サマリー:日・米・中ではこの11年間で「理想」の形が大きく分岐した

  • 野村総合研究所(NRI)は、2025年に日本・米国・中国・ドイツを対象とした「AI利用に関する国際比較調査」を実施した。この調査は各国のAI利用実態およびAI利用に対する考え方の違いを把握することが目的であったが、11年前の2014年に「日・米・中インターネット生活者調査」で聴取していた【生活価値観】【家族観】【消費価値観】【理想の暮らし】【就業価値観】と同一項目を調査することで、日本・米国・中国における11年間の価値観変化を把握できるようにした。この間には2020年に勃発し世界を揺るがしたコロナ禍があり、我々の調査からは、コロナ禍がもたらした「新常態」の姿が浮かび上がっているともいえよう。本稿では【理想の暮らし】について、日本・米国・中国の変化を考察する。
  • 「理想の暮らし」に関するデータは、その社会が生活者に対してどれほど将来への希望や、未来を思い描けるだけの精神的余裕与えているかを如実に映し出す鏡といえよう。その意味で、2014年から2025年の11年間を俯瞰すると、3カ国の生活者が描く「理想の暮らし像」は大きな変容を遂げた。日本が「理想の縮小と現状肯定」を強める一方、米国では家族を守り抜くための「タフな野心・物質的成功」が再燃し、中国では「精神的逃避と個の感性」への渇望が深まっている。

日本:理想を描く余裕の喪失と、現状肯定への着地

図1は日本における【理想の暮らし】の変化を示したものである。日本における「理想の暮らし」の推移をみると、「特にない」という現状肯定が強まるとともに、は、家族の呪縛から解放され「個の自立」を果たしたものの、インフレと経済的停滞の中で「理想を思い描く精神的・経済的エネルギーの枯渇」に直面している姿を映し出している。

図1:2014年から2025年における理想の暮らしの変化(日本)

※「そう思う」「どちらかといえばそう思う」「どちらかといえばそうは思わない」「そうは思わない」の4段階で質問しており、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」の合計を算出している。
※2014年と2025年の割合は小数点以下第2位を四捨五入して表示しているが、両者の差分は四捨五入する前の数値で計算しているため、表示上2025年から2014年を引いた値と合わない場合がある。

出所)NRI「AI利用に関する国際比較調査」(2025年)、NRI「日・米・中インターネット生活者調査」(2014年)

① 「理想がない」層の急増と、高揚感の喪失

最も象徴的なのは、「特にない」(8.9%→16.3%、+7.4pt)の急増である。並行して、「仕事をしつつも、趣味に没頭する生活を送る」(38.8%→29.3%、-9.5pt)や、「自分の技術や感性を活かして、自分にしかできない仕事をする」(20.3%→12.6%、-7.7pt)といった前向きなライフスタイルを描く項目が一斉に低下している。
2025年のデータを詳しく見ると、「特にない」という回答は年収が低い層ほど高い傾向にある(年収100万円未満では35.3%)。一方で、趣味没頭や自己実現といった意欲は、年代や性別を問わず全体的に低調である。「理想の縮小と現状肯定」が強まっているともいえるだろう。
『日・米・中における2014→2025年の生活価値観変化』NRI、2026年4月27日(https://www.nri.com/jp/knowledge/report/20260427_1.html)のなかで、「努力や訓練が必要なことはあまりやりたくない」という日本人が急増(+15.5ポイント)していることを示したが、生活者から「こうありたい」という高い理想を掲げるエネルギーが失われているように見える。

② 「昭和・平成的マイホーム神話」と「環境保護に取り組む余裕」の崩壊

また、「ほどよい利便性を持った郊外で、快適な居住空間を楽しみながら暮らす」(43.8%→29.7%、-14.1pt)が全項目中で最大の急落を見せた。2025年のデータを詳しく見ると、この郊外居住志向は50代・60代といった高年齢層や女性ではまだ3割以上の支持があるものの、若年層や男性では相対的に低い。かつての「標準的な家族モデル」が解体された現在、画一的なマイホーム神話は若い世代を中心にリアリティを失っている。
さらに、「省エネルギーなど、環境にやさしい生活に取り組む」(14.7%→8.6%、-6.1pt)も低下している。こちらも年代別に見ると、若年層の関心は極めて低く、むしろ60代などのシニア層の方が高い。自立した個がインフレ下を生き抜く上で、環境や社会といった「外部の理想」にコストを割く余裕が失われている現実が浮き彫りとなっている。

米国:ワークライフバランスよりも、仕事や私生活を充実させる物質的成功への回帰

図2を見ると、米国ではワークライフバランスや夫婦の家事負担といった価値観は後退し、仕事での出世や都市部でのアクティビティを満喫するといった、「よりタフに稼ぎ、明確な成功を掴み取る」というかつてのアメリカン・ドリーム的な価値観が勢いを増している様子が伺える。

図2:2014年から2025年における理想の暮らしの変化(米国)

※注および出所は図1と同じ

① 「調和」から「競争での勝利とステータス」へ

かつて重視されていた「ワークライフバランスの取れた生活を送る」(44.4%→40.9%、-3.5pt)や、「仕事よりも友達や恋人、家族を大切にする生活を送る」(45.1%→41.8%、-3.2pt)、「男女の区別なく家事・育児を負担する」(23.9%→18.9%、-5.0pt)といった余裕や調和を重んじる項目が軒並み低下した。これらの「調和」を重んじる意識は女性や中高齢層では比較的維持されているものの、社会全体としてのトレンドはダウンしている。
その一方で、「誰よりも仕事に打ち込み、会社の中で出世する」(6.8%→10.4%、+3.5pt)が上昇し、「高級な宝飾品やブランド品を購入したり身につけたりする」(5.2%→9.7%、+4.4pt)や、「高い車に乗り、豪華な家に住む」(8.1%→9.8%、+1.6pt)といった物質的なステータスを求める意識が伸びている。

② 若年層・男性を中心とした「タフな野心」の再燃

2025年のデータをさらに深掘りすると、出世志向や「高級な宝飾品」「高い車」といった物質的成功を求める意識は、20代・30代の若年層および男性で顕著に高い。例えば出世志向は60代の4.1%に対して20代では15.7%に達している。インフレ下において家族という共同体を守り抜くためには、悠長にバランスを語るのではなく、より激しく働き、圧倒的な経済力とステータスを獲得するしかないというサバイバル戦略としての「野心」が、これからの社会を担う若い世代で際立っている。

中国:「ワークライフバランスの諦観」と、「個の感性・精神的癒やし」への渇望

図3に示したように、中国においては、ワークライフバランスや趣味への没頭、仕事よりも家族重視といった価値観が低下し、その反面、自分らしさの追求、精神的な癒やし、自身の感性を磨くことや仕事での出世意欲などが高まっている。

図3:2014年から2025年における理想の暮らしの変化(中国)

※注および出所は図1と同じ

① ワークライフバランスではなく競争への順応

「仕事をしつつも、趣味に没頭する生活を送る」(39.7%→23.4%、-16.3pt)と、「ワークライフバランスの取れた生活を送る」(40.0%→29.8%、-10.3pt)が衝撃的な激減を見せた。一方で、「誰よりも仕事に打ち込み、会社の中で出世する」(11.5%→16.0%、+4.6pt)は上昇している。
2025年のデータを詳しく見ると、出世志向は30代の中堅層で特に高く、趣味没頭やワークライフバランスの志向は若年層を含め全体的に低い水準に留まっている。この背景には、若者が親に依存せざるを得ないほど熾烈な労働環境下において、趣味やバランスを理想として掲げることすら非現実的となり、否応なく競争に身を投じざるを得ない息苦しさが表れているのかもしれない。

② 「個の感性」と「精神的デトックス」への強烈な希求

中国で「内巻」と呼ばれるこのような熾烈な競争環境に対して、その反動も起こっているようだ。たとえば、「自分の技術や感性を活かして、自分にしかできない仕事をする」(16.2%→21.6%、+5.5pt)が大きく上昇したが、これは他者との競争ではなく、自らと向き合い自分を磨きたいという欲求ではないか。また、「地方部や田舎で自然に囲まれながら暮らす」(14.9%→19.4%、+4.5pt)、「美術・建築など芸術作品を鑑賞する」(10.5%→17.8%、+7.3pt)も揃って上昇している。
2025年のデータを見ると、田舎暮らしへの憧れや芸術鑑賞は年代を問わず幅広く支持されており、自分にしかできない仕事への渇望は30代~50代で高い傾向にある。世間体から解放され「個」に目覚めた生活者たちが、都市部での過度な競争から精神的に離脱し、自然やアートの中に「心のデトックス」や「自分らしさの表現」を求める動きが全世代に浸透している。

企業への示唆:価値観変化のパターンは一律ではなくこれまで以上のローカリゼーションが重要

最後にこのような生活者の価値観変化が企業に及ぼす示唆について考えてみよう。社会のリアルが書き換わったこの11年を経て、日米中の生活者が描く「理想の暮らし」のベクトルは完全に異なる方向へと分岐した。グローバル企業が共通して描いていた「豊かで調和のとれた中流階級のライフスタイル」という画一的なビジョンは、もはやどの市場でもリアリティを持たない。価値観についてもグローバリゼーションからローカリゼーションのフェーズに移行しつつあり、ビジネスの観点から言えば、これまで以上にローカリゼーションの重要性が増している。以下、価値観変化を踏まえたマーケティング方針案について記載する。

  • 日本においては、大上段に構えた「輝かしい理想の生活」を謳うマーケティングは、低所得層や若年層を中心とした余裕を失った生活者の共感を得づらくなっている。求められているのは、経済的・精神的なプレッシャーを和らげ、等身大の日常を肯定する「ささやかな余裕や充足感」の提供である。肩肘張らないミニマルな住環境や、生活の「前向きなダウンサイジング(省エネ化)」を支える実利的なソリューションが求められているのではないか。
  • 米国においては、タフなインフレ社会の中で、「野心」や「物質的成功」への欲求が若年層や男性を中心に再燃している。調和や癒しよりも、個人のパフォーマンスを最大化させるための自己投資や、成功を分かりやすく可視化できるステータス消費・ラグジュアリー領域に対して、強気な付加価値提案を行うことが有効なアプローチとなる。
  • 中国においては、世間体から解放された一方で過当競争に身を置かざるを得ない生活者の「自己表現」と「精神的エスケープ(逃避)」が極めて有望な市場となるのではないか。画一的なステータス(モノ)を満たすフェーズは過ぎ、個人の感性を刺激するアート体験や、地方での自然体験といった「心の癒やし」を提供する非日常的な体験価値(コト・精神性)が、新たなプレミアム市場を牽引するだろう。

【ご参考】調査概要

■調査名 「AI利用に関する国際比較調査」
■実施時期 2025年9月
■調査方法 インターネット調査
※各国における実査は、現地での調査資格を有する企業に委託して実施
■調査対象 満15~69歳の男女個人
■有効回答数 日本3,148人、米国3,107人、中国3,147人、ドイツ3,113人
■主な調査項目 生活価値観、家族観、消費価値観、イノベータ度、
就業状況、就業価値観、
個人における生成AI利用状況・利用用途・受容性、
(日本のみ)企業におけるAI活用状況、AI導入の効果・課題、
基本属性
■調査名 「日・米・中インターネット生活者調査」
■実施時期 2014年8月
■調査方法 インターネット調査
※各国における実査は、現地での調査資格を有する企業に委託して実施
■調査対象 満15~69歳の男女個人
■有効回答数 日本3,161人、米国3,115人、中国3,134人
■主な調査項目 生活価値観、家族観、消費価値観、イノベータ度、
就業状況、就業価値観、
消費行動、ICT利用実態、今後利用してみたいサービス、
基本属性

日・米・中における2014→2025年の理想の暮らし像の変化

こちらから本レポートをダウンロードいただけます

全文ダウンロード(PDF:749KB)

執筆者情報

  • 執筆者
    林 裕之
    部署
    マーケティング戦略コンサルティング部
    所属・職名
    チーフコンサルタント
    プロフィール
  • 執筆者
    森 健
    部署
    未来社会・経済研究室
    所属・職名
    室長
    プロフィール

お問い合わせ先

NRI 未来創発センター研究レポート担当