重複した物価高対策でバラマキ感が高まる経済対策議論
政府は低所得者向けの給付金支給を検討
自民党は先般の衆院選で、できるだけ早期に物価高対策や自然災害対策を盛り込んだ大規模な経済対策を打ち出すことを事実上の公約としていた。しかし、与党が衆院で過半数の議席を失い、経済対策の実施についても国民民主党ら野党の協力を取り付けることが必要な情勢となった。そのため、経済対策の策定、実施の時期は後ずれしている。政府は現在、11月22日に経済対策を閣議決定することを目指している。
キャスティングボートを握る国民民主党は、103万円の壁対策やガソリン税トリガー条項の凍結解除を主張しており、その実施を与党に強く迫っている。103万円の壁対策は基礎控除などを178万円に引き上げる国民民主党案の受け入れを要求し、現時点では譲歩する姿勢を見せていない。与党と国民民主党との協議はなお難航が続く見通しだ。
他方、与党は選挙公約で低所得者を対象とした給付金支給の実施を掲げており、それは経済対策に盛り込まれる可能性が高い。支援対象を住民税非課税世帯以外にも広げることも検討されている。また、この低所得者向けの給付金支給は、「重点支援地方交付金」を活用することが検討されている。
政府は2023年度の対策で、住民税非課税世帯を対象に1世帯あたり合計10万円を支給していた。今回の対策でも同じ枠組みを活用する方向だ。
電気・ガス料金補助金は来年1月に再開か
物価高対策では、10月に3か月の期限が切れた電気・ガス料金の負担軽減策を、経済対策の裏付けとなる24年度補正予算が成立した後の来年1月に再開する方向で議論が進んでいる。年内までだったガソリン補助金の延長も検討されている。
また、エネルギー価格上昇に伴う物価高の克服に向け「安全性が確保された原子力発電は、最大限の活用を進める」とする説明が、経済対策の原案には織り込まれている。エネルギー価格上昇へは、短期的には電気・ガス代の補助などで対応する一方、中長期的には原発活用で対応し、価格抑制につなげる意図があるとみられる。
さらに経済対策には、最先端半導体の量産を目指すラピダスへの重点的な支援などが盛り込まれる方向だ。NTT株といった政府保有株などを裏付けに新しい国債を出し、調達したお金をラピダスなど企業向けの補助金に使うことが検討されている。ラピダスへは2030年ごろまで複数年にわたり支援する予定だ。
衆院選挙後の政治情勢の変化を受けて経済対策の規模はさらに膨らむ方向か
昨年策定された経済対策では、財源の裏付けとなる2023年度補正予算の規模は、一般会計で13.1兆円だった。石破首相はこれを上回る規模の経済対策を実施する考えを示していた。
しかし、衆院選で与党が大敗し、国民民主党を中心に野党の意見を取り入れる中、その規模はさらに大きくなる可能性が高まっている。そして、中長期的な日本経済の成長力の強化につながる政策よりも、短期的に国民受けするような給付金、補助金、減税が中心の「バラマキ」的な性格が強まることが懸念される。
昨年の経済対策では、年末に期限を迎える電気・ガス代とガソリン価格への補助金を今年4月まで延長する施策が盛り込まれたが、その予算規模は1兆1,600億円程度だった。今回も同様の措置が実施されそうだ。また昨年の経済対策では、定額減税と給付金の合計額は5兆1,000億円程度にも達した。
与党が国民民主党の103万円の壁対策案をそのまま受け入れる場合には、7.6兆円程度の規模になるとみられる。また、国民民主党の求めるトリガー条項の凍結解除は、国と地方の税収を1.5兆円程度減らすことになる。
物価高対策は重複が著しいのではないか
ガソリン補助金や電気・ガス代支援には、今まで累計で11兆円超の予算が充てられてきた。それらを延長すればさらに予算は積み増しされ、しかも出口はなお見えない。この施策は、財政負担が大きいばかりでなく、価格メカニズムを歪めてしまうことや、脱炭素や省エネの取り組みに逆行するという大きな問題を抱えている。
物価高対策は、物価高によって特に打撃を受ける低所得者などに限ったものにすべきだ。そうすれば、財政負担は軽減される一方、上記のような問題も大きくならない。しかし実際には、所得制限を設けない形でのガソリン補助金や電気・ガス代支援の延長、トリガー条項の凍結解除が検討される方向だ。また、国民民主党が提案する103万円の壁対策も、高額所得者まで恩恵が及ぶものだ。
これらは物価高対策の名のもとに、多くの政策を重ねて実施する、重複が著しい政策のパッケージだ。これこそが、バラマキ的政策ではないか。
物価高対策は生活弱者に絞る一方、為替の安定確保を
衆院選で政治情勢が変化したとはいえ、経済政策は効果と副作用を慎重に比較考量し、費用対効果の高いものとすることに最大限務めるべきである点は変わらないはずだ。
給付金、補助金、減税では、個人の実質所得の増加率に与える影響は一時的であり、中長期的に所得増加率が高まり、生活が改善していくとの期待を高める施策とは言えないだろう。
経済政策は、日本経済の潜在力を高める成長戦略、構造改革を中心に据えるべきであり、物価高対策は、低所得者など物価高の打撃を特に大きく受ける生活弱者に絞った社会政策と位置付けるべきだ。ただし、成長戦略は、補正予算ではなく本予算で講じるべきである。
ちなみに、為替の安定こそが物価の安定に大きく貢献することから、政府と日本銀行が連携して、過度な円安阻止に取り組むことは重要なことだろう。この点から、日本銀行の利上げを妨げることは、過度な円安修正の妨げとなり、物価高問題をより深刻にしてしまう可能性があることに留意すべきだ。
【参考資料】
「経済対策、低所得者に給付金 電気・ガス補助再開へ」、2024年11月8日、日本経済新聞電子版
「半導体投資で賃上げ定着 経産相、経済対策で重点支援」、2024年11月8日、日本経済新聞電子版
「「物価高克服へ原発活用」 経済対策案、22日にも決定」、2024年11月9日、産経新聞
「政府の経済対策案*電気・ガス代補助再開*低所得世帯に給付金*原発「最大限に活用」」、2024年11月9日、北海道新聞
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