米大統領選前にオクトーバー・サプライズはあるか?:イスラエルのレバノン地上作戦など地政学リスクにも注意
大統領選挙は拮抗した状態が続く
9月10日に行われた米大統領選挙TV討論会では、ハリス民主党大統領候補がトランプ共和党大統領候補よりも優勢だった、との見方が多かった(コラム「米大統領選TV討論会:ハリス氏は予想よりも健闘か」、2024年9月11日)。しかしながら、これがハリス氏の支持率を大きく押し上げることにはならなかった。
全米の世論調査を見ると、ハリス氏はトランプ氏をほぼ一貫して上回っている。しかし両者の差は決して大きくない。さらに、勝敗の鍵を握る激戦7州では、両者の支持率は拮抗している。激戦7州の中でも、選挙人数が多く特に重要なラストベルト3州(ペンシルベニア州、ミシガン州、ウィスコンシン州)では総じてハリス氏がやや有利であることを踏まえると、全体的にはハリス氏が若干有利と言えるかもしれないが、それでも最終的な勝敗はまだ見えていない(図表)。
図表 激戦7州での支持率比較
「オクトーバー・サプライズ」が起こるか?
10月に入り、11月5日の本選まであと1か月程度となったが、大統領選挙の年の10月になると、「オクトーバー・サプライズ」が起こるかどうかがいつも話題となる。「オクトーバー・サプライズ」とは、大統領選挙に大きな影響を与えるイベントが、選挙直前の10月にしばしば起こることをいう。
記憶に新しいところでは、2016年10月末に、民主党大統領候補だったヒラリー・クリントン元国務長官の私用メール問題で、連邦捜査局(FBI)による捜査が突然再開されたことだ。それは、クリントン氏がトランプ氏に敗れる原因の一つとなった可能性が考えられる。
前回の2020年の大統領選挙でも、10月初旬に当時のトランプ大統領が新型コロナウイルスに感染して入院した。感染対策に消極的な面があったトランプ氏が自ら感染したことは、選挙の逆風になった可能性がある。
それ以前では、2012年10月下旬にハリケーン「サンディ」が米国東部を襲った。それへの迅速な対応が、オバマ大統領の再選を後押ししたともされる。
「オクトーバー・サプライズ」という言葉が使われるきっかけとなったのは、1980年の大統領選挙だった。現職の民主党カーター大統領と共和党のレーガン候補の間で選挙戦が繰り広げられていた。当時、イランアメリカ大使館の人質事件が起きていた。イラン革命で過激派の学生にテヘランのアメリカ大使館が占拠され、大使館員52人が人質にとられた。大統領選挙までにカーター大統領は人質を開放することに失敗し、それは選挙に敗れる原因の一つともなったのである。
人質事件をカーター大統領が選挙直前に解決して支持を集めることをレーガン陣営が強く警戒しており、それを「オクトーバー・サプライズ」と表現した。これが、「オクトーバー・サプライズ」の由来である。
10月1日にイスラエルがレバノンの地上作戦を開始
イスラエルは10月1日に、レバノン南部で「標的を絞った」地上作戦を開始したと発表した。親イラン民兵組織ヒズボラの一掃に向けた行動をエスカレートさせたのである。
米国や欧州連合(EU)、アラブ諸国が停戦の呼びかけをするなかで、イスラエルは9月27日にヒズボラ指導者ナスララ師を殺害した。そして今回は、レバノン南部での地上戦に踏み切った。イスラエルはパレスチナ自治区ガザでのハマスとの戦闘から、レバノンでのヒズボラとの戦闘へと軸足を移している。
ネタニヤフ首相はレバノンのヒズボラ壊滅の目的について、ヒズボラによるロケット攻撃でイスラエル北部から数万人の住民が退避を余儀なくされており、これを終わらせることだ、と説明している。
米政府は、イランとの直接的な衝突をもたらしかねない、レバノンでの大規模で長期的な作戦は見送るよう、イスラエル政府に警告しているとされる。ただし、1982年のイスラエルによるレバノン侵攻も当初は限定的な計画だったが、最終的にはレバノン南部の一部を占領して2000年まで続いた。
ハリス氏は、親イスラエルではないとして、トランプ氏から批判を受けている。他方で、若年層を中心に国民からは、ガザ地区の紛争でイスラエル寄りの姿勢を批判されている。
今後、イスラエルのレバノン地上戦で一般住民の犠牲が増えれば、米国内でイスラエルへの批判がさらに高まり、それは大統領選挙でハリス氏に逆風となりかねない。今回のイスラエルによるレバノンの地上戦は、「オクトーバー・サプライズ」になる可能性があるだろう。
北朝鮮の7回目の核実験も
そして、もう一つ、「オクトーバー・サプライズ」の候補として警戒されている地政学リスクが、北朝鮮だ。
北朝鮮は9月12日と18日に弾道ミサイルを発射した。バイデン政権は、北朝鮮が11月の米大統領選挙の前にサプライズで挑発行動を行う可能性、つまり「オクトーバー・サプライズ」を警戒している。大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射や7回目の核実験のような大型挑発である。
韓国大統領府の高官、シン・ウォンシク国家安保室長は、北朝鮮は核の小型化を実現するために数回の核実験が必要であり、金正恩総書記の判断次第でいつでも核実験を行える状態にある。11月のアメリカ大統領選挙の前後に北朝鮮が核実験を強行する可能性がある、という見方を示している。
また同氏は、総書記によるウランの濃縮施設の視察が9月に発表されたことは、北の核に対する国際的な関心を高め、アメリカ大統領選挙に前後して彼らの影響力を高める狙いがある、と指摘している。
米大統領選挙を直前に控えた10月は、地政学リスクが一気に高まるなど、世界規模での「オクトーバー・サプライズ」になる可能性もあり、注意が必要だ。
(参考資料)
「終盤戦の「オクトーバー・サプライズ」=米大統領選の結果左右も」、2024年10月1日、時事通信ニュース
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