米大統領選の行方と財政・金融市場への影響:トランプ勝利でスタグフレーションのリスクが高まる
ハリス氏の方が、財政赤字の拡大幅は半分以下との試算
米議会の超党派機関である議会予算局(CBO)は10月8日に、2024年度(2023年10月~2024年9月)の連邦財政収支について、1兆8,340億ドル(約270兆円)の赤字になるとの見通しを示した。これは前年度比で約13%の赤字幅拡大となる。金利上昇で国債利払い費が急増し、社会保障や高齢者向け公的医療保険「メディケア」などの歳出が拡大することなどが背景にある。
コロナ禍以降、景気が回復しコロナ関連の支出が減少するなか、財政赤字は一時縮小したが、2024年度はコロナ禍以降で最大の財政赤字となる見通しだ。またCBOは、現行法に変更がないと仮定した「ベースライン」の赤字は、今後10年間で22兆ドル増加すると推計している。
しかしながら、11月の大統領選挙に向けて民主、共和両党が示している経済政策の公約を踏まえると、実際の財政赤字はこの「ベースライン」以上に膨らむ可能性が考えられる。ハリス氏、トランプ氏のどちらが勝利しても、それぞれが掲げる政策が実施されれば、財政赤字はさらに拡大する。
超党派で構成する「責任ある連邦予算委員会」の試算によれば、トランプ氏が公約通りの政策を実施すれば、財政赤字は2026~2035年度の10年間で7.5兆ドル(1100兆円程度)拡大する。他方、ハリス氏が公約通りの政策を実施する場合には、同時期の財政赤字は3.5兆ドル(510兆円程度)拡大する。ハリス氏の方が、財政赤字の拡大幅は半分以下との試算結果である。
ちなみに、米ペンシルベニア大学ウォートン校の予算モデルによれば、トランプ氏の政策では赤字額が10年間で5兆8,000億ドル増え、ハリス氏の政策がもたらす増加額は1兆2,000億ドルにとどまる。
期限を迎えるトランプ減税への対応が財政見通しに大きく影響
トランプ政権が2017年に導入した個人所得減税などのいわゆるトランプ減税は2025年に期限を迎える。それへの対応が、財政赤字幅の見通しの差を生む大きな要因だ。トランプ氏は減税を延長し、恒久化することを主張している。それが実現すれば、財政赤字を10年間で5.3兆ドル拡大させる(以下、「責任ある連邦予算委員会」の試算)。トランプ氏の政策による財政赤字拡大見通しの約7割はここで生じるのである。トランプ政権は法人税率を35%から21%に引き下げたが、トランプ氏はさらに15%まで引き下げるとしている。しかしその対象は国内生産をする一部製造業に限られることから、この減税による財政赤字の拡大幅は10年間で0.2兆ドルでしかない。
ハリス氏は、年収40万ドル(約6,000万円)未満の世帯については、トランプ減税を継続するとしている。他方でハリス氏は、キャピタルゲイン課税の税率を現在の20%から28%へ引き上げることを主張しており、その分は財政赤字を縮小させる。ただし、バイデン大統領が掲げる39.6%までの引き上げと比べて、引き上げ幅を抑えている。これは、株式市場への悪影響や金融機関からの批判に配慮したものだろう。
トランプ氏は、中国からの輸入品には一律60%、その他の国からの輸入品には最大で一律20%の追加関税を課すとしている。それは、4.3兆ドルの税収増加、財政黒字要因となる。しかし、関税引き上げ分が国内での製品価格に転嫁されれば、物価高要因になるとともに、個人消費などを悪化させる。そうした経済への悪影響が税収を減らす、という波及効果も考慮すれば、財政黒字要因はかなり小さくなる、あるいは財政赤字要因になることも考えられるだろう。
税制について、トランプ氏はそれ以外に残業代や社会保障給付金の課税廃止、自動車ローンの利息や州・地方税の税控除を提案している。 他方ハリス氏の政策については、歳出増加が財政赤字を拡大させる主な要因となっている。低所得者、子どもへの支援金、住宅購入に対する税控除などだ。
トランプの勝利はスタグフレーションのリスクを高める
米ゴールドマン・サックスは、トランプ氏の政策が実施されれば2025年下期の経済成長率が最大0.5ポイント押し下げられる一方、ハリス氏の政策は成長率をわずかに押し上げるとしている。
著名経済学者のヌリエル・ルービニ氏も「トランプ氏が大統領選で再選されれば、米経済がスタグフレーションに陥る危険が高まる」と警告する。トランプ氏の通商、移民、外交、財政、通貨、金融のそれぞれの政策の組み合わせは、ハリス氏が当選した場合よりもスタグフレーションに陥るリスクがはるかに高い、とする。特に労働市場の悪化をもたらす移民排斥や追加関税の導入は景気の減速につながる、と指摘している。一方でトランプ氏は、中東情勢を混迷させ、原油価格の上昇によってインフレ圧力を再び拡大させることを懸念している。
ハリス勝利で緩やかな株高、ドル高、債券安、トランプ勝利で大幅な株安、ドル安、債券高
ハリス氏、トランプ氏のどちらが勝利しても、財政赤字をより拡大させる方向に働きやすい。また、双方ともに物価高対策の有効性、実現可能性には疑問がある一方、財政赤字の拡大はインフレ要因ともなる。そしてトランプ氏の場合には、追加関税が国内物価を大きく押し上げる。
そのため、双方ともに財政環境の悪化と物価上昇観測から長期金利は上昇しやすいが、その程度はトランプ氏勝利の場合の方が短期的には大きくなると見込まれる。さらに、追加関税の導入は国内経済を悪化させることから、トランプ氏勝利の場合にはスタグフレーションのリスクがやはり高まるだろう。
この長期金利上昇は、短期的にはドル高要因になりうるが、財政悪化を背景にする長期金利上昇はいわば悪い金利上昇であり、多少長い目で見ればドル安要因になり得る。特にトランプ氏勝利の場合には、追加関税の導入によって景気悪化リスクが高まること、米連邦準備制度理事会(FRB)への利下げ圧力を強め、それを通じてドル安誘導を図る可能性があることから、より顕著なドル安となりやすい。
大統領選挙の結果を受けた金融市場の反応は、ハリス氏勝利の場合には緩やかな株高、ドル高、債券安(長期金利上昇)が予想される。一方トランプ氏勝利の場合には、大幅な株安、ドル安が見込まれる。財政の悪化と追加関税による物価高は短期的には債券安要因になるが、景気の悪化が顕著となり、それを受けてFRBの大幅利下げ観測が強まれば、多少長い目で見て債券高要因(長期金利低下)となるのではないか。
(参考資料)
"Economists Say Inflation, Deficits Will Be Higher Under Trump Than Harris(インフレ・財政赤字、トランプ氏再選の方が深刻=WSJエコノミスト調査)", Wall Street Journal, October 15, 2024
「トランプ再選でスタグフレーション 「破滅博士」が警告」、2024年10月11日、日本経済新聞電子版
「2氏の公約、巨額赤字呼ぶ トランプ氏、減税恒久化で1100兆円/ハリス氏は中間層支援で510兆円(米大統領選2024)」、2024年10月9日、日本経済新聞
「トランプ氏とハリス氏、経済政策の違いはどこか」、2024年9月11日、NIKKEI FT the World
「24年度の米財政赤字、コロナ禍以降で最大に 議会予算局が試算」、2024年10月9日、ロイター通信ニュース
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