概要
企業の持続可能な成長のために、企業経営におけるサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の重要性が高まっているが、マーケティングにおけるサステナビリティに対する取り組みはまだ模索段階だ。「サステナビリティへの取り組みはコスト高になるだけで売上にはつながりにくい」「日本では海外のようにサステナビリティが購入理由にならないのではないか」という声が少なくない。しかし、企業としてはSXに取り組まなければ持続的成長が難しくなってくるといわれているこの状況下において、まだもう少し先のこと、と悠長に構えている余裕はない。今、日本のマーケティングにおいて、サステナビリティをどう捉え、取り組んでいくべきか。その方針とフレームワークをご提案する。
サステナビリティ・マーケティングの現状
現在の日本においても、多くのサステナビリティに配慮した商品やサービスは存在している。特にプラスチック削減のためのエコ包装や詰め替え商品、紙ストローなどは業界問わずよく目にするだろう。他にも、ファッション、航空事業、インフラ、モビリティ、食品(中でも漁業やコーヒー、チョコレートなど)といったサステナビリティ対応の緊急性が高い業界においてはSXの取り組み自体が早いため、生活者の目に触れることも多くなってきた。
しかし、サステナビリティがそれらの購入動機になっているか、という問いについては、恐らく日本においてはまだNOであろう。表1は、各企業の商品の購入意向がある人に対して、その理由を聴取したものである。企業の商品を選ぶ際の動機として、「サステナブルな取り組みをしているから」は、5%~9%しか影響しておらず、値段やファッション性、手軽さなどと比べるとまだ優先度が低い項目であることがわかる。
表1:各企業の「購入意向あり」の理由(複数回答、%)
出所)NRI「サステナビリティ活動に関する調査」(2024年3月)
サステナビリティ・マーケティングの取り組み方
ではこの現状において、日本のマーケターたちはどのようにサステナビリティ・マーケティングに取り組んでいけばよいのだろうか。我々は、サステナビリティ経営やマーケティングに携わる多くの現場の方々と意見交換をする中で、図1に示す仮説を持っている。
図1:サステナビリティ・マーケティングの取り組みステップ
まず、現時点で取り組むべきは「Step1.サステナビリティ取り組みの認知拡大」と捉えている。サステナビリティが上位の購入動機ではない現時点において、一足飛びに「購入動機にさせよう」と施策を打つことは、サステナビリティへの感度が高い一部の消費者は獲得できたとしても、大多数の消費者を獲得することは難しい。しかし、徐々にサステナビリティに配慮した(せざるを得ない)商品が世の中に増え、かつ、若年層へのサステナ教育が盛んに行われている背景を踏まえると、いずれは「Step2.購入動機=サステナ時代(購入動機としてサステナビリティの優先度が上がってくる時代)」が訪れるだろう。この時代においては「この企業はサステナビリティに以前から積極的に取り組んでいる」という認知ができている企業が有利になることは間違いない。そのために、まず今のマーケティング目標は「取り組み認知」を粛々と進めることが必要であると考えている。
さらにStep1の取り組み認知拡大の方法を整理したものが、図2である。
図2:Step1.サステナビリティ取り組みの認知拡大方法
サステナビリティの取り組み認知拡大における伝達主語は大きく2パターンある。一つは企業名もしくはサステナビリティの取り組み自体の名前(例:ユニクロの「RE.UNIQLO」、サントリーの「Water Positive!」など)を主語として伝達するパターン。もう一つはサステナビリティに配慮している商品やサービスを主語として伝達するパターンである。後者はさらに2つに分類され、サステナビリティ以外の「+αのメリットがある商品」と「+αのメリットがない商品」に分けられる。
「+αのメリットがある商品」とは、スターバックスの「タンブラー部」が代表例だ。タンブラーを持参すると「割引」という+αのメリットが受けられる。他にも、詰め替えボトルも消費者としては「面倒なごみ捨てを減らせる+価格も安い」というメリットがあるパターンだろう。特に「価格」に関する要素は表1の購入理由でも上位に挙がったように購買喚起への影響が高くなることが利点だが、価格以外の購入理由を付与するパターンもありうる。
「+αのメリットがない商品」とは、包装に再生資源を利用している商品やフェアトレード商品などが挙げられる。これらは、サステナビリティであること以外に直接的な消費者へのメリットは小さく、残念ながら値段が高くなるケースもある。
サステナビリティ取り組み認知の効果と仮説検証
では、現時点においてサステナビリティの取り組みは、どの程度購買喚起に対して効果があるのか、データから本仮説を検証していこう。
前提として、サステナビリティのマーケティング効果を調査で測ることは非常に難しい。単純にサステナビリティに関する商品の購入意向を問うようなアンケート調査を行っても、「社会的望ましさバイアス(回答バイアスの一種で、調査回答者が他の人から好意的に見られる回答をする傾向のこと)」がかかってしまい、「サステナビリティに配慮されているから買いたい」と答える人が多く発生する。しかしながら、実際に上市してみると全く売れない、という話をよく耳にする。
そこで我々はバイアスを取り除く独自の調査・分析ロジックを作成し、「サントリー」「ユニクロ」「スターバックス」を事例としたテスト調査を実施した。この3事例を用いて前項の仮説を検証した分析結果を図3に示す。
図3:サステナビリティ伝達主語別の伝達度と影響
出所)NRI「サステナビリティ活動に関する調査」(2024年3月)
本結果によると最も広く認知されているのは「+αのメリットあり商品」であるスターバックスの「タンブラー部」であった。加えて、この取り組みを知っている人と知らない人で「スターバックス」の購入意向を比較した意向リフトを見ると、同じく「タンブラー部」が最もリフトアップしており、相対的に購入意向を押し上げる働きは最も高いといえる。しかし、「サステナビリティに配慮されている」ことによる意向への効果(サステナ効果)は「タンブラー部」が最も低く、現状ではサステナビリティに配慮されていることとはあまり関係なく、購入意向が押し上げられていると解釈できる。
一方、サントリーの「Water Positive!」は、認知率やベースとなる購入意向リフトは低いものの、サステナ効果による影響度が最も高い。つまり、この取り組みは限られたコア層に対して強く刺さる訴求点となっていると考えられる。
この結果から、
- 「企業・取組名」を主語とする場合は、『サステナに配慮している姿勢は伝わりやすいが、認知拡大には時間のかかる“コアファン育成ルート”』
- 「+αのメリットあり商品」を主語とする場合は、『商品購入・サービス利用を通じて、副次的に認知拡大を狙う“売上重視型ルート”』
- 「+αのメリットなし商品」を主語とする場合は、『売上にも一定つながりやすく生活者にも伝わりやすい“バランス型ルート”』
になると考えられる。この3つのルートに各サステナ施策をマッピングし、各社の企業方針や取り扱っている事業に応じて重みを付けていくことで、サステナビリティ・マーケティングの取り組みを整理するフレームワークとして活用できるのではないかと考えている。
あくまで今回取り上げた3つの事例における検証ではあるが、今回我々が考えるフレームワークの有用性を示唆する一つであると考えている。今後は、事例の拡張や調査・分析ロジックのさらなる工夫、有識者やマーケティング実務者との意見交換により、本仮説のブラッシュアップとサステナビリティ・マーケティングにおける方法論の確立に向けて、引き続き取り組んでいきたい。
本調査・分析の詳細結果については、一部ダウンロード版にてご提供しています。ご興味ある方は是非ダウンロードください。また、本取り組みにご関心ある方、ディスカッションしてみたい方などおられましたら、お気軽にお問合せください。
調査概要
調査名 | サステナビリティ活動に関する調査 |
---|---|
実施時期 | 2024年3月 |
対象者 | 関東1都6県在住20歳~69歳男女3,077人 |
調査方法 | インターネットアンケート調査 |
集計方法 | 関東1都6県在住者の性年代人口構成比に合わせてウェイトバック集計 |
執筆者情報
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