FRBが0.5%の大幅利下げで労働市場の悪化に先手を打つ:大幅利下げは米大統領選挙に影響も
FRBが4年半ぶりの利下げ実施
米連邦準備制度理事会(FRB)は9月18日に開いた米連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利を5.25%~5.5%から4.75%~5.0%へと、0.5%引き下げることを決めた。FRBの利下げは、新型コロナウイルス禍を受けて臨時会合で政策金利を一気にゼロまで引き下げた2020年3月以来、4年半ぶりとなる。
予想外の物価高騰を受けて、FRBは2022年3月から2023年7月にかけて計11回の利上げを実施し、政策金利を2001年以来の高水準に引き上げた。さらにその高水準を1年以上据え置いてきた。
足元では物価上昇率が着実に低下する一方、労働市場の弱さを示す指標が増えてきたことを受け、パウエル議長は今年8月のジャクソンホール会合で「政策を調整する時が来た」と述べ、利下げに転じることを強く示唆した。さらに前回9月のFOMCでも利下げ実施の方向を事実上示していた。
声明は「インフレ率が持続的に2%に向かっているとの確信を強めており、雇用とインフレ率の目標達成に対するリスクがほぼ均衡していると判断する」とした。
物価高への対応が遅れたことへの反省か
リスクバランスが均衡し、FRBが高水準にある政策金利を引き下げる環境は整っていたが、利下げ幅については、最後まで0.25%と0.5%との間で、金融市場の見方は大きく分かれていた。
FRBの政策金利の変更は、0.25%が基本である。2022年3月以降の利上げ局面では、物価高への対応が遅れたとの危機感からFRBは0.75%の異例の大幅の利上げを連続させたが、初回の利上げ幅は0.25%であった。また、2016年の利上げ開始時、2019年の利下げ開始時も最初は0.25%幅の政策金利の変更だった。異例の大幅な政策金利の変更は、リーマンショックやコロナショックといった危機的状況の時に行われ、平時では一般的でない。この点から、今回のFOMCでの0.5%という利下げ幅は異例と考えられる。
大幅利下げ実施の背景には、政策が後手に回らないようにするとの考えがあっただろう。2022年3月からの利上げ局面では、物価高騰に対する対応が遅れ、0.75%という大幅利上げを連続して実施せざるを得なかったという反省がFRBにはあり、これが今回の大幅利下げ実施につながった可能性があるのではないか。先行き、雇用を中心に経済指標が大きく下振れる際に、FRBが後手に回ったと批判されることへの保険の意味もあるだろう。
金融市場の動揺は回避
他方、雇用、経済情勢が急速に悪化する兆候はまだ確認されていない中、FRBが初回から0.5%の通常よりも大きな幅での利下げを行うと、金融市場は先行きの景気情勢に不安を強めてしまう恐れがある。また、次回以降も0.5%幅での利下げが行われるとの観測が市場に強まり、FRBの政策が縛られてしまう恐れがある。
こうした点に配慮してパウエル議長は、「今回の決定は緩やかな成長と持続的に2%に向かうインフレ率という状況において、政策スタンスの適切な再調整により労働市場の強さを維持し得るという、われわれの確信の強まりを反映している」と、先行きの経済、労働市場に対して楽観的な見通しを敢えて示した。さらにパウエル議長は、今回の0.5ポイントの利下げについて、「FOMCが今後継続するペースだと想定すべきではない」と釘を刺したのである。
0.5%の利下げ決定を受けて、ドル円レートは直後に円高に振れたが、それは短期間にとどまった。また、ダウ平均株価も比較的小幅な下落にとどまった。金融市場で先行きの経済への不安が強まる、あるいは極端な大幅利下げが実施されるとの見方が強まることは回避できた。
理事一人が0.5%の利下げに異例の反対
FOMCが示したFF金利の先行き見通し(中央値)は、2024年中に政策金利を合計で0.50%引き下げるとの見通しとなった。前回6月の見通しと比べればより積極的な利下げを予想したが、年内あと2回の会合で0.5%ずつ合計1.0%の利下げが実施されるといった積極利下げではない。
FF金利は、2025年には計1%ポイント、2026年には計0.5%ポイントの追加利下げが見込まれた。そして2026年末時点の政策金利は2.9%と中長期の中立水準に達し、利下げ局面が終わるとの見通しだ。
今回の会合は、0.25%と0.5%の利下げ幅を巡って僅差の決定になるとの見方がされていたが、最終的に0.25%の利下げを主張して、0.5%の利下げに反対票を投じたのは、ボウマン理事一人だった。政策決定に本部理事が反対票を投じるのは異例であり、2005年以来となる。
日米の金融政策が逆方向に動く異例の事態に
今回のFRBの利下げを受けて、日米の金融政策が逆方向に動くという異例の事態となった。現時点では金融市場は安定しているが、為替市場で急速なドル安円高が生じること、日米間を中心に国際資金フローが不安定になることも生じ得るだろう。8月に生じた株価の大幅下落の背景にも、日米の金融政策が逆方向に動く見通しの中で円高が急速に進んだこともあった。
このように、FRBの利下げ転換は、金融市場の潜在的な不安定性を強めるものだ。その結果、日本銀行の利上げにも制約要因になってくることも考えられる。
米大統領選挙に影響も
今回の利下げ転換、大幅利下げの実施は、11月5日の米大統領選挙直前に行われたという点でも、様々な議論を呼ぶ可能性がある。今回のFRBの決定には、政治的な背景はないと考えられるが、FRBの独立性を尊重する民主党政権に有利となることを狙ったのでは、との憶測が浮上する可能性はあるだろう。
実際のところ、労働市場、景気の悪化に先手を打って大幅利下げを実施したことは、先行きの経済見通しを好転させ、現在の民主党政権に有利に働く可能性は考えられるところだ。
他方、共和党の大統領候補トランプ氏は、以前より大統領選挙前の利下げは、民主党政権を利するものであるとして、FRBを強くけん制していた。今回の決定について、トランプ氏は批判を強める可能性があるだろう。
他方でトランプ氏は、自身が大統領になればFRBに利下げさせるとし、また、FRBの金融政策決定に大統領が関与するように制度を見直す考えを示唆している。仮にトランプ氏が再選されれば、FRBに対する介入を強化する可能性は一段と高まったとも考えられる。
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