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ビジネスになじみの薄い「ケア」が社会を捉えるキーワードになる

2030年のSDGs目標年を越えた2031年以降、「ケア」が重要なテーマになると言われても、少し拍子抜けするだろう。
最近よく耳にするAIとか宇宙とか、GX(グリーントランスフォーメーション)なら納得できる。

多くのビジネスパーソンにとって、「ケア」と聞くと医療や介護を思い浮かべるだろう。また、福祉に近い領域を連想し、自分の仕事とはやや距離のあるものとして受け取るかもしれない。

しかし国際的には、ケアは医療や福祉に限られた言葉ではない。むしろ近年は「社会を維持・継続・修復する行為」として、社会を成り立たせる基盤の観点から捉えられ始めている。その意味でケアは、社会の持続可能性やレジリエンスを支える観点として、Post SDGsにおいて存在感を増していくだろう。

「ケア」は、社会を維持し修復する営み全体を指す

そもそも「ケア」とは何を指すのだろうか。現在のSDGsでは、ケアは女性に偏りがちな無償労働(育児・介護など)、健康や医療の側面に言及されてきた。

実際に日本でも家庭内のケア労働の偏りは指摘されている。少し前のデータになるが、総務省が2021年に実施した「社会生活基本調査1」によれば、家事・育児などの無償労働の時間は、1週間あたり女性が236分、男性は79分であった。女性の無償労働の時間は男性の約3倍である(一方、男性の仕事時間は、女性の約1.4倍であった)。

ふだんは経済活動として見えにくいが、コロナ禍で保育園や学校などのケア関連の社会サービスが止まったとき、その負担が家庭に集中した。賃金が支払われないため見過ごされがちだが、誰かが担わなければ、ほかの家族は働き続けられない。ケアが社会を支える土台になっていることが、コロナ禍にはっきりと可視化された。

もちろん、こうした無償労働や健康の問題は今後も重要である。
ただ、近年は、ケアをもっと広く捉える見方に焦点が当たっている。国連のレポート2では、ケアは「私たちの世界を維持し、継続し、修復するために私たちが行うすべてのことを含む活動」と定義されている(下図)。近年、少子高齢化、人手不足、気候変動、災害などの課題が重なってきているなかで、これからは継続する、支え続けられることが社会や事業の条件として重要になっていくだろう。これらの状況を踏まえて、社会の継続や回復力の側面を捉える「ケア」の視点は重要になってくると考えられる。

ただ、ここまで定義が広がると、「少し広げすぎではないか」と感じるかもしれない。だが、ケアはもともと狭い意味の言葉ではない。「広辞苑」(第七版)において「ケア」は、「①介護。世話」「②手入れ」という意味をもつとされる。また、多くの論者がケアに関する議論で引用するメイヤロフの著書「ケアの本質」においては、「一人の人格をケアすることは、最も深い意味で、その人が成長すること、自己実現することをたすけることである」と示されている。
このように、元々ケアは、人を支え、関係を保ち、暮らしを成り立たせる営みとしての意味を持っていたが、特にビジネスの文脈においては医療・福祉などの産業分野に落とし込まれて語られるなかで、“狭い”意味で認識される傾向にあったと推測される。そして近年は、そもそも持っていた意味合いが、あらためて前景化していると言える。

この見方に立つと、ケアの射程は大きく2つの点で広がる。1つは、対象が人だけに限られないことだ。地球環境やコミュニティ、関係性まで、ケアの視野に入ってくる。もう1つは、ケアが単なる「助ける」にとどまらないことである。誰かを一時的に支えることだけでなく、尊厳や自律を保ちながら社会に参加し続けられる状態を支えること、つまり、より自律性のサポートに焦点を当てたものになる。

こう考えてみるとケアは、人や関係や暮らしが続き、傷んだものが回復し、再び社会に参加できる状態を支える営みとして、社会経済の基盤そのものを捉える概念に近づいていく。もちろん何でもケアに含まれるわけではない。焦点となるのは、あくまで人や関係や暮らしの維持・継続・回復に関わる行為や仕組みである。

図:これからのケアのとらえ方の拡大

出所)United Nations「TRANSFORMING CARE SYSTEMS」(2024年7月)、UN Women「Unpacking the care society: Caring for people and the planet」、各種公開資料よりNRI作成

企業が向き合う顧客課題そのものが、“ケア化”していく

この視点から企業の商品やサービスを見直すと、向き合うべき顧客課題も変わってくる。たとえば日本では高齢化が進むにつれ、健康、予防、見守り、移動、食、住まい、金融といった領域は切り離せなくなっていく。個別の機能を提供するだけでは足りず、課題そのものが「どう生活を支え続けるか」へと近づいていくからだ。

その結果、ケアに関わる産業も、従来の医療・福祉の枠にとどまらなくなる。たとえば車いすは、単なる福祉器具を超え、デザイン性の高さで自律的な外出や社会参加を促す次世代モビリティとしての価値が重視されうる。ほかにも、身体的な制約があっても遠隔操作で働き、自分の「役割」を獲得できるようにするテクノロジーや、認知機能が低下しても本人の意思や尊厳に沿って資産を使い続けられる金融サービス、慣れ親しんだ自宅での長い一人暮らしを支えるスマート住宅などが注目されうる。ケアの観点の重要性が高まることで、あらゆる産業において、「商品を売ること」そのものではなく、その人が自律性と尊厳を持って「自分らしい暮らしや社会参加を続けられるか」という価値設計が重要になってくるのではないか。

2031年以降に注目されるのは、効率だけを追う事業よりも、こうした人の生活の持続や回復を支える発想を持つ事業だろう。ケアは、福祉の周辺にあるやさしい付属物ではない。次の時代に、企業がどんな価値をつくるのかを問い直す中心的な視点になっていくのではないか。

  1. 1総務省統計局「令和3年社会生活基本調査結果」
  2. 2United Nations「TRANSFORMING CARE SYSTEMS」(2024年7月)

プロフィール

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    中田 舞

    経営コンサルティング部

    京都大学大学院農学研究科修了、2017年野村総合研究所入社。主に企業のサステナビリティ経営推進を専門として、ビジョン策定・経営計画の立案・実行、統合報告書や非財務情報の開示、経営戦略やビジネスモデルに基づく人的資本・自然資本の課題特定と施策強化などのプロジェクトに従事。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。