&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

効率化の果てにある都市・地域の「孤独」とSDGsの足踏み

2015年に国連で採択されたSDGsは、環境や社会に関する多様な課題を世界の共通言語へと引き上げることに成功した。しかし、2030年の達成期限が目前に迫る現在、その進捗は決して芳しいものではない。国連の最新報告によれば、多くの目標が停滞、あるいは後退すらしている状況にある。さらに昨今では、世界各地で紛争や地政学的緊張が再発し、人々の安全と日常が脅かされる中で、SDGsというテーマ自体が後景に追いやられつつある現実も存在する。SDGsの16番目の目標でもある平和という土台がいかに脆く、一瞬の情勢変化で生活や社会基盤が吹き飛び得るかを、私たちは突きつけられている。

なぜ、これほどまでに「サステナビリティ」が叫ばれ、最先端の省エネビルや環境配慮型住宅などが建設されているにもかかわらず、社会の分断や環境破壊は止まらないのだろうか。その根本原因は、現代の経済システムや都市開発が、人間の本質的な幸福や地域の生態系から切り離された状態にあるからではないだろうか。テクノロジーによる効率性と利潤の最大化だけを追い求めた結果、都市や地域での生活は便利になったが、人間らしい温もりや、コミュニティが本来持っていた相互扶助のネットワークを失い、経済的・社会的な不平等を深刻化させてしまっていないだろうか。

こうした懸念を打破すべく、現在本格化している2031年以降の「Beyond 2030 Agenda(Post SDGs)」の議論において、最も強く意識されているキーワードの一つが「社会実装」である。そして、この壮大なグローバル目標を社会実装するための最前線となるのが、私たちが日々の生活を営む「都市」や「地域」であり、その空間を形作る「不動産」や「まちづくり」の領域なのだ。

SDGsの停滞要因と「ローカライゼーション」へのシフト

なぜ、現行のSDGsは現場での実践が伴いにくいのか。G20などの国際機関の議論では、その停滞要因として「目標の縦割り化による全体最適の欠如」や「GDPに偏重した経済構造」とともに、「ビジョンが壮大すぎること」が指摘されている。地球規模の気候変動や貧困撲滅といった巨大なアジェンダは、国や大企業のレベルでは方針に掲げやすい反面、個人の生活や地域社会の現場のアクションに落とし込むには距離がありすぎるのだ。

そこでPost SDGsに向けた新たなアプローチとして重視されているのが、国際目標を「地域の文脈を踏まえて再定義」すること、すなわち「ローカライゼーション(地域への落とし込み)」である。グローバルな課題解決の処方箋は、世界共通の画一的なものである必要はない。それぞれの地域の歴史、風土、経済状況、そして住民のニーズに合わせて目標を翻訳し、自律的に実装していくプロセスこそが求められているのではないだろうか。

「恐怖」から「希望」へ:共創を生み出す都市の役割

ローカライゼーションを進める上で、人々の行動を促すための「動機づけ」も大きく見直されている。これまでの環境問題の文脈では、「このままでは地球が滅びる」「気候正義に反する」といった危機感や恐怖感を煽るアプローチが主流であった。しかし、過度な危機感はかえって人々に無力感や心理的な疲弊をもたらしかねない。そこで、Beyond 2030 Agendaの検討では、「恐怖ではなく希望による前向きな行動変容」が重要視されている。

人間の感情や行動科学の見地からも、状況認識を「利己的なゼロサムゲーム(パイの奪い合い)」から「全員が利益を得られるパイの拡大(ポジティブな共創)」へとシフトさせることが、社会変革に寄与する「希望」の創出につながるとされている。

そして、この「希望」を具体的に育むためには、多様な人々が集い、共通の課題を可視化し、システム思考を取り入れて協働できる「安全な対話の場」を地域社会に設けることが不可欠だ。国際社会の分断や地政学的リスクが高まる時代だからこそ、暴力や分断に与しない対話の拠点であり、有事においても相互に助け合えるコミュニティの存在は、社会の平和を足元から支える防波堤となるだろう。不動産や都市開発の役割は、単なる物理的なインフラ整備や床面積の供給から、人々のつながりや共感を育むコミュニティ基盤の構築へと根本的にシフトしている。地域住民や多様なステークホルダーが共に考え、解決策を生み出す「共創型サードプレイス」のデザインこそが、これからのまちづくりの本質的な価値となるのではないだろうか。

日本企業の実装力と現場起点の強み

グローバルな課題をローカルな文脈に落とし込み、現場起点で改善を積み重ねていく力は、実は日本企業が歴史的に最も得意としてきた領域である。カイゼンや現場主義に代表されるように、現場の声を拾い上げながら細やかに仕組みを構築し、制度・地域・技術・生活文化を組み合わせて複数の課題を統合的に解決するノウハウを、日本は豊富に持っている。

特に日本は、超高齢化や労働力人口の急減、地方の過疎化といった課題に世界で最も早く直面している「課題先進国」である。だからこそ、介護を家族の私的負担から社会全体で支える仕組みへと移行させた介護保険制度の経験や、人と自然の相互作用を重んじる里山・里海の精神性といった日本の知見は、これからの世界が直面する課題を解き明かすための貴重な先行モデルとなり得るだろう。

グローバルな指標をただそのまま輸入するのではなく、日本の現場が培ってきた「調和」と「細部の構築力」をベースに国際目標を地域社会へと翻訳していくこと、それこそが真のローカライゼーションの本質ではないだろうか。

ハコの供給から持続可能な「生活システム」の構築へ

Beyond 2030 Agendaの時代、不動産事業や地域ビジネスは、単に建物を建てる産業から、多様なエコノミー(経済圏)を地域社会に根付かせ、持続可能な「生活のシステム」そのものを構築する産業へと進化していくのではないだろうか。

その際、ビジネスの担い手自体も、単なる「利益第一主義(For-profit)」の枠組みを超え、市場で自立しつつも地域の社会・環境的目的の達成をDNAに組み込んだ「公益志向(For-benefit)」の組織体へと緩やかにシフトしていくことが予想される。また、成功の測定基準も、単なるGDPや地価の上昇から、地域のレジリエンスや暮らしの質を多面的に測る「OECD Regional Well-Being(地域ウェルビーイング指標)」や「Thriving Places Index(地域繁栄指標)」のような、ローカルなウェルビーイング指標へと多様化していくだろう

国際目標のローカライゼーションを通じた、日本発の「希望に満ちた社会実装の形」は、次世代のグローバルスタンダードとして世界に提言できるものではないだろうか。今こそ、それぞれの企業が自らの足元にある「地域」の価値を再定義し、新しいまちづくりの姿を世界に向けて発信していく時ではないだろうか。

  1. GALERI (Global Alliance for Life Economies Research and Innovation) (2024)” Leveraging Life Economies: To Address the Root Causes of Inequalities and Environmental Degradation”
    https://www.life-economy.org/post/leveraging-life-economies-to-address-the-root-causes-of-inequalities-and-environmental-degradation

プロフィール

  • 谷山 智彦のポートレート

    谷山 智彦

    政策・戦略研究室

    2002年慶應義塾大学総合政策学部卒業、2004年同大学大学院修士課程修了、2010年大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。2004年に野村総合研究所に入社後、主に不動産・インフラ分野に関する調査研究及びコンサルティング業務に従事。2017年11月よりビットリアルティ株式会社(現:KDX STパートナーズ株式会社)の取締役に就任し、2020年3月より同社取締役副社長として不動産分野におけるデジタル戦略を推進。2023年4月より未来創発センターに所属し、2025年4月よりシニアチーフリサーチャー(現職)。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。