「文化」が、SDGsの新たな目標に?!
「文化」が、2031年以降のSDGsの新たな目標として加わるかもしれない。
そう聞くと、少し意外に感じる人もいるかもしれない。現行のSDGsのテーマを並べてみると、貧困、飢餓、不平等、気候変動といった、いかにも切実かつ世界規模で解決すべき課題が並んでいる印象が強い。
その横に「文化」を置いてみる。貧困、飢餓、健康、環境、そして文化。
こうして見ると、少し不思議に感じる一方で、場違いでもない気もしてくる。文化も、切実かつ世界規模で取り組むべきテーマなのだろうか。なぜいま「文化」がSDGsと結びつけて語られているのだろうか。
文化をグローバルの公共財として捉える時代へ
文化に関する議論は、40年以上前から続いている。
文化に関する中心的な議論の場の一つが、UNESCOが主催する国際会議「MONDIACULT(文化政策と持続可能な開発に関するUNESCO会議)」である。MONDIACULTは、世界各国の政府関係者や文化に関わる人々が集まり、文化に関するグローバルなアジェンダを議論する国際会議である。
最初の会議は1982年にメキシコシティで開催された。その後、1998年のストックホルムでの会議、2022年のメキシコシティでの会議を経て、2025年にはバルセロナで開催された。
1982年の会議では、「社会または社会集団を特徴づける精神的、物質的、知的、感情的な特質のセットi」と定義された。少し難しい表現だが、これはつまり、文化とは芸術や伝統芸能だけを指すものではなく、人々の価値観、生活様式、言語、表現、そして社会のあり方そのものに関わる広い概念である、ということである。
文化の捉え方は、その後の議論を通じてさらに進展していく。2022年の会議では、文化を「グローバルな公共財(global public good)ⅱ」と位置付ける宣言が採択された。公共財とは、特定の誰かだけのものではなく、多くの人が共有し、そこから恩恵を受けられるものを指す。本宣言に関連して、当時のUNESCO事務局長補佐であるエルネスト・レナト・オットーネ・ラミレス氏は以下の考え方を紹介している。
(以下はラミレス氏のコメントをNRIが仮訳、再解釈しポイントを示したもの)
- 文化は、私たちの過去と現在のルーツ、未来への展望を定義するものです。過去から受け継がれ、現在を支え、未来への道筋を示してくれます。
- また、文化は尽きることのない再生可能な資源です。変化の激しい時代においても、人々が想像し、創造し、革新する力を生み出す源泉であり、人類にとって最も強力なグローバルな公共財(global public good)だと言えます。
- 元国連事務総長ハビエル・ペレス・デ・クエヤル氏が述べたように、文化はそれ自体に価値があり、私たちの生きる意味を支えるものでもあります。今の時代、私たちはこれまで以上に、生きる意味を見出すことや、人々をつなぐ共通の価値を必要としています。その土台となるのが、多様な文化の存在・営みです。
例えば、地域の祭り、言語、建築、音楽、食、物語、記憶は、その土地で暮らす人々のアイデンティティや誇りを支えている。一方で、文化はその地域だけに閉じたものではない。国境を越えて人々に伝わり、共感や学び、新しい対話を生み出すこともある。
だからこそ文化は、人間らしく生きることを支え、人と人とのつながりを育てるものとして、これからの社会をつくるために欠かせないものとして捉えられる。
文化をこれからの社会の礎に据え直す
また、2022年のMONDIACULTでは、文化をポストSDGsの「独立した目標」として位置づけるべきだ、という考え方が示された。
2025年の会議では、この議論がさらに一歩進んだ。文化は気候変動対策や貧困削減からジェンダーの平等、デジタル包摂、危機後の復興に至るまで、SDGsの全ての領域に貢献するものとして、経済的、社会的及び環境的側面を支えており、現代の複雑な課題に対処するために不可欠である、と示されたⅲ。
さらに、国連が2021年に発表した報告書「Our Common Agenda(私たちの共通の課題)」を参照すると、文化の捉え方がさらに引き上げられており、「Global Commons」(世界の全員が共有し、恩恵を受けている)資源として、自然資源と並ぶものとして示されている。このことからも、社会基盤としての文化の重要性がさらに高まっていくのではないかと推察される。
しかしながら、これほどに注目の高まる文化の領域では、2019年に発生したコロナウイルスによるパンデミックによって、観光業の完全な停滞、文化財の略奪、文化分野における雇用の非正規化、芸術家の地位や博物館・文化機関のビジネスモデルの不安定さ、デジタル格差、そして文化コンテンツへのアクセス格差など、数多くの問題点が浮き彫りになった。同時に、インクルージョンから教育、ウェルビーイング、レジリエンス、平和構築に至るまで、人間の発展のあらゆる分野における文化の影響が見えてきたなかで、文化が切実かつ地球規模で取り組むテーマとして重要性が増していると考えられる。
一方で、文化を「何かを達成するための手段」としてだけ見るのではなく、「文化そのものにも守られ、育まれるべき価値がある」と認識することの重要性も強調された。
地域の祭りや方言、伝統工芸、音楽、食文化は、観光資源として注目される。しかし、それらは単に経済効果を生むためだけに存在しているわけではない。そこには、その地域で生きてきた人々の記憶や誇り、価値観などが刻まれている。
人が自分の言葉で語り、記憶や表現を受け継ぎ、多様な価値観の中で自分らしく生きること。文化は、そうした営みそのものを支えている。だからこそ文化には、経済や社会を動かす力だけでなく、人間らしく生きるための土台としての価値がある。
この視点に立つと、ポストSDGsの目標に文化が加わるかもしれないという議論は、単に目標が一つ増えるという話ではない。経済成長や環境保護だけでは捉えきれない、人間の営みそのものを、持続可能性の中心に置き直す試みだと言えるのではないか。
また、これからは、政府や企業も経済合理性や環境配慮だけでなく、その活動が人々のアイデンティティや文化の豊かさを支え、多様な生き方や価値観を守り育てているかという視座からも注目されてくるのではないか。
- ⅰUNESCO “World Conference on Cultural Policies: final report”(1982年11月)より原文“the set of distinctive spiritual, material, intellectual and emotional features that characterize a society or social group”をNRI仮訳
- ⅱUNESCO “Culture: global public good”(2022年7-9月)
- ⅲUNESCO“UNESCO Global Report on Cultural Policies |Culture: The Missing SDG”(2025年9月)
プロフィール
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中田 舞のポートレート 中田 舞
経営コンサルティング部
京都大学大学院農学研究科修了、2017年野村総合研究所入社。主に企業のサステナビリティ経営推進を専門として、ビジョン策定・経営計画の立案・実行、統合報告書や非財務情報の開示、経営戦略やビジネスモデルに基づく人的資本・自然資本の課題特定と施策強化などのプロジェクトに従事。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。