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2031年以降の新たな社会契約「A New Eco-Social Contract」

私たちは、変化し続ける社会の中に生きている。AIの急速な進化、地政学リスクの拡大、気候変動、資源価格の高騰や供給の不安定化。こうした変化は、もはや一国や一企業だけで完結する問題ではない。国境を越え、生活や事業活動の前提そのものを揺さぶっている。

このような時代に、社会のあり方を「社会契約」という観点から捉え直そうとする枠組みが、「A New Eco-Social Contract」である。

ここでいう社会契約とは、「人々と政府、地域社会の間で、互いの権利や責任を明確にする合意」のことを指す。「契約」という表現ではあるが、これは実際に結ばれた契約のことではなく、社会が成り立つ仕組みを説明するための考え方のことを示しており、これには法律に限らず、社会的・文化的規範も含まれる。

国連社会開発研究所が提唱するこの考え方は、直訳すると「環境社会契約」になる。その名の通り、21世紀の社会契約では、従来のような国家と市民間の合意に限らず、自然との関係性を含む、著しく不均衡に陥っている様々な関係の再構築といった新たな合意を目指すものである。

これまでの社会は、経済成長、福祉の拡充を軸に組み立てられてきた。一方でA New Eco-Social Contractによる新たな社会契約では、人間中心の発想から一歩進み、環境や将来世代、そして地球上のあらゆる生命に対するケアの権利と義務を明確にする点が大きな特徴である。

この考え方は、国連が公表する未来に関する文書などでも示されており、2031年以降の社会においても重視されていくと考えられる。例えば、ポスト SDGsの前提となる考え方の一つとして取り入れられるなど、その重要性は今後さらに高まると見込まれる。

では、なぜ今、この新しい契約が必要なのか。その背景には、既存の社会契約が機能しなくなり、不平等や環境破壊などが顕在化している現実がある。

20世紀の社会契約はすでに歪みが生じている

そもそも社会契約は、「国家が国民の生命・安全・自由を保障する代わりに、国民は納税や法遵守などの義務を負う」など、国家と個人の信頼関係・合意がベースになる。

20世紀には、この社会契約を実現する「福祉国家モデル」が発展した。このモデルでは、経済成長によって生み出された富を再分配することを重視した。政府は税を集め、年金、医療、教育などの公共サービスを整備する。景気が良くなると、賃金だけでなく、社会保障や福祉サービスも拡充される。この前提が、戦後の社会の安定を支え、平等や機会の拡大にも寄与した。

第2次大戦後、西欧を中心に展開された福祉資本主義は、グローバルノースの多くの市民や、グローバルサウスの一部の人々にとって、教育、医療、社会保障、労働者の権利などを保障するうえで役立った。

しかし、その恩恵はすべての人に等しく届いたわけではない。主に恩恵を受けたのは、大企業などで働く組織化された労働者であり、立場の弱い人や不安定な働き方をする人たちはそこから排除された。また、「男性が稼ぎ、女性が家庭を支える」といったジェンダー不平等も助長された。社会契約の根底にある「すべての国民の福祉、安全、自由、そして人権の保護」という目的を満たすことができないことから、この社会契約は破綻していると指摘されている。

社会契約が抱える問題は、仕組みの破綻だけにとどまらず、対象とする範囲の狭さにも及んでいる。20世紀型の社会契約では、経済成長と生産性向上が重視される一方で、地球の限界(プラネタリーバウンダリー)や環境の視点は考慮されず、大規模な環境破壊を招いた。また、森林、土地、水資源に依存して暮らしてきた農民、漁業者、先住民などが、大企業や権力者による開発の影響を受け、伝統的な土地の権利や生計手段を奪われることもあった。

加えて、この社会契約の問題は、高齢化、グローバル競争などの観点も欠落している。さらに、新自由主義やグローバル化の進展によって、社会保障の縮小、公共サービスへの投資不足、雇用の不安定化も進み、既存の社会契約はより不安定化している。だからこそ今、人々と政府、企業、地域社会の関係を結び直す新たな契約が必要とされている。

A New Eco-Social Contractが問いかける、人間・自然・社会の関係

A New Eco-Social Contractは、不平等を減らし、気候変動や環境破壊を食い止めるために、経済と社会のあり方そのものを変えていこうとする枠組みである。この枠組みが、20世紀の社会契約とは根本的に異なるのは主に以下の7点である。

出所)UNRISD「Eco-Social Contracts for Sustainable and Just Futures」(2026年2月10日)よりNRI作成

A New Eco-Social Contractは、SDGsと目指す先が同じである一方、特に注目すべき観点がある。

一つ目は、「自然のための契約」である。これは、人間を自然の外側に置くのではなく、地球の生態系の一部として捉える観点である。現在のSDGsでは、海や陸の自然を「守る」という表現が中心にある。しかしA New Eco-Social Contractでは、さらに踏み込み、地球共同体を構成するすべての存在との関係を問いかけるものである。

この発想は、大阪・関西万博のコンセプトで言及された「自然中心でも、システム中心でも、人間中心でもなく、『いのち』が輝き循環する、生命中心の未来」にも通ずる。
この観点が広がると、企業活動にも大きな変化が生まれるだろう。例えば、自然を活用した解決策(NbS:Nature-based Solutions)のように、自然との関係の設計が商品やサービスの前提条件になってくる可能性がある。また、既にその兆候は見られているが、自然への負荷を十分に考慮しない商品やサービスは、生活者や取引先から選ばれにくくなる未来も想定される。

二つ目は、「連帯と平和」において、ボトムアップのアプローチが強調されている点である。これまでのように政府や国際機関だけが大きな方針を決めるのではなく、市民社会、企業、研究者、政策立案者、そしてこれまで意思決定の場から遠ざけられてきた人々が参加し、改革のコストと便益をどう分かち合うかを議論する。そのようなプロセスが求められている。

SF作品などでは、「宇宙人のような共通の敵によって地球が団結する」テーマが良く描かれる。これは、わかりやすい「直接的な暴力」に対して共闘するものである。しかし、私たちがこれから立ち向かうのは、特定の誰かを打ち倒すものではない。気候変動、不平等、社会的分断といった、これまでの社会システムそのものに組み込まれた「構造的な暴力」とも言える共通課題である。この複雑で根深いシステム上の課題を解決するために、私たちは立場の違いを超えて団結し、社会のあり方を根本から見直す必要がある。

ここまで見てきたように、A New Eco-Social Contractは「成長の成果をどう分配するか」という従来の枠組みを超え、「何を成長とみなし、誰のために、どのような地球環境の中で社会を築くのか」を問いかけるものである。
この社会システムにおける大きな変革の波は、当然ながらビジネスのあり方をも根底から書き換えていくことになる。2031年以降、企業は「社会貢献」という言葉の枠を越え、環境対応や包摂(インクルージョン)を事業の前提条件として対応していくことが求められる。地球や社会を含むあらゆる対象と、ビジネスの関係をどう結び直すのか。企業経営者には、その問いに答えることが求められていく。

〔謝辞〕
本稿を執筆するにあたり、金沢工業大学 情報デザイン学部 教授、Beyond SDGs推進センター 所長の平本督太郎氏より、専門的見地から貴重なご助言を賜りました。ここに記して厚く御礼申し上げます。

  1. United Nations Research Institute for Social Development” Eco-Social Contracts for Sustainable and Just Futures”(2026年2月10日)
  2. 国連社会開発研究所(United Nations Research Institute for Social Development:UNRISD)

プロフィール

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    中田 舞

    経営コンサルティング部

    京都大学大学院農学研究科修了、2017年野村総合研究所入社。主に企業のサステナビリティ経営推進を専門として、ビジョン策定・経営計画の立案・実行、統合報告書や非財務情報の開示、経営戦略やビジネスモデルに基づく人的資本・自然資本の課題特定と施策強化などのプロジェクトに従事。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。