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企業における非認知能力の活用の最前線

2024/07/18

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執筆者プロフィール

ITアーキテクチャーコンサルティング部
槇 克久:

大手SIerに入社後、金融系システムの基盤・アプリ構築、運用保守に従事、2008年にNRIに入社。フロント業務変革とそれに伴うアーキテクチャーのグランドデザイン、システム化構想・計画、PMO、アナリティクス、先進動向事例の調査などの支援を多数実施。

はじめに

人間の能力は多岐にわたりますが、大きく分けて二つの種類があります。一つは学力やIQなどで測られる「認知能力」、もう一つは「非認知能力」と呼ばれるものです。非認知能力とは、共感性や粘り強さなど社会生活を通して見える能力であり、認知能力とあわせて人間の行動を支える要素です。これまでは認知能力がテストなどを通して測定され、教育や職場で重視されてきました。しかし、近年では社会に出てから求められる能力として非認知能力が改めて注目されています。
デジタル技術の進歩により、非認知能力を測定・可視化する手法が発展し、企業では人材採用や育成、マーケティングの領域における取り組みが出てきています。本記事では、非認知能力の活用が企業にどのように影響を与えるかを、具体的な事例を通して紹介します。

第1章:なぜ非認知能力が求められるのか

社会に不可欠な非認知能力として、忍耐力、自制心、回復力、楽観性、共感性、社交性などがあります。では、なぜ今、これらの非認知能力が、注目されているのでしょうか。

経済産業省が2022年に策定した「人材未来ビジョン」では、急速な社会の環境変化やデジタル技術の発展に伴い、労働環境も大きく変化しています。これに対応するため、次の社会を形作る若い世代に対して、意識・行動面での能力や姿勢の変革の必要性が言及されています。これまでは、仕事を着実にミスなく遂行する能力が重視されてきました。しかし、これからは、「ゼロからイチを生み出す能力」、「一つのことを掘り下げていく姿勢」、「他者と協働する能力」などが求められるようになるとされています。これらの基礎となる非認知能力が求められています。

さらに、デジタル技術の進歩によって非認知能力を測定・活用する手法が実現しつつあります。これまでの測定方法はアンケートやインタビューが中心で、コストや時間がかかり、主観的な評価に頼らざるを得ませんでした。しかし現在では、画像認識技術やAIを用いて、人間の非認知能力を客観的に分析できるようになっています。

このような背景から、企業活動においても非認知能力の活用が期待されています。これまで企業は、社内外の需要と供給をマッチングさせることによって、企業活動の最適化を図ってきましたが、個人の価値観の変化やニーズの多様化により、需要と供給のミスマッチが起こるようになってきました。これまではデータに基づく統計分析や予測をもとに、認知能力によるマッチングを行ってきましたが、これからは非認知能力も併せて活用することで、個別の対象を深く理解し、その特性やニーズを的確に捉えることで高度なマッチングや意思決定ができます。

具体的な活用例として、忍耐力や共感性を捉えることで、顧客一人ひとりの価値観や嗜好を深く理解するができ、よりパーソナライズされたサービスや商品の提供が可能になります。また、従業員の強みや適性を見極めることで、適材適所の人材配置や能力開発が実現できます。その結果、顧客満足度の向上や従業員のさらなる活躍が期待できるでしょう。

第2章:非認知能力の活用事例

非認知能力を測定し、人材マネジメントと教育支援で活用している事例と、非認知能力を付加したAIペルソナをマーケティングで活用している事例を紹介します。

事例1:人材マネジメント(キナクシス)

カナダのソフトウェアベンダーである、キナクシス(Kinaxis)は、自社サービスを営業・販売するチームの離職率が高いという課題を抱えていました。キナクシスは、サービスや顧客の特性による難易度の高さが長続きしない要因であると考え、同社の営業職に適した人材を見極めるために、人材採用基準に非認知能力の要素を取り入れました。

まず、営業チームの優秀な人材を参考にして、営業職に求められる非認知能力を設定しました。次に、それぞれの非認知能力を測定するためのゲームを作成し、そのゲームを応募者に行ってもらうことで適性を評価しています。ゲームなので、応募者にストレスがかからない状態での非認知能力を客観的に測定することができるようになりました。その後、非認知能力が試されるような状況に直面した場合の考え方を確かめるアンケートを実施し、AIが分析・スコア化しました。ゲームによる客観的評価と、アンケートに基づく主観的な評価を組み合わせることで、応募者の非認知能力を両面から判断しています。そして、最後は非認知能力の評価結果も参考にしながら、人間による面接を通じて総合的に評価し、採用するかどうかを判断しています。

このような採用方法を導入し、入社後の育成にも取り入れた結果、顧客のリピート率が25%増加し、販売量が20%以上増加したと同社は考えています。そして、そのような結果を社内で表彰し、サクセスストーリーとして共有することで、非認知能力を重視する企業文化を醸成し、離職率を10%減少させるという効果が得られました。

事例2:教育支援(KCJグループ×NRI)

2020年度の学習指導要領改定で、社会に求められる能力として非認知能力を育成する方針が示されました。一方で、教育の現場では、先生が生徒一人ひとりを見守る形で非認知能力を評価してきましたが、先生によって評価がばらつく、根拠が明確ではないなどの課題を抱えています。

教育現場におけるこのような課題に対応策を検討するために、NRIはキッザニアを運営するKCJグループと共同で、非認知能力を測定する実証実験を進めています。実証実験では、AIが映像データや音声データから生徒の行動特性を分析し、非認知能力の傾向を測定しました。今回の検証では、他者が「自主性が高い」と判断した人と、AIが「身振り手振りが大きく、発話量が多い」と分析した人との間に相関があることが分かってきました。

行動特性の分析技術が進化していくと、リアルタイムでその場にいる人の非認知能力を測定し、その相手に応じたコミュニケーションをとれるようになるといったことも期待されます。非認知能力は、子供だけでなく、大人になってからでも伸ばせる能力と言われています。子供たちを対象とした教育現場だけでなく、企業においても非認知能力を捉え活用するための取り組みが重要になると考えられます。

事例3:マーケティング(大手ガソリンスタンド企業)

米国の大手ガソリンスタンドチェーンでは、ロイヤリティプログラムの改善に取り組んでいましたが、地域ごとに異なるブランドを展開しているために、マーケティングの調査・検証にコストがかかるという課題を抱えていました。地域によってはアンケートやインタビュー対象者が十分に確保できず、調査が難しいという状況でした。

そこでこの企業では、アンケートやインタビューを、実際の人間の代わりに、顧客を模したAIペルソナに対して実施するというアプローチを採用しました。AIペルソナには、顧客属性として非認知能力もパラメータ化し、ロイヤリティプログラムに関係する非認知能力も設定されています。例えば、新規にロイヤリティプログラムに参加する顧客を想定し、プログラム登録への「寛容度」や登録までの作業時間に対する「忍耐強さ」といった非認知能力も設定しました。

AIペルソナを用いて顧客の考えや行動のシミュレーションを行うことにより、調査対象の不足という課題を解決し、調査コストを削減することにつながりました。AIペルソナを用いたシミュレーションにより、ロイヤリティプログラムへの参加率が20%向上するという試算が出ましたが、一方でAIペルソナの対話品質を維持するために必要なデータの蓄積や、AIによる意思決定に対する顧客の抵抗感といった課題が残りました。

第3章:非認知能力の活用における課題

紹介した事例のように、非認知能力のデジタル活用は、人間の意思決定を支援するツールとして利用可能な段階まで到達しています。しかし、その活用には課題もあります。

AIの活用で既に指摘されている課題は、非認知能力の活用においても同様に当てはまります。具体的には、個人のプライバシーの侵害、データの偏りによる偏見の助長、AIの判断が人間の価値観や倫理観に反する意図せざる判断などのリスクです。これらのリスクへの対応として、コンプライアンスへの対応を前提としつつ、情報の保護・管理のためのセキュリティ、第三者による監査、信頼できるデータを収集・蓄積するためのデータマネジメントが必要と言えます。

加えて、非認知能力の活用においては、人間の安心感を担保する必要があります。非認知能力は、人間の心理特性に深く関わるため、その活用には、従来のAI活用よりも高い心理的な壁が存在すると考えられます。そのため、前述のリスクへの対応策に加えて、人間による最終判断と啓発を重視し、対応策に組み込んでいく必要があります。

第4章:今後の展望

非認知能力は、社会の中で求められる重要な能力です。これまでの人間同士の社会では、顧客や従業員とのマッチングを、人間が自ら情報収集と意思決定をしながら実現してきました。非認知能力の活用が進むと、やがて個人の非認知能力がAIのペルソナに反映され、自分の分身(アバター)のような「個人のデジタルツイン」が、時間や場所にとらわれずにマッチングや意思決定の支援を行うようになると考えられます。これにより、個人の生産性がさらに向上する効果が期待されます。

さらに、この概念が個人から組織へと広がれば、組織や風土もアバター化した世界が実現するかもしれません。最適なビジネスパートナーを、事業内容だけでなく企業の風土を踏まえて自律的にマッチングし、見つけ出し、協業や買収の判断材料にするといったことも可能になるでしょう。

このような社会において、企業が非認知能力を活用して育成する対象は、リアルな人間に加えてバーチャルの人間、つまりアバターにも広がります。日本の人口が減少していく中で、アバターは企業が人的資本を拡張できる手段となりえると考えられます。日本には、職人の技術やモノづくりの品質の高さなど、デジタル化されていない人的資本が多く埋め込まれています。認知能力や非認知能力を含めたこうした人的資本をデジタル技術で開放して、AIで実装していくことで、バーチャルの人的資本を拡張していく取り組みを、ここでは「デジタル人的資本経営」と定義します。将来的には、企業価値は従業員数だけではなく、「デジタル人的資本」の数で測られる世の中になるかもしれません。「デジタル人的資本経営」を推進するには、人間とアバターとのバランスのとれた「安心感」を担保しながら進めていくことが、今後重要になると考えられます。

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執筆者情報

  • 槇 克久

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