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Beyond GDPとは何か

2026年5月7日、国連から『価値あるものを数える~人々と地球のための進歩の羅針盤~(Counting What Counts: A Compass of Progress for People and Planet)』と題する報告書が発表された。「羅針盤」とはBeyond GDPと呼ばれる、従来のGDPを補完し、社会的・環境的・人間的な進歩を測る指標群のことを指す。

Beyond GDPという概念自体は決して新しいものではない。GDPでは福祉や社会全体の進歩を測定出来ないという課題意識から、過去50年に渡り様々な主体からGDPを補完する、超える指標が考案されてきた。そうしたものは総称してBeyond GDPと言われてきた。例えば、著名なものとして、経済学者ノードハウスとトービンによって1972年に提唱された「経済厚生指標(Measure of Economic Welfare:MEW)」がある。この指標はGDPを出発点として、社会にとって望ましい活動の経済価値を足し、望ましくない活動の経済価値を差し引く、という修正を施したものである。他にも社会福祉に関わる各種統計値をウェイト付けして合成指数化したものや、重要と考えられる指標群をダッシュボード形式で表示したもの等、様々な指標が考案され、こうした知見は現在のSDGsにも繋がっている

このような過去のGDPを補完する指標群の歴史を認識した上で、本稿では冒頭の報告書と直接関連する、現在国連において公式統計指標として検討が進むBeyond GDPについて取り扱う。

国連におけるBeyond GDPの検討は、2021年9月にグテーレス国連事務総長が公表した報告書『私たちの共通の課題(Our Common Agenda)』の中で、「我々は自然を破壊しているのに、それは富の増加としてカウントされている」等として、GDPの問題点が強調されたことから始まった。根底には、三重の危機(気候変動・生物多様性の損失・汚染)と言われるように地球が急速かつ危険な変化を遂げ、国連を中心とする持続可能な開発の重要性が一層高まる中で、その進捗(現在SDGsの枠組みで計測されているもの)を停滞させてしまっている要因の1つがGDPであるとの認識がある。

上記の課題提起を受け、まずBeyond GDPのコンセプトとして『価値あるものを測る(Valuing What Counts)』が提示された。さらに『私たちの共通の課題』で提起された(Beyond GDP以外の多くのアジェンダを含む)ビジョンを具現化すべく2024年9月に策定された『未来のための協定(Pact for the Future)』では、Beyond GDPをコンセプトで終わらせずに具体的に各国の公式統計指標に組み込むことが示された。そして、2025年5月には国連事務総長主導でハイレベル専門家グループ(High-Level Expert Group on Beyond GDP)による検討が始まり、つい先日、今後の政府間交渉及び各国への実装のベースという位置付けで、Beyond GDPの青写真についての報告書『価値あるものを数える~人々と地球のための進歩の羅針盤~』が発表された。

明らかになったBeyond GDPの全容

報告書では、Beyond GDPの核となる指標としてダッシュボード指標群が提示された。ダッシュボードという手法では、次元の異なる様々な社会的・環境的・人間的進歩に関して、単一の合成指標等ではなく、選定された指標群で包括的に把握することを目指している。例えば、車を運転するには、速度計、回転速度計、燃料計等の指標が別々に表示されている必要がある(速度と回転数と燃料残量をウェイト付けした単一の合成指標が表示されていても何もわからないし、速度計単体でも困るだろう)のと同じように、政策決定を行うには、経済的な指標以外に、社会的・環境的・人間的な様々な指標を区別して見ておく必要があるという発想である。

Beyond GDPのダッシュボード指標群は、人々と地球のウェルビーイングを公平で包摂的で持続可能なものにする、という目的の下で構成されている(下図参照)。指標群はドメイン、テーマ、その中の各指標という、階層構造となっている。

図 Beyond GDPダッシュボード指標の構成

出所)United Nations High-Level Expert Group on Beyond GDP “Counting What Counts: A Compass of Progress for People and Planet”を参考にNRI作成

まず、大前提として国連憲章等に基づく平和や人権、さらに地球への敬意といった「ドメイン①根本原則」に関わる指標テーマが設定されている。

次に、ウェルビーイングを「支え合う関係にある人々と地球の状態」として定義した上で、主観的ウェルビーイングや社会的結束、環境の質を測る指標群が「ドメイン②現在のウェルビーイング」として設定されている。これは車で言えば、水温計、室温計、湿度計等を通じて、車体及び人間が共に快適な状態にあるかどうかを把握しているということになる。

そして、このウェルビーイングを将来にわたって維持するため、「ドメイン③持続可能性とレジリエンス」が設定されている。これは、GDP及び「ドメイン②現在のウェルビーイング」で把握される現在の状態(フロー)を良好な状態で維持するために、社会関係資本や自然資本といった資本(ストック)についても管理しなければならない、という理解に基づく。車で言えば、(GDPをスピードに例えるとして)スピードを出したり、快適な温度・湿度を維持したりする際、エンジンや空調が稼働し、当然ガソリンやバッテリーが減少する。こうしたストックを維持管理すること無しに、車を快適に運転し続けることは出来ない。人類社会・地球においても同様に、車におけるガソリンやバッテリー、さらに車体自体に相当するような、様々な資本(ストック)に注目し、維持管理する必要性が高まっている。

また、ここでレジリエンスは、危機やショックに対応し現在と未来を結びつける能力と定義される。2015年から取り組んできたSDGsが、パンデミックやウクライナ戦争といったショックを想定しきれていなかった、それによって停滞してしまった、という理解の下、持続可能性とレジリエンスの2つの側面を同時に認識することで、将来にわたって確実にウェルビーイングを維持していこうという設計である。

同時に持続可能なウェルビーイングは、個人・コミュニティ・国・グローバルといった全てのレベルで分かち合うべきであり、そうでなくては持続可能性が損なわれるため、その状態を測定する指標群として、富の不平等や地域間格差等からなる「ドメイン④公平性と包摂性」が挟まれている。

そして「Beyond 2030 Agenda」へ

以上のように、Beyond GDPでは指標を束ねるテーマ、さらにそれをまとめるドメイン間の関係性が丁寧に設計されている。これは現状、単一指標として強い影響力を持ってしまっているGDPを補完するための第一歩であると同時に、進捗途上のSDGsから学びを得たものでもある。SDGsは17ゴール・169ターゲット・232指標から成る壮大な目標・行動計画だったが、『私たちの共通の課題』においても指摘されているように、システム全体を意識した統合的な変革は進まず、個別ターゲットに焦点を当て、サイロ化されたアクションばかりが行われ、結果、全体の進捗も停滞することとなった。こうした停滞をもたらした他の要因として、GDPが挙げられることは前半で言及した通りである。

Beyond GDPではこうした現状理解を踏まえ、GDPを補完する31の指標群を包括的な構造に落とし込み、システム全体の変革が置き去りにならないような工夫を施すと共に、今までの国際機関・各国におけるSDGsへの投資が活かされるよう、31指標のうち約半数に当たる15指標をSDGs指標から採用している。

このように統計という側面から、SDGsのアップデートが試みられたBeyond GDPだが、SDGsの次の国際目標・行動計画である「Beyond 2030 Agenda」には影響を与えうるのだろうか。

スケジュールから見ると、Beyond GDPの検討は2025-2026年に集中して行われ、その後実装へと進む見込みだ。一方「Beyond 2030 Agenda」の国家間交渉は2027年9月から正式に始まる。時期からして、SDGsを踏まえアップデートを施した指標であるBeyond GDPの知見が活用されるのは確実だろう。また、Beyond GDPの検討を主導している現国連事務総長アントニオ・グテーレスの任期が2026年末までで、2027年1月からは次期国連事務総長が国連及び「Beyond 2030 Agenda」策定を主導することから、Beyond GDPは事務総長の交代時期を繋ぐアジェンダだとも言える。

以上のように、SDGsから「Beyond 2030 Agenda」に向け、あくまで統計という観点からではあるが、Beyond GDPの検討内容も参照されるだろう。特に影響を与えうるものは2点ある。1点目は「人々と地球のウェルビーイング」という統合的なコンセプト、2点目はその中で新たに重視されるようになったテーマ、である。

まず1点目として、(前述の通り)Beyond GDPが、GDP以外の様々な指標群を統合したこと、そしてその統合を「人々と地球のウェルビーイング」というコンセプトによって行ったこと、に注目したい。SDGsは経済・環境・社会のトリプルボトムラインとも整理されるが、策定後も悪化を続ける環境の三重の危機や不平等の問題、経済・社会さらに環境との相互依存性が明らかになったパンデミック等を経て、相互依存する様々な要素を統合的に捉える必要性が高まった。

特にパンデミックは、人間の命・健康といった社会的側面を守るために、経済活動を抑えたということにとどまらず、森林伐採といった人類による生態系の棄損が、コロナのような人獣共通感染症(ズーノーシス)の背景にあると分析されており、経済・社会・環境を結び付けて考える大きなきっかけとなった。

そうした中で、持続可能な開発における焦点は、環境の持続可能性や人のウェルビーイングという各論に寄った視点から、人、コミュニティ、国際社会、自然環境等を統合して、相互に支え合う総体としての「人々と地球のウェルビーイング」というコンセプトへと昇華された。

2点目として、「人々と地球のウェルビーイング」を測定するテーマとして、健康や教育、環境の質といった既存のSDGsテーマ以外に、主観的ウェルビーイング、社会的結束、制度の質が加わったことに注目したい。『私たちの共通の課題』や『未来のための協定』で言及があるように、かねてから社会的分断やポピュリズムの台頭といった動きがあった中で、パンデミックが発生し、不平等の拡大、社会的分断、政府・国際機関への信頼の低下といった影響をもたらした。こうした社会的分断の進行や、公共部門への信頼低下は、各国で政府に対する人々の協力を困難にさせているに留まらず、多国間協調をも危機に陥れている。こうした認識の下、主観的ウェルビーイングや社会的結束、制度の質等を「人々と地球のウェルビーイング」を構成する「価値あるもの」として「数える」ことになった。

以上に挙げた2つの観点は「Beyond 2030 Agenda」でも重視され、場合によって他の要素と合流し昇華されていくと考えられる。一方、『私たちの共通の課題』や『未来のための協定』で言及されているような、AIの正負の影響をどのように捉えガバナンスを効かせていくのか、急速に利用が広がる宇宙空間、特に混雑が問題になっている衛星軌道は、我々にとって重要な資本(?)なのではないかといった視点はBeyond GDPにおいて明示的には組み込まれておらず、統合的な議論が待たれるだろう。

〔謝辞〕
本稿を執筆するにあたり、金沢工業大学 情報デザイン学部教授、Beyond SDGs推進センター所長の平本督太郎氏より、専門的立場から多くのご助言を賜った。ここに記して謝意を表する次第である。

  1. United Nations High-Level Expert Group on Beyond GDP “Counting What Counts: A Compass of Progress for People and Planet”(2026年5月7日)
  2. マーク・フローベイ著、坂本徳仁 訳・解説『社会厚生の測り方』日本評論社出版、2023年
  3. United Nations “Our Common Agenda: Report of the Secretary-General”(2021年9月10日)
  4. United Nations High-Level Committee on Programmes “Valuing What Counts – United Nations System-wide Contribution on Progress Beyond Gross Domestic Product”(2022年8月17日)
  5. United Nations “Pact for the Future, Global Digital Compact and Declaration on Future Generations”(2024年9月22日)
  6. United Nations Environment Programme and International Livestock Research Institute “Preventing the Next Pandemic: Zoonotic diseases and how to break the chain of transmission”(2020年7月6日)

プロフィール

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    磯谷 允亨

    エネルギー産業コンサルティング部

    2023年、東京大学経済学部経営学科卒業。同年、野村総合研究所入社。
    入社以来、コンサルティング事業本部にてGX(グリーントランスフォーメーション)領域を中心に、戦略立案、ルール形成支援、新規事業立案等のコンサルティング業務に従事。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。