実質賃金は再び低下(8月毎月勤労統計):実質賃金のプラスとデフレ脱却
8月の実質賃金は再びマイナスに
厚生労働省が8日に発表した8月毎月勤労統計で、実質賃金は前年同月比-0.6%と、3か月ぶりにマイナスとなった。実質賃金は6月に27か月ぶりにプラスとなったが、これは変動の大きいボーナスの上振れによるところが大きく、プラス基調が定着したとはまだ言えなかった。
8月の所定内賃金は前年同月比+3.0%と、前月の同+2.4%を上回り、春闘での賃上げの反映がさらに進んだ。ただしその反映は、ほぼ最終局面に近づいているだろう。他方、ボーナス(特別に支払われた給与)は、前年同月比+2.7%と、6月の同+7.8%、7月の同+6.6%から上昇幅を縮小させた。これらの結果、8月の現金給与総額は同+3.0%と前月の+3.4%から上昇率は低下した。
他方で、消費者物価(持ち家の帰属家賃を除く総合)は、8月に前年同月比+3.5%と前月の同+3.2%から上昇率を高めた。これらの結果、8月の実質賃金は前年同月比で3か月ぶりにマイナスに転じたのである。
これは、日本銀行が追加利上げに慎重になる直接的な要因になることはないと思われるが、政府が日本銀行に対して、追加利上げに慎重になって欲しいと考える要因にはなるだろう。
9月の実質賃金は再びプラスも
9月の毎月勤労統計では、実質賃金が再びプラスになる可能性が考えられる。その最大の理由は、政府が電気・ガス料金の補助金を復活させたことの影響で、物価上昇率が低下するためだ。
9月東京都区部消費者物価で消費者物価(持ち家の帰属家賃を除く総合)の前年同月比は8月から+0.6%ポイント低下した。9月の全国消費者物価が同様な動きとなる一方、春闘での賃上げの反映がもう一段進むとすれば、9月の実質賃金の前年比上昇率は8月と比べて0.6%ポイントを超えて上振れることになり、実質賃金上昇率は再びプラスに戻る。
9月の実質賃金がプラスに戻らないとしても、為替市場が再び円安基調に戻らない限り、実質賃金はプラス基調に転じつつある状況は変わらないだろう。
円安修正が続くかどうかが個人消費持ち直しの鍵に
実質賃金が前年同月比でのプラス基調が定着しても、それだけで個人消費が回復する訳ではない。物価上昇に賃金上昇が追い付かず、実質賃金が低下する時期が長く続いた結果、実質賃金の水準はかなり低く、それに応じて労働分配率もかなり低位にある。この状態が続く限り、個人消費は制約を受け続けるだろう。
他方で、長い目で見た物価高騰懸念が緩和されれば、それは個人消費の持ち直しのきっかけとなる。円安進行が長い目で見た物価高騰懸念を高めていたと考えられることから、円安修正は個人消費持ち直しの追い風になるだろう。この観点から、7月以降の円安修正の流れに反転の動きが足もとで見られることは、懸念材料だ。
実質賃金がプラスとなってもデフレからの完全脱却実現ではない
石破政権は、デフレからの完全脱却を最優先課題に位置付けている。しかし、デフレやデフレ脱却という言葉の定義は極めて曖昧であり、それを政策の最優先課題に据えることには問題があるのではないか。
政府は、デフレ脱却の具体的な判断材料として、①消費者物価指数(CPI)、②GDP デフレーター、③需給ギャップ、④ユニット・レーバー・コスト (Unit Labor Cost:ULC)の 4つの指標を挙げている。しかし最近では、実質賃金も重視してきている。
実質賃金のプラスが定着すれば、残りの条件は需給ギャップのプラス化となり、これは比較的近い将来に達成される可能性もあるだろう。しかしそれだけで政府はデフレからの完全脱却を宣言するのではない。石破政権は、今後3年間をデフレからの完全脱却のための集中対応期間と位置づけている。これは、短期間でデフレからの完全脱却は実現できないことが前提である。
デフレ脱却は、経済指標に基づいて客観的に判断されるものではなく、国民が生活改善を実感できて初めて、実現したと言えるものだ。政府は、デフレ脱却を目指すとしながらも、実際には、デフレ脱却に向けた政府の取り組みを国民に支持してもらい、政治的な求心力を高めるために、デフレ脱却を政策目標に掲げているという側面が強いのではないか。これは、安倍政権から一貫して続いていることだ。
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