏は、女性であること、移民の子であること、豊かな家の出身でないこと、過去に検事として大企業と闘ってきたことなど、自身のバックグラウンドを最大限利用し、政策を強くアピールする戦略をとっている。
経済政策では、自身の出身でもある中間層を強く支援する姿勢を改めて打ち出した。インド系の母は、豊かではなかったが、チャンスを活かせと教えてくれたとし、こうした自身の経験から、すべての人がチャレンジし成功できる経済、機会均等の経済を目指すとし、それを「機会の経済」と呼ぶ。
中間層を支援するために、減税や住宅不足対策、子どもの教育支援を行うとした。さらに、食品、ヘルスケアを中心にすべての物価を下げる考えも強調した。過去には検事や州司法長官時代に、不当に利益を得るものに立ち向かってきた、銀行ともやりあったとし、自身の経歴と重ねる形で、企業の不当な値上げを規制し罰する政策を掲げた。
他方で、トランプ氏は大統領になっても中間層のための政策を行わず、その巨大な権限を自身と自身の仲間(富裕層)の利益のために使うと強く批判した。
中絶問題、移民問題、外交政策にも言及
ハリス氏の得意分野は人権問題であり、特に中絶問題への対応で評価が高い。トランプ前政権は、最高裁の判事の人事を通じて女性の人工中絶の権利を奪ったと批判した。またハリス氏は、「我々は女性を信頼する」と強調し、女性蔑視との批判もしばしば受けるトランプ氏との対立軸を強調した。
他方、バイデン政権は不法移民の流入を止められず治安を悪化させているとのトランプ氏からの批判を受けて、ハリス氏は、合法移民を積極的に受け入れる移民国家である米国の基本姿勢と不法移民を規制する国境警備とを両立させる姿勢を示した。
外交政策については、米国が世界でリーダーの役割を果たしていくと強調し、トランプ氏の「米国第一主義」との違いを際立たせた。また米国は民主主義の継承者でありこれを守るという姿勢を示し、ロシアなど権威主義的な国にも接近を見せるトランプ氏との違いをアピールした。
さらに、中東問題では、ガザ地区の人道問題を強調し、バイデン大統領よりもイスラエルに厳しい姿勢を滲ませた。
基本はバイデン政権の政策を継承
ハリス氏は8月16日に、独自の経済政策案を示した(コラム「ハリス氏が経済政策を発表:物価の安定と中間層支援をターゲットに」、2024年8月19日)。これは、中間層支援とともに企業の不当な値上げを取り締まり、物価価格を下げることを目指す意欲的なものだ。またこのハリス氏の経済政策の独自案は、エネルギー政策、税制、貿易政策などを含まない、いわば経済政策分野のごく一部を取り出したものだ。
ハリス氏は今後、この独自の経済政策以外に独自色のある経済政策、その他の政策を積極的に打ち出すことはしないのではないか。その結果、ハリス氏の政策方針全体は、バイデン政権を基本的に継承するものとなるだろう。
選挙戦では、自身の出自や経歴を最大限活かしつつ、中間層支援、物価高対策、中絶問題など女性の人権問題の3点に絞って、トランプ氏との違いを際立たせる戦略をとるのではないか。これは、選挙戦略としては有効なのではないかと思われる。
他方、民主党が掲げる法人増税や不当な値上げをする企業を取り締まるとするハリス氏の姿勢は、反企業的であり、企業の間、あるいはウォールストリートではやや警戒されるだろう。
民主党およびハリス氏の掲げる物価高対策の実効性、実現可能性は高くない
不当な値上げを実施する企業を取り締まるというハリス氏の政策案は、企業が自らの利益を拡大させるためにコスト上昇分を上回る値上げを行い、消費者に負担を強いている「強欲インフレ」という最近の議論を受けたものだろう。しかし、企業の価格設定が正当か不当かを判断するのは実際には難しい。また広範囲に企業の価格決定を検証するのも難しいだろう。
また、民主党が掲げる法人増税やハリス氏が掲げる不当な値上げをする企業を取り締まる法整備は、議会での承認が必要になる。民主党が選挙で相応の過半数の議席を得なければ、そうした法律を通すことは難しいのではないか。
このように考えると、民主党およびハリス氏が打ち出す反企業的な政策については、その実現可能性は必ずしも高くなく、共和党との対抗で打ち出す選挙戦略としての位置づけのみで終わる可能性が小さくないだろう。この点から、民主党およびハリス氏が打ち出す反企業的な政策を、企業あるいはウォールストリートは強く警戒する必要はないのではないか。
他方で、トランプ氏が打ち出すすべての国からの輸入品に一律10%~20%、中国からの輸入品に60%超の追加関税を課すという政策は、実現可能性が高い。セーフガード(緊急輸入制限)を認める米通商法201条、不公正な貿易に対する制裁を認める米通商法301条は、大統領の権限で発動できる。これは、トランプ氏が、自身が大統領であった時期に実際に実施した。民主党が掲げる法人税率引き上げ、富裕者増税、企業の不当な値上げの取り締まりよりも、こうした大幅な追加関税導入が経済、物価に与える打撃は格段に大きい。
さらに、トランプ氏が掲げるドル安政策は、米国の物価を押し上げるとともに、日本を含む貿易相手国に甚大な経済的打撃を与える。
ハリス政権は日本経済、企業には追い風
こうした点を踏まえると、米国経済や企業にとっては、トランプ政権の誕生よりもハリス政権誕生の方が、環境はずっと良いことになるだろう。また、米国に進出する日本企業にとっても同様ではないか。
バイデン政権の政策を基本的に継承するハリス政権のもとでは、日本にとっての経済、金融環境は大きく変わらない。他方、米国では現在緩やかにインフレ率は低下しており、この流れはトランプ政権の追加関税やドル安政策によって大きく妨げられる可能性がある一方、価格引き下げを志向するハリス政権のもとではむしろ後押しされるだろう。
そのもとで米連邦準備制度理事会(FRB)は緩やかに政策金利を引き下げ、それが緩やかなドル安円高をもたらすことが期待される。緩やかな円高は物価高懸念を緩和させ、低迷する日本の個人消費に追い風となるだろう。
トランプ政権が誕生すれば、米国経済の悪化と大幅ドル安のリスクが高まり、日本では急速な円高が株安を伴い日本経済に甚大な悪影響を与える可能性があるが、ハリス政権の下で緩やかな円高が進むことは、日本経済、企業にとってはベストシナリオなのではないか。
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