衆院選での各党経済政策比較:日本経済の将来像と中長期的な改革・戦略の具体策を国民に
短期の経済対策・物価高対策
10月15日に衆院選が公示され、27日までの選挙戦が始まる。各党の経済政策を見ると、当面の物価高対策、消費税見直しを通じた個人消費喚起策など、選挙を意識した短期的な政策が多く示されている。
他方で、構造改革、成長戦略を通じた日本経済の潜在力向上、成長力強化といった中長期の経済政策についての議論は弱いと感じる。日本経済の将来像をしっかり提示し、それを実現するための政策についての具体的な議論がなされることを期待したい。
自民党は、衆院選挙後に物価高対策、能登災害支援を含む経済対策を、補正予算を編成して実施する方針だ。「電気・ガス料金、燃料費の高騰対策と併せ、物価高が家計を圧迫する中、国民の生活を守るため、物価高への総合的な対策に取り組む」としている。物価高対策をめぐって石破首相は、「低所得世帯への給付金の支給など短期的な政策は実施するが、所得・住民税の定額減税については、「今すぐとは考えていない」と当面は実施しない考えを示している。バラマキ的ではなく低所得者に絞った財政効率の高い施策になるかどうかに注目しておきたい。
公明党の石井啓一代表は低所得世帯への給付や電気・ガス料金を抑える補助金の継続を主張している。
立憲民主党は、揮発油税などのトリガー条項について一時的に凍結を解除し、原油価格高騰時には確実に発動できるようにする、としている。また、発動により減収する地方税は国が補塡するとする。また立憲民主党は、他の野党が個人消費喚起策として主張する消費税率の引き下げや消費税の廃止には反対であり、消費税の逆進性への対策として「給付付き税額控除」の導入を掲げている。
国民民主党は、物価高対策としてガソリン補助金を延長したうえで、トリガー条項の凍結を解除し、減税によりガソリン・軽油価格を値下げすることを主張している。
れいわ新選組は、季節ごとにインフレ給付金として10万円を支給すること、夏と冬に冷暖房費補助のための緊急給付を実施することを主張している。
賃上げ・最低賃金の引上げ
石破首相は自民党総裁選時に、「2020年代に全国平均1,500円」に引き上げるという目標を掲げた。現在の政府目標である2030年代半ばから前倒しとなる。ただし、この目標については、自民党の選挙公約には書かれていない。公約では賃金について、「物価に負けない賃上げと最低賃金の引上げ加速」とのみ記されている。
他方、最低賃金の1,500円への引き上げは、他党も掲げる一種のスタンダードとなっている。公明党は、最低賃金を5年以内に全国平均1,500円に引き上げるとしている。それを通じて賃上げの勢いを中間所得層へ波及させ、物価上昇を上回る賃上げを実現するとしている。
立憲民主党は、「分厚い中間層」を復活させるとしたうえで、最低賃金を1,500円以上とし、適切な価格転嫁で賃金の底上げを実現するとしている。
共産党は、最低賃金を時給1,500円以上に引き上げ、地方格差をなくし全国一律最低賃金制度を確立するとしている。また、時間外や休日の労働の上限を規制し、1日2時間を超える残業割増率を50%に引き上げる、とする。
れいわ新選組は、全国一律の最低賃金1500円を導入するとしている。
社民党は、全国一律で最低賃金を1500円に引き上げるとし、非正規雇用の正規雇用への転換を促進するとしている。
多くの政党が同時に最低賃金1500円までの引き上げを主張するのは奇異な感じがするが、最低賃金1000円が既に実現したため、次の目標として1500円を掲げているのだろう。
しかし、政府が最低賃金の目標を掲げるのは必ずしも適切でないように思われる。安倍政権の時から、政府は最低賃金の引き上げを通じて賃金全体を底上げすることを目指してきた。最低賃金の決定過程では、政府が間接的にそれに関与することができる。しかし、最低賃金の決定に政治が関与するとしても、それは賃金全体の底上げではなく、最低賃金で働く人に適切な生活を保障することや、最低賃金で働く人とそれ以外の働き手との間の所得格差を縮小させるという社会政策の観点であるべきだ。
目指すべきは構造的賃上げ
労働者の生活水準は、名目の賃金の水準で決まるのではなく、物価水準との比較、つまり実質賃金で決まる。この点から、将来の物価動向が予見できない中、最低賃金の名目水準に政府目標を設定するのは適切でないように思われる。この先、物価上昇率が高まらない中で、急速に最低賃金を引き上げていけば、最低賃金近傍で働く人の実質賃金は急速に高まるが、一方で、最低賃金近傍での賃金水準で働く人を多く雇用する企業では、人件費が急速に高まり、企業収益が圧迫され、経営破綻に追い込まれる、また雇用の削減を余儀なくされる可能性がでてくる。この点から、経済が不安定になる恐れがある。最低賃金は物価動向や平均的な賃金動向を踏まえて決定されるものであり、それらから独立した目標とされるものではない。
政府は、最低賃金の引き上げを目指すのではなく、実質賃金が上昇する経済環境を作り出すことを目指すべきだ。それが、岸田前政権が掲げた「構造的賃上げ」の実現である。そのためには、労働市場改革などを通じた労働生産性向上が欠かせない。
自民党の公約では、リスキリング、ジョブ型雇用の促進、労働移動の円滑化からなる労働市場改革が掲げられている。これは、岸田政権の「三位一体の労働市場改革」を継承したものであり適切だ。
消費税及び税制の見直し
経済政策では、消費税の見直しが大きな争点の一つとなっている。野党は消費税率の引き下げや廃止を通じて個人消費の喚起を主張しているが、減税を通じた個人消費の喚起は一時的な効果しか生まない。他方で、それが財政環境の一段の悪化を生じさせれば、将来の負担増加が中長期の成長期待を低下させ、企業の設備投資に悪影響を与えるなど、経済の潜在力を低下させてしまう。こうした点から、安易に消費税の減税や廃止を掲げるべきではない。
自民党はその公約で、消費税の見直しに言及していない。石破首相は、社会保障の安定的な財源確保が損なわれるとして、消費税の減税に反対する一方、将来的な増税には含みを残す説明をしている。これは財政健全化の観点から責任ある態度だろう。
日本維新の会は、消費税を8%まで引き下げ、軽減税率制度を廃止することを主張する。また、所得税・法人税の減税も掲げている。
共産党は、消費税の廃止をめざし、当面税率を5%に引き下げるとする。また、インボイス制度も廃止するとしている。さらに、大企業の内部留保に時限的に課税し、10兆円規模の財源を確保するとする。
国民民主党は、賃金上昇率が物価+2%に達するまで消費税5%に減税する一方、インボイス制度は廃止するとしている。
れいわ新選組は、消費税を廃止し、インボイス制度の導入も撤回するとしている。また、法人税の累進化、所得税の累進強化、金融資産課税などの導入を進めるとする。
社民党は、大企業の内部留保に4%課税することと、消費税率を3年間ゼロにすることを主張している。参政党も消費減税を掲げる。
既に見たように、立憲民主党は各野党が掲げる消費税の減税や廃止には反対する一方、「給付付き税額控除」の導入を掲げている。しかし、その財源については明らかではなく、財政環境を一段と悪化させてしまう恐れがある。また公明党の石井代表は、給付付き税額控除を行えば、食料品の税率を8%から10%に上げることになり、国民の痛税感がさらに増す、と立憲民主党を批判する。
社会保障制度の改革
中長期的な国民生活の見通しに大きな影響を与える社会保障制度改革については、衆院選挙の大きな争点となっていないことが残念であり、国民の関心とズレている面があるのではないかと感じる。
自民党は基礎年金の受給額の底上げを図るとしているが、具体的な政策は明らかではない。
日本維新の会は、高齢者の医療費窓口負担を現行の1割負担から原則3割負担に見直すとしている。年金は抜本的に改革して、世代間格差が生まれない積み立て方式または最低所得保障制度を導入するとしている。
れいわ新選組は、75歳以上の医療費負担を1割にする、社会保険料を国庫補助で引き下げるとしている。
国民民主党の玉木代表は、高齢者医療制度を見直し、現役世代の社会保険料負担を引き下げる。また、減税と負担の軽減で若者の手取りを増やす、としている。
社民党の福島代表は、政府が介護報酬を減額することで事業所の倒産が増えていることから、介護保険を立て直す、としている。
社会保障制度について、包括的かつ具体的な提案をしているのは、日本維新の会のみであり、他党は負担増加の議論を避けているようにも見える。これでは、政権を担う政党を選ぶための重要な基準の一つが国民に示されていないと言えるのではないか。
財政政策
自民党は「経済あっての財政」との考えに立ち、経済成長と財政健全化の両立を目指す、としている。石破首相が総裁就任前に主張していた「財政健全化」の姿勢がやや後退した印象も受ける。
国民民主党は、年5兆円程度の「教育国債」を発行し、子育て予算と教育・科学技術予算を倍増するとしている。
参政党は、基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の黒字化目標を撤回し、積極財政による経済成長を実現するとしている。
財政健全化策を正面から掲げる政党はいない。
地方創生と規制改革
地方創生は、石破首相のライフワークとも言えるものであり、自民党の公約の中でも強調されている。その公約には「地方創生2.0」の始動、地方創生交付金の倍増や「新しい地方経済・生活環境創生本部」の創設などが謳われているが、いずれも石破首相の肝いりだ。ここには「石破カラー」が明確に表れている。他党については、地方創生策は強くアピールされていない。
規制改革は、生産性向上に資する重要な成長戦略、構造改革であるが、この点について、自民党の主張は、岸田前政権と同様にかなり弱いと感じる。政策パンフレットには、規制改革という言葉自体が見当たらない。
規制改革に最も前向きな野党は日本維新の会だろう。同党は、ライドシェアに象徴された旅客運送業をはじめとする既存産業への参入障壁撤廃など、既得権にとらわれない大胆な規制改革で経済を成長させ、現役世代の給料を倍増するとしている。これは、規制改革を成長につなげ、それを通じて賃上げを実現させるという構造的賃上げの考えに基づいているものであり、評価できる。
政権を担う政党としての責任
このように、各党の経済政策を概観すると、消費税見直し、物価高対策、最低賃金引き上げなどといった目先の消費刺激策については非常に積極的に語っている印象が強い。他方で、中長期の視点から経済の活性化に資するような、規制改革を含む成長戦略、構造改革についての具体的な議論は限定的だ。さらに、構造改革を通じて将来的にどのような日本経済を目指すのかといった、日本経済の将来像を提示するといった視点も十分に示されていないように思う。
中長期的な経済の安定には、社会保障制度と財政制度の持続性が必要だ。しかし各党の政策では、それに必要な抜本改革の視点も欠いている印象だ。社会保障制度と財政制度の持続性を確保するためには、国民に相応の負担を求めることも必要となるが、そうした負担の議論を避けている限り、社会保障制度改革や財政の健全化は進まないだろう。
政権を担う政党には、国民に対して目指すべき経済、社会保障制度、財政制度の将来像を提示したうえで、それを実現する道筋を国民負担も含めて丁寧に説明していくといった責任ある姿勢が強く求められる。国民がそれを受け入れて、政権を任せるという判断をした時に初めて、痛みを伴う改革が実現され、それが持続的な社会保障制度、財政制度と日本経済の再生へとつながることになるのではないか。
そうした政策を、責任を持って担うことができる政党を選ぶのが、政権選択選挙である衆院選であるはずだ。しかし、各党の公約を見ると、国民が選択するための材料が十分に示されておらず、安心して政権を任せる政党を選ぶことは容易でないとも感じられる。
(参考資料)
「衆議院選挙2024 各党の公約特集」、2024年10月14日、日本経済新聞電子版
「特集――2024衆院選 党首討論の要旨 【経済政策】、【補正予算】、【政治改革】、【野党連携】、【政権枠組み】、他」、2024年10月13日、日本経済新聞
「首相「消費税、当面上げず」 各党党首が消費喚起策で討論」、2024年10月13日、日本経済新聞電子版
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