日系企業のアジア・アセアン地域進出の現状
日本貿易振興機構(JETRO)の海外進出日系企業実態調査※1によると、アジア・アセアン地域において回答した企業の45.5%が、今後1~2年は事業展開を「拡大」していく方針と回答しています。コロナ禍の2020年は、同様に回答した企業の割合が過去最低の36.7%だったことを考えると、大きく回復したと言えます。
コロナ禍は、物理的に海外に行くことが非常に難しい状態であったため、経営層が現地に足を運び、自らの目で確認をするといった管理手法を取ることができませんでした。結果、必然的に注目を集めたのが「経営の見える化」という概念です。地理的に離れた拠点間でも、リアルタイムで経営状況を把握し、迅速な意思決定を行うことの重要性がこれまで以上に認識されるようになったのです。また多くの経営層が、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を、大きな経営課題として掲げるようになりました。これは単なるIT化ではなく、デジタル技術を活用して企業の事業モデルや組織を根本から変革し、競争力を高めていく取り組みです。
このような背景から、世界中のあらゆる拠点の経営状況をリアルタイムで把握し、意思決定の迅速化を助けるデータ基盤の構築が、企業の喫緊の課題となっています。
データ基盤構築には、まずデータを集める土台となる基幹システムが必要不可欠です。しかし、長年アジア・アセアン地域を担当してきた筆者の経験上、その基幹システム自体の導入・活用・定着具合はまだ経営層の理想とは遠い状況にあると感じています。日次レベルで販売状況や生産・在庫の実態を把握し、活用できている企業は、少数派と言えるでしょう。本社主導で海外を含めたIT戦略を策定している企業においても、現地での情報システム導入やその後の保守まで、本社がしっかりとサポートしている企業となると、その数はさらに減ります。日本の本社からトップダウンで指示は降りてくるものの、導入作業は現地主導になっているというケースもよく聞きます。
基幹システムの導入においては、本社からの要件はもちろんのこと、現地の要件も理解した上でシステムに組み込んでいく必要があります。しかし、現地側でプロジェクトを推進する主担当者は、大抵の場合本社からの出向社員であり、経理や総務、営業、技術部門などの業務経験者ではあるものの、システム導入の経験者は少ない印象です。
また導入予算自体を現地側が負担することが大半※2で、本社に比べ、厳しい予算制限があることもよくある話です。これらの要因が積み重なり、現地の担当者が進むべき方向性を失ったまま、現地ローカルスタッフに依頼、その結果、戦略に合致しないツールが採用されることや、暫定的に使用することを目的としたExcelでのマニュアル運用がいつまでも変えられない状況に陥ることもあります。
一方で、本社が指定する共通化されたマスターデータを使用し、必要なインターフェースファイルを入出力できる基幹システムでも、そのシステムが各国の業務フローや将来的な業務拡大を十分に考慮したものになっていないということもあります。構成自体が現地ローカルスタッフの努力に頼ったもので、本社の求める冗長性・拡張性を満たしておらず、後付けで対応が必要になるなど非効率なものとなってしまっているといった話も少なくありません。
海外特有の外部要因について
基幹システムおよびデータ基盤構築を阻害する海外特有の外部要因としては下記が挙げられます。
1. 言語の壁
国によっては英語が通じない、ある程度通じる国でもエンドユーザーとなると英語が話せないことが多い。
2. 文化の違い
地域、ないしは国に固有の仕事の進め方、意思決定プロセス、ビジネスエチケット等がある。また、国民性の違いから、仕事に対する考え方の違いが生まれることもある。
3. 法規制の違い
現地の会計基準、労働法等が日本と異なる。国によってはある程度基準が明示されていることもあるが、システムの稼働に関わる各種認可取得時の承認基準が、検査官個人に依存することもある。
4. 資源(人・モノ・金・情報)の制約
本社と比べて、限られている可能性がある。また、人の入れ替わりも日本国内に比べると頻繁に発生する。
5. セキュリティ基準や意識の違い
データ保護や情報セキュリティに関する基準が国によって違いがある。また、ユーザーのセキュリティに対する意識が甘く、運用やルールが定着していないということもある。
上記で述べた外部要因を取り除き、基幹システムおよびデータ基盤構築を成功させるには以下のアプローチが有効です。
1. 現地商習慣、文化の学習
現地の文化や法規制、ビジネス慣習について十分な学習を行いましょう。言語研修も重要です。また、システム導入に必要な技術的知識や現地ならではのプロジェクトマネジメントスキルの習得も欠かせません。例えば、国によっては残業をするという概念がなく、タスクの遅れを残業によってカバーすることができません。急に担当者が辞めてしまうといったことも少なくありません。そのため、あらかじめ余裕を持ったスケジュールを組む、多めにリソースを確保するなどの工夫が必要です。
2. 本社との連携強化
定期的に本社と情報共有を行い、必要なサポートを受けられる体制を整えましょう。自発的に本社から情報を収集する姿勢が重要です。本社のIT戦略、他拠点の動向など自分から足並みをそろえに行くつもりで常に情報のアップデートを心がけましょう。孤立を感じないためにも必要なことです。
3. 現地スタッフとの協力関係構築
言語や文化の壁を乗り越えるには、現地スタッフとの良好な関係構築が不可欠です。彼らの知識や経験を尊重し、しっかりとコミュニケーションを取り、協力して課題に取り組む姿勢を示しましょう。現地の言葉を話そうとする姿勢、それ自体が現地ローカルスタッフにはうれしいものです。
4. 柔軟な思考と適応力の発揮
日本のやり方にこだわらず、現地の事情に合わせて柔軟に対応することが重要です。ただ迎合するだけではなく、日本、現地それぞれの良いところを取り入れ、お互い尊敬しながら仕事することができれば、基幹システムおよびデータ基盤構築もぐっと成功に近づくでしょう。
5. 継続的な学習と情報収集
法規制や業界動向は常に変化します。現地のセミナーに参加するなどして最新情報を収集し、必要に応じて現地事情に詳しいコンサルタントなどのアドバイスを求めることも大切です。
6. リソース管理の最適化
限られた予算や人材を最大限に活用するため、優先順位の設定と効率的な資源配分が重要です。本社との連携を密にし、必要に応じて追加リソースの要請も検討しましょう。
7. リスク管理の徹底
セキュリティリスクに対しては、現地の基準を理解した上で、本社の基準との調和を図りましょう。必要に応じて、本社IT部門やセキュリティ部門に助言を仰ぐことも有効です。
長期視点に立った本社と海外拠点の関係構築の重要性
海外でのシステム導入は、確かに多くの困難を伴います。しかし、これらの課題を一つ一つ克服していくプロセスは、個人の成長はもちろん、組織の発展につながる貴重な機会でもあります。グローバル化が進む現代において、海外拠点でのIT戦略の成功は、企業の競争力を大きく左右する要因となります。本社と現地が一体となって取り組むことで、持続可能な競争優位性を確立し、真のグローバル企業としての基盤を築くことができるでしょう。
参考文献
-
※1
日本貿易振興機構(JETRO)
2023年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)(2023年11月)
https://www.jetro.go.jp/world/reports/2023/01/a261e38b2e86c8d5.html -
※2
移転価格税制の問題など利益供与の観点より問題が生じる可能性があるため、本社からの費用負担は慎重な検討が必要
プロフィール
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。