新たな「106万円の壁」対策は企業負担の暫定措置
「106万円の壁」対策で社会保険料負担を企業が肩代わりする仕組み
企業によっては、年収106万円超に達するとパート労働者が厚生年金、健康保険に加入することが求められ新たに保険料負担が生じることから、年収106万円以内に年収を抑えるために労働時間を調整して働き控えをする傾向がある。これが「106万円の壁」問題だ。それは、人手不足問題をより深刻にするとともに、低所得者層の所得改善を妨げてしまう面がある。
厚生労働省は、「106万円の壁」対策の一環として、月8万8,000円以上、年収換算で約106万円とするパート労働者の厚生年金適用要件を撤廃する方針を固めた。これによって「106万円の壁」は無くなり、最低賃金が引きあがっていっても、年収が106万円を超えないように労働時間を短縮するような調整は起こらなくなる。しかし、週20時間以上という労働時間要件は残る。つまり、「労働時間の壁」は残るのである。労働時間を短縮するような調整は起こらなくなるものの、労働時間を増やすことを避ける傾向は続いてしまう。
そこで11月15日に開いた厚生労働大臣の諮問機関である社会保障審議会では、さらに制度の見直しを進め、週20時間以上を超えて働く際に発生する労働者の社会保険料負担を企業が肩代わりする仕組みを整備する方針を固めた。各企業の労使間の合意が前提となる。
手取り減少を政府が補填する仕組みから企業が補填する仕組みに
政府は2023年10月20日に「年収の壁・支援強化パッケージ」を開始した。年収が106万円を超えて厚生年金、健康保険の保険料の支払いが発生し、手取り収入が減少してしまうパート労働者に対して、手取りが減らないような取り組みを行う企業には、政府が労働者一人当たり最大で50万円の支援を行うものだ。ただしこれは2年間の時限措置であり、2025年に終わる。そこで、この時限措置の後継制度とするのが、基本労使で折半する社会保険料を企業がより多く負担することで、労働者の手取りの減少を回避する措置だ。
この措置は、パート労働者の手取りが減らないように、政府が補填する仕組みから、企業が補填する仕組みに変えるものだ。人手不足を解消するために、企業が喜んで負担するケースもあるだろうが、負担できずにこの制度を利用しない中小企業も多く出てくるのではないか。いずれにしても、根本的な「106万円の壁」問題の解決にはならない。
さらに高い「130万円の壁」
厚生労働省の試算では、年収が106万円になると、厚生年金保険料、協力けんぽの健康保険料の合計は約16万円生じ、手取りは約90万円となる。社会保険料の労働者負担は、年収の平均15%程度となる計算だ。106万円の手取りを得るためには、125万円程度の年収になるように、労働時間を増やす必要がある。時間当たり賃金が変わらない場合、労働時間を約18%以上増やすことになる。週20時間働いている場合には、週23.6時間、週5日働いている場合には、一日当たりの労働時間を4時間から4.7時間程度に増やす必要がある。
一方、年収が130万円を超えるとパートの主婦などが扶養を外れ、自ら基礎年金、国民健康保険料を支払うことが求められる。いわゆる「130万円の壁」である。年収の一定割合である厚生年金の保険料とは異なり、基礎年金の保険料は毎月1万6,980円、年間20.4万円となる。これに国民健康保険料を加えると、年収160万円で支払うことになる社会保険料などは年間約30万円となる。106万円の壁で生じる社会保険料負担よりも大きい。
さらに、年収が106万円になって厚生年金保険料を支払えば、将来保険給付を受けることができる。しかし、130万円になって配偶者の扶養をはずれ、基礎年金などの保険料を自ら支払うようになっても、将来の基礎年金の給付額が増える訳ではない。この点から、「106万円の壁」よりも「130万円の壁」の方がより高い壁である。
「第3号被保険者」制度を大きく見直す必要
所得税の支払いが生じる「103万円の壁」も社会保険料に支払いが生じる「106万円の壁」も、労働時間を多少延長することで、手取りを減らすことを回避できる。壁が生じるのは、労働者や企業側が、年収が壁の水準を超えないように調整する慣例が定着してしまっている面も少なくないだろう。また、心理的な壁という側面も強いだろう。こうした点がより認識されることで、「103万円の壁」も「106万円の壁」を一定程度克服することは可能ではないか。
他方、「130万円の壁」の問題を解決するには、専業主婦を前提とした配偶者扶養制度、「第3号被保険者」制度を大きく見直すことが必要である。
年収の壁問題を完全に解消することはできないが、問題を緩和するには、すべての人が公的年金制度、公的医療制度に加入し、自ら保険料を支払うようにしていく必要があるだろう。さらに、「第3号被保険者」を最終的には廃止していく必要があるだろう。
そのうえで、社会保険料を負担できない人、老後に十分な社会保険給付を得られない人をしっかりと支援するセーフティーネットを確立していくことが重要だろう。
(参考資料)
「パート年金保険料肩代わり」、2024年11月16日、日本経済新聞
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