『資産運用立国実現プラン』は岸田政権が残した成果:金融所得課税強化は慎重な議論を
「資産運用立国実現プラン」は岸田政権が残した成果の一つ
約3年続いた岸田政権に、いよいよ終わりの時期が近づいている。岸田政権が残した成果、遺産の一つが、「資産運用立国実現プラン」だろう。これは、新政権にもしっかりと引き継いでもらいたい。
「資産運用立国実現プラン」は、個人の貯蓄を投資に回し、リスクマネーの供給を増やすことで、日本経済の成長力を強化する。それとともに、個人の資産所得を増加させ、所得と成長の好循環を目指すという意欲的なプランだ。
しかし、岸田政権は2021年の発足当初からこうしたプランを打ち出していた訳ではない。むしろ当初は、個人の株式投資を促すことに積極的ではなく、株式市場と距離を置く姿勢だった。
政権発足時に岸田首相は、金融商品の利子、配当、譲渡益に対して課税される金融所得課税の税率引き上げを検討する考えを示していた。金融所得課税の税率が原則約20%であり、所得税の最高税率45%と比べて低いことから生じる問題を指摘していたのである。
高額所得者は金融投資をより積極的に行う傾向があり、金融所得収入の額が大きい。その税率が低位に抑えられている結果、年収1億円を超えると所得(勤労所得、金融所得など)と納税の比率である平均税率が低下する、という問題が生じている。これは「1億円の壁」と呼ばれている。それへの対応策として、金融所得課税の税率引き上げを検討したのである。
しかしそうした議論は株価の下落を生じさせたこともあり、岸田政権は金融所得課税の税率引き上げ議論を事実上棚上げにしてきた。
「資産所得倍増プラン」から「資産運用立国実現プラン」へと発展
政権発足の翌年である2022年になると、個人の株式投資に対する岸田政権の姿勢は急変する。2022年11月には「資産所得倍増プラン」を決定し、個人の株式投資を促す方針を打ち出した。歴代政権が掲げていた「貯蓄から投資へ」という方針を、岸田政権も継承したのである。
「資産所得倍増プラン」の大きな柱となったのは、家計の投資環境を支援する仕組み作りだ。NISA の抜本的拡充・恒久化、金融商品の販売会社等に対して顧客本位の業務運営の確保を求めること、金融経済教育の充実、などが掲げられた。2024年1月には新NISAがスタートし、制度の大幅拡充が実現した。
「資産所得倍増プラン」に加えて、政府は投資対象となる企業への働きかけも強化した。企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上、金融・資本市場の機能の向上に向けた取り組みを推進する「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム」を、2023年4月に発表した。
こうした先行する取り組みを内包し、さらに拡大させたのが、2023年12月に岸田政権が打ち出した「資産運用立国実現プラン」だ。
資産運用業とアセットオーナーシップの改革
政府は、個人の金融資産と企業との間の投資資金の流れ(インベストメントチェーン)全体を改革する意欲的な取り組みを進めた。「資産運用立国実現プラン」には、その残されたピースとして家計金融資産等の運用を担う資産運用業とアセットオーナーシップの改革が加えられた。1)資産運用業の改革、2)アセットオーナーシップの改革、3)成長資金の供給と運用対象の多様化、4)スチュワードシップ活動の実質化、5)対外情報発信・コミュニケーションの強化の5つがその柱とされた。
資産運用業の改革では、資産運用業の運用力の向上などが図られる。そのため、専門性の向上、運用人材の育成・確保等を通じた運用力向上やガバナンス改善・体制強化のためのプランの策定・公表を、大手金融機関グループに要請する。
さらに、資産運用業への海外機関あるいは新興企業の新規参入を促し、競争を促進することで運用力向上や顧客の利便性向上も目指したのである。その一環として、金融・資産特区の創設も打ち出した(コラム「金融・資産運用特区がスタート:成長戦略との連携も重要」、2024年6月6日)。
日本経済の潜在力強化が鍵に
このように、岸田政権の「資産運用立国実現プラン」は、意欲的な取り組みとなった。
岸田政権は、個人が投資を拡大し、それが、企業が成長するための投資に回され、それを通じた企業の成長の果実を、個人が配当や株価上昇という形で得る。さらにその資産所得増加分を消費に回すことで企業の成長が促される、といった「成長と分配の好循環」の実現を目指した。
新NISAの開始、物価上昇観測の高まり、年初来の株価上昇などを受けて、足もとで、個人は株式投資を従来よりも積極化したように見える。しかし、日本銀行の追加利上げによる預金金利の上昇、足もとでの株式市場の調整が、個人の株式投資を慎重にさせる可能性もある。
このような短期的な経済・金融環境の変化に左右されずに、個人が投資を持続的に拡大させていくためには、日本経済の成長力向上への期待を高める必要がある。金融商品への投資の期待収益は、経済の成長力、潜在力によって基本的には決まると考えられるからだ。経済の成長力、潜在力が高まり、投資の期待収益が高まれば、個人のリスク選好も高まり、株式投資が促されるだろう。
こうした観点から、個人の投資拡大を起点とする「成長と分配の好循環」の実現には、少子化対策、インバウンド戦略、DX・GX戦略、地方経済活性化、外国人人材活用などといった、経済の成長力を向上させる成長戦略の推進と一体で進めていくことが重要になるだろう。成長戦略の推進と資産運用立国実現プランは、新政権の下でも強力に進めていくことが期待されるところだ。
金融資産所得課税改正の議論
自民党総裁選に向けた政策議論の中で、岸田政権が事実上棚上げした金融資産所得課税の見直し議論が再浮上している。
年収が1億円程度を超えると、所得への平均税率が低下するというのは、税制の所得再配分の機能が十分に働いていないことを示すものであり、確かに看過はできない。
しかしながら、金融資産所得課税の税率の引き上げは、新NISAの創設を柱とする「貯蓄から投資」への政策と矛盾してしまう面があるだろう。また、新NISAの生涯総投資枠は1,800万円と著しく高額ではない。それを超える部分の投資の利子、配当、売買益に課税される税率が高まると、必ずしも豊かではない多くの世帯の金融所得にも打撃を与えてしまうのではないか。退職世帯のように勤労所得を得ていない一方、金融資産投資から得られる収入に生計を依存する世帯の金融所得への課税が強化されれば、所得格差はむしろ拡大してしまう。
「1億円の壁」の根底にあるのは、所得格差ではなく、資産格差の問題である。金融所得収入の多寡は、金融資産の額に大きく左右される。「1億円の壁」の問題を考える際には、所得格差のみならず、資産格差も考慮する必要があるだろう。
そのため、金融資産所得課税の税率を引き上げても、あるいは、所得水準に応じて税率を変える、金融所得の累進課税制度を導入しても、問題は解決しないのである。
所得だけでなく資産についても、社会的に許容できる水準まで格差を縮小させるための税制を、税収基盤強化も視野に入れて、将来的には考えていく必要があるのではないか。「1億円の壁」の問題を解決するには、所得と資産の双方を勘案した税制の導入を考えていくべきだろう。しかし現状では、資産の正確な把握は困難であることから、その実現は早期には難しい。
「1億円の壁」の問題には、拙速に金融資産所得課税の強化で対応するのではなく、個人金融資産の把握を前提とした将来的な資産課税の導入などで対応することを、時間をかけて慎重に検討していくべきではないか。
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