私たちは現役世代の将来すら見通せていない
2015年に「SDGs(持続可能な開発目標)」が国連で採択されてから10年以上が経った。その間にサステナビリティ(持続可能性)は誰もが知る言葉となり、地球温暖化や生物多様性といった環境のサステナビリティを担保しようとする様々な動きが進んだ。日本政府は2050年までにカーボンニュートラルを実現すると宣言し、多くの企業も同様の目標や2050ビジョンといったものを策定した。
しかし2050年はサステナブルな時間軸と言えるのだろうか。2050年とは、現在40代のビジネスパーソンなら60-70代、現在20代の若者ならまだ40-50代という時間軸である。さらに、いま生まれる子供たちは2100年を越えて人生を送る可能性が高い(下図)。
図 将来世代の時間軸と地球規模イベント

出所)各種公開情報を基にNRI作成
それにも関わらず、未だに「2050年」は長期的な、遠い先のことのように扱われていないだろうか。実際、2050年以降についての国際社会の約束は多くない。これは、2050年以降のことを考えるのが不可能だから、ではない。図にある通り、地球温暖化は、2050年にカーボンニュートラルが実現するかによらず、2100年、さらにその先まで長期的な影響をもたらすと予測されている。また、人口動態について、日本のような人口減少をむかえる国が増える一方で、世界全体では今後50年超にわたり総人口が増え続けると予測されている。このように長期の予測は試みられている。単に、約束がないのだ。
これが、現在のサステナビリティ最大の課題である。サステナビリティという言葉とは裏腹に、私たちは将来世代の幸福どころか、現役世代の将来さえ十分に見通せていない。
どんなことも7世代先のことを考えて決めなくてはならない
「どんなことも7世代先のことを考えて決めなくてはならない」
ネイティブ・アメリカンの一部族、イロコイ族は伝統的に、このような考え方を意思決定に組み込んできたⅰ。7世代先というと、仮に1世代を20年として140年後、現在の2026年から考えると2166年のことである。現在の私たちのサステナビリティとは桁違いの時間スケールを持っている。
人類の歴史を振り返っても、このような考え方は決して珍しいものではない。つい先日、スペインでサグラダ・ファミリア教会の主塔「イエス・キリストの塔」の完成が話題になったが、完成日である2026年6月10日は、設計者アントニ・ガウディの没後100年の命日であり、着工から数えると144年も経っているⅱ。また我が国では、江戸時代、3代将軍・徳川家光が統治の安定を狙って1639年に鎖国体制を完成させたが、これは215年後の1854年まで続いたⅲ。鎖国の結果、当時の日本は近世世界において稀な、戦乱の少ない社会を実現している。このように人類はかつて、個人の人生をはるかに上回る長い時間軸で思考し、社会経済を構築してきた。
こうした現代の人類が失ってしまったとも言える長期思考に「再」注目しているのが「将来世代(Future Generations)」と呼ばれる概念である。
将来世代、つまりこれから生まれてくる世代は、私たち現役世代よりもはるかに多く、今世紀中に生まれる将来世代だけで100億人を超えるⅳ。将来世代の環境と選択肢は、今日の意思決定に依存しているが、私たちは3か年の中期経営計画、四半期の決算報告、年次の政府予算編成といった短期主義に支配され、抜け出せなくなっている。そして短期主義はせっかく登場したサステナビリティの取り組みをも汚染してしまっている。
近年、このような課題意識が国連において共有され、2024年9月、史上初めて、全加盟国のコンセンサスの下で『将来世代に関する宣言(Declaration on Future Generations)』が採択された。本宣言では、各国の政策決定に将来世代のニーズと利益を組み込むことが明記され、さらに国連事務総長による将来世代担当特使の設置も視野に入れるとされたⅴ。
ここで重要なのは、将来世代はサステナビリティと異なる概念ではないということだ。サステナビリティは、(日本政府の提案を受けて開催された)1987年のブルントラント会議で誕生した。その中で初めて「持続可能な開発(Sustainable Development)」概念が提唱され、以下のように定義された。
「持続可能な開発とは、将来世代が自らのニーズを満たす能力を損なうことなく、現在のニーズを満たすような開発のことである」ⅵ
つまり、将来世代は当初からサステナビリティの中核概念であり、この定義は「SDGs(持続可能な開発目標)」を経て、今に継承されている。こうした近接性から将来世代は、真に長期の目標や意思決定を牽引できず、その取り組みも停滞してしまっているサステナビリティという言葉に代わり、前面化、さらにリフレーミング(枠組みの再定義)に使われる可能性が現実味を帯びてきている。このため、SDGsの次の国際目標・行動計画である「Beyond 2030 Agenda」においても、将来世代は重要な概念になると考えられる。
将来世代も若者世代も高齢世代も繋ぐ経済社会へ
では、将来世代が前面化してくると、どのように意思決定が変わってくるのだろうか。意思決定における将来世代のポイントは2点ある。1点目が、先ほども触れた、長期思考(Long-term thinking)。そして2点目が世代間衡平性(Intergenerational equity)である。
1点目の長期思考は、意思決定の時間軸を、現在主流となっているような1年、3年、10年から、30年、50年、さらに100年にまで拡張することを意味する。長期思考の導入が進むと、投資の社会的リターンやインパクトといったものが、より把握されやすくなるだろう。さらに長期思考は「サイロ化」を防ぐことにも寄与する。現在のサステナビリティでは、気候変動、生物多様性、ジェンダー平等、貧困対策といったものがテーマごとに取り組まれ(サイロ化し)、テーマ間でトレードオフが発生し、結果サステナビリティ全体の進捗をも停滞させてしまっている。ここに長期思考を取り入れて、50年後の経済、社会、環境を見据えた意思決定をするとなると、上記のテーマを横断的に捉える必要が出てくるので、自然に、トレードオフを解消し、シナジーを生むような議論が行われるだろう。
2点目の世代間衡平性では、将来世代だけではなく、今を生きる若者世代、高齢世代といった様々な世代の利益をどうバランス(衡平)させるのかが重視される。高齢化が進む先進国では、高齢世代と若者世代の間で社会保障負担の不均衡が起こっており、また1人1票で成り立つ民主主義の「シルバー化」が指摘されている。一方、若者世代の多い発展途上国では、教育投資が不十分であり、この不利が生涯累積する可能性が懸念されている。こうした若者世代を含む世代間格差は、次の若者世代となる将来世代に継承されるため、根本解決のためには全ての世代を考慮に入れた世代間衡平の実現が求められる。とはいえ、世代間衡平性は「全世代に潤沢な投資を」といった荒唐無稽な概念ではない。世代間の格差は、幼少期や就労期といった人生の移行期の環境に強く依存するため、そうした人生の移行期に対し教育や医療等の資源を重点投下するような的を絞った政策・ビジネスが重視されるようになるだろうⅶ。
もちろん、市場の短期主義やシルバー民主主義の根は深く、まだ見ぬ将来世代の声を意思決定に反映させるのは容易ではない。しかし、変化の兆しも見え始めている。先述の『将来世代のための宣言』を踏まえ、2026年3月、欧州委員会は『世代間公正戦略(Strategy on Intergenerational Fairness)』を発表した。これは将来世代の概念をEUの政策決定に組み込もうとする野心的なもので、世代間公正指数(Intergenerational Fairness Index)や未来リテラシー政策形成ツールキット(Future Literacy Policymaking Toolkit)といった具体策も盛り込まれたⅷ。また、高市政権は総合経済対策の中で「(中略)いま必要なのは、将来世代への責任を果たす「責任ある積極財政」である。」と、明確に将来世代に言及しているⅸ。
このように将来世代は停滞するサステナビリティを、長期思考と世代間衡平性という視点から、再建する可能性を秘めている。将来世代の主流化を前に、今こそ本質的なサステナビリティを問い直す時ではないだろうか。
- ⅰローマン·クルツナリック著、松本紹圭訳『グッド・アンセスター』あすなろ書房、2021年
- ⅱ日本経済新聞「サグラダ・ファミリア教会の主塔完成 ローマ教皇「戦争助長できない」」(2026年6月11日)
- ⅲ佐藤信、五味文彦、高埜利彦、鳥海靖 編『詳説 日本史研究』山川出版社、2017年
- ⅳUnited Nations “Our Common Agenda Policy Brief 1: To Think and Act for Future Generations”(2023年3月9日)
- ⅴUnited Nations “Pact for the Future, Global Digital Compact and Declaration on Future Generations”(2024年9月22日)
- ⅵWorld Commission on Environment and Development “Our Common Future”(1987年10月)
- ⅶWorld Health Organization “Framework to implement a life course approach in practice”(2025年7月3日)
- ⅷEuropean Commission “Strategy on Intergenerational Fairness”(2026年3月5日)
- ⅸ内閣府『「強い経済」を実現する総合経済対策~日本と日本人の底力で不安を希望に変える~』(2025年11月21日閣議決定)
プロフィール
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磯谷 允亨のポートレート 磯谷 允亨
エネルギー産業コンサルティング部
2023年、東京大学経済学部経営学科卒業。同年、野村総合研究所入社。
入社以来、コンサルティング事業本部にてGX(グリーントランスフォーメーション)領域を中心に、戦略立案、ルール形成支援、新規事業立案等のコンサルティング業務に従事。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。