「ポートイン合戦」にまい進する通信キャリア
2010年代までの通信キャリアは、どこでもつながる通信を提供できるか、新しい機能を備えた端末(iモード搭載端末やiPhoneなど)を取り扱えるか、を軸に競争を図ってきた。1990年代末から2000年に掛けては、通信をどこでもつながるようにすることが、通信キャリアの使命であったと言える。続く2000年代は、1999年に誕生したiモードが浸透した時代である。NTTドコモはiモードの提供により、2000年に500万件だった契約数を、2003年には4,000万件まで伸ばしている1。さらに、2010年代は、2008年にソフトバンクが取り扱いを開始したiPhoneを皮切りに、スマートフォンが浸透した時代である。日本でいち早くiPhoneの発売に乗り出したソフトバンクは、iPhone取り扱い前の2007年は15.7%の市場シェアであったが、2014年には28.0%までシェアを拡大している2。2000年代と2010年代は、いずれもいかに最新の機能を備えた端末を取り扱えるかが、通信キャリアの競争力の源泉であったと言える。
このように、通信の品質や規格、あるいは取り扱う端末で競争が図られてきた通信産業であるが、2020年代に掛けては、通信キャリアにとって革新的な変化は起きていない。携帯電話の所持率は100%近くに到達し、ARPU(Average Revenue Per User:ユーザー一人当たりの平均収益)はほぼ横ばいになり、通信事業単体では大きな成長を見込みづらくなっている。このような状況下で、通信キャリアは目先の価格を下げることで競合から新規顧客を奪い合う「ポートイン合戦」にまい進している。2010年代までは技術革新とともに競争力の源泉が定まってきたが、競合よりいかに安く提供するかを競い合っている2020年代の競争は、健全な状況とは言い難いであろう。
しかし、通信キャリアには6GやAI時代の通信に向けたインフラ整備が求められている。通信市場の規模が変わらない、あるいは縮小していく中で、通信キャリアはどうすれば事業を安定的に成長させ、インフラ投資を進めることができるのだろうか。
そのためには、AIをうまく活用し、共存していくことが求められている。このコラムでは、特に日本の通信キャリアを対象とし、2020年代後半における通信キャリアがAIによって足元の課題をどのように解決していくか(AI 1.0)、2030年代にどのように競争力の源泉を再定義していくのか(AI 2.0)、2040年代以降の未来にはどのような役割を果たし得るのか(AI 3.0)、2026年から2040年代に掛けての通信キャリアについて述べる(図1)。
なお、NRIではAIが産業に与える影響を3つの段階で表しており、AI 1.0が「個別業務の効率化や高速化に AIを活用する段階」(業務高度化フェーズ)、AI 2.0が「業務プロセスや組織構造がAI によって変化する段階」(業界再定義フェーズ)、AI 3.0が「3DプリンターやXRなど他技術の進化とAIが融合して社会を一変させる段階」(社会変革フェーズ)としている。
図1 通信キャリアにおける競争力の変化年表

通信業×AI 1.0:足元の課題を解決するAIソリューション
通信市場の規模が変わらない、あるいは縮小していく中で、通信インフラへの投資を進めるには、言うまでもなく、通信事業の収益性を高めることが求められている。ここでは、通信事業の収益性を高める、つまり売上の維持・拡大やコストカットにつながるAIソリューションを紹介する(図2)。
図2 通信キャリアで導入されているAIソリューションおよび技術

まず、売上の維持・拡大について、コンシューマー向け通信の売上は、一般的に契約数×ARPU×継続月数(継続率)に分解できる。契約数を増やす施策として、現状のポートイン合戦のような価格競争が挙げられるが、価格競争には限界がある。また、ARPUは政策的な観点が大きく、通信キャリア側の操作性が低い。そのため、既存顧客の満足度を高め、継続率を向上させることがポイントとなる。
MMDLaboの調査では、価格以外の乗り換え検討要因として、通信品質とサポート品質が挙げられている3。そのため、通信品質とサポート品質といった非価格面での改善が継続率の向上につながる可能性がある。
通信品質を向上させるソリューションの例として、ソフトバンクのAI-RAN(Artificial Intelligence Radio Access Network)を挙げる。AI-RANの研究では、2025年8月にAIモデル「Transformer」を無線通信信号の処理に使用し、5Gの通信速度(スループット)を約30%向上させたり4、2025年10月にAI-RANのプロダクト「AITRAS(アイトラス)」にて、専用ハードウエアを用いずに、ソフトウエアのみでMassive MIMO5に必要な無線信号処理を実現したりしている6。いずれも周波数利用効率を高めることで通信品質の向上に寄与している。
サポート品質を向上させるソリューションとして、NTTドコモの「AI ロールプレイングシステム」7を挙げる。従業員がAIアバターを相手に接客のロールプレイングを行うと、AIが応対内容を自動採点し、フィードバックを行うシステムであり、2025年10月に全国のドコモショップへの導入が発表された。
続いて、AIによるコストの削減は、ネットワーク側とチャネル側の双方で進められている。ネットワーク側では、RIC(RAN Intelligent Controller)による電力効率化や、「AI-and-RAN」(RANとAIの設備の共通化)による設備利用効率の向上などが例として挙げられる。また、チャネル側では、AIアバターにより省人化する動きがある。KDDIでは、AIアバターを通じて遠隔で接客を受けられるブース「次世代リモート接客プラットフォーム」の設置を進めている8。
このように、通信事業の売上の維持・拡大やコストカットにつながるAIソリューションが、ネットワークとチャネルの双方で個別に導入されつつある。通信事業の収益性を高めることで、6GやAI時代の通信に向けたインフラ整備を進められるのではないか。
なお、通信インフラに投資するには、通信以外の市場で獲得した利益を通信事業に還元する方向性もあり得るであろう。通信以外の市場については、のちほど述べる。
通信業×AI 2.0:2030年代の通信キャリアを取り巻く環境とその役割
前述したAIソリューションを用いつつ、通信インフラの整備が進められると、中期的にはユーザー側ではいずれキャリア間での通信品質の差が感じられなくなる。通信はコモディティ化した商品となり、ユーザーは再び価格だけでキャリアを選択するようになるのではないか。そこで、サービスレイヤーでの差別化が求められるようになる。
2026年現在(AI 1.0)の通信キャリアは、端末・サービス・プラットフォームをGAFAMなどの他業界に握られ、ネットワークのみを提供する存在となっている。2030年代(AI 2.0)には、サービスレイヤーにも染み出すことで、競合との差別化を図ると同時に、マネタイズできるレイヤーをネットワーク以外にも広げていくことが期待されるであろう。なお、2040年代以降(AI 3.0)には、2030年代に広がるリアルサービスを起点として、プラットフォームや端末など、現状の通信キャリアが獲得できていないレイヤーへの進出が期待されている(図3)。
2040年代以降については後ほど述べるが、ここでは、2030年代において通信キャリアがサービスレイヤーでどう戦っていくか、つまり通信以外の市場への参入のあり方を考察する。
図3 2020年代後半から2040年代にかけての通信キャリアの役割と事業領域

なお、2000年代半ばから、通信以外の市場への参入は始まっている。いまや通信専業の通信キャリアは少なく、各社が金融やエンタメ、ヘルスケア、ECなどのサービスを展開している。通信×金融のように、デジタルサービスにおける最適化・顧客価値最大化が進められる中、次に参入が期待されるのは、リアル空間におけるサービスである。
通信キャリアには、以前からリアル空間も含めてサービスを最適化し、顧客価値を最大化するインセンティブがあったものの、従来はネットワークの品質や端末の制約から、リアルも含めて最適化したサービスを提供することは難しかった。しかし、5G以降に高速大容量かつ低遅延な通信を利用できるようになったうえ、スマートグラスやXRデバイスなど、リアルに近い端末も増えており、リアル空間に進出するための土壌が整ってきている。
また、リアル空間は、デジタル空間とは異なり、プラットフォーマーとして強大な影響力を持つプレーヤーがいない。先に述べたとおり、2000年代まではサービス・端末・トラヒックのすべてがマネタイズポイントになっていたが、2000年代後半にスマートフォンが登場すると、端末はiOSやAndroid、サービスはApp StoreやGoogle Playで提供されるものになった。その結果、通信キャリアは端末とサービスの大半を奪われ、トラヒックでしか収益を獲得できない「土管屋」と呼ばれるようになってしまった。今後、「土管屋」にとどまらず新たな収益軸を獲得するには、いまだ強大なプラットフォーマーが存在しないリアルの領域への進出が選択肢となる。
では、デジタルを強みとしていた通信キャリアがリアル空間に進出する際、どのようにして異業種との差別化を図れるのだろうか。通信キャリアならではの強みとして、①顧客の幅とタッチポイントの広さ、②リアル空間へのつなぎ込み、③アウトプット先の多様さ、の3つの要素を挙げる(図4)。
図4 通信キャリアがリアル空間に進出する際の強み(三要素)

第一に、通信キャリアは、業種を横断したさまざまな企業の顧客基盤と、個人顧客の両面で接点があり、契約情報以外にもトラヒック履歴や決済情報などの複数のデジタル情報と、位置情報や店舗情報といったリアル情報の双方を取得していることが特徴である。顧客の幅とタッチポイントの広さ(①)という観点では、ビッグテック以外に通信キャリアに比類するものはいないと想定される。
第二に、リアル空間へのつなぎ込み(②)は、もとより通信キャリアのネットワークを用いて行われてきた。例えば、ベライゾン5G Edge Crowd Analyticsでは、AIによって主要な交通流データと群衆の行動を追跡・分析し、チケットカウンターやトイレなどの空き状況を踏まえた高度な道案内や、人員配置の最適化などを行っている。キャリア自身でリアル空間のサービスを提供する際に、自らつなぎ込みができることは強みとなり得る。
最後に、①で取得したデータのアウトプット先(③)は、通信キャリアが徐々に獲得しつつあり、KDDIのローソンやNTTドコモのIGアリーナが萌芽事例として挙げられる。今後も徐々にリアルアセットの獲得が増えていくと想定されるが、通信キャリアは通信基地局の設置や固定回線の引き込みで、従来から不動産事業者とかかわりを持っているため、通信キャリア以外の業種に比べるとリアルアセットの獲得に乗り出しやすい状況にある。
2030年代の通信キャリアは、これらの三要素を強みとしつつ、リアル空間でのサービス展開を強化していくと想定される。通信業×AI 3.0:2040年代以降の通信キャリアを取り巻く環境とその役割
ここからは、2040年代の通信業がどのように変化していくのかを述べる。AI 2.0、2030年代に大きく進展した「デジタルとリアルのつなぎ込み」という業界の潮流は、2040年代に入ると、さらに大きく広がっていくだろう。その際に重要な役割を担うのがフィジカルAIとIOWNの実現である。
フィジカルAIとは、物理的環境と直接相互作用し、人間のように柔軟かつ適応的にタスクを遂行する能力を備えたAIロボットのことである9。2026年においては、主にデジタル空間での学習・生成を担う生成AIが社会へ大きな変化をもたらしているが、フィジカルAIが実現すると、学習元も生成先も、デジタル空間からリアル空間へと広がっていくことになる。
そしてもう一つの要素が、IOWNのさらなる発展である。IOWNとは、「Innovative Optical and Wireless Network」の頭文字から取ったNTTの構想であり、光技術を軸とした次世代の通信・コンピューティングインフラのことである。2030年の実用化を目指しているIOWNでは、光ファイバーを活用した通信で電力効率を100倍、データ伝送容量を125倍、遅延を200分の1にすると計画されている。IOWNによる低消費電力化は、都市におけるセンサーやフィジカルAIの長時間稼働を可能とし、高速大容量・低遅延化は、サービスのリッチ化と提供速度の加速を可能とする。つまり、リアル空間上でのリアルタイムな情報取得とアウトプットが、より迅速かつ高度に行われるようになるであろう。
フィジカルAIとIOWNの実現により、都市全体が情報のインプットの対象となり、アウトプットの対象にもなり得る。こうした世界では、人・都市・国単位で同時に最適化されたサービスが提供されるという、一見すると矛盾するようなことが実現し、また消費者からも求められるようになっていく。通信キャリアは、複数のフィジカルAIをネットワークでつなぎ、リアル空間でのサービスの最適化を図る「リアルプラットフォーマー」としての役割が求められるのではないか。
いわば都市OSの開発についてはGAFAMも取り組んできたが、いまだ成功事例と呼べるものはなく、通信業からの参入可能性もあると筆者は考えている。先ほど通信キャリアがリアル空間に進出する際の強みについて説明したが、それらの強みを活かしつつ、「リアルプラットフォーマー」になるためには、サービスのアウトプット先となる「端末レイヤーを取りに行く」というのも必要な手段といえる。
個人のデジタルとリアルをつなぐ端末はこれまで、PCやガラケー、スマートフォンといった流れで変遷してきた。2025年においては「スマートフォンの次」と呼べるプロダクトは明確には定まっていないが、直近では、MetaやApple、Googleにおいて、XR・スマートグラスへ注力する動きが多く見られる。さらに2040年代には、新しい端末としてブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)が実現する可能性がある。テスラ、SpaceXなどを手がけるイーロン・マスク氏は、BCI企業であるニューラリンクを設立しており、その長期的なビジョンを「人類の能力拡張」と「AIとの共生」であるとインタビューなどで語っている。どの端末が「スマートフォンの次」に普及するかは確証がないが、2040年代には、フィジカルAIやXR・スマートグラス、BCIなど、リアル空間に干渉する端末が普及し、今以上に多くのデータがリアルとデジタルとでやり取りされるようになることは確かであろう。リアルとデジタルをつなぎ込める通信の強みを活かしつつ、その出口となる端末レイヤーを取りに行く、といった選択肢もあり得るのではないだろうか(図5)。
図5 2000年代から2040年代にかけての端末・プラットフォームの変遷

通信と端末を合わせて確保できると、スマートフォンが登場する以前と同様に、サービス・端末・トラヒックのすべてがマネタイズポイントになり得る。通信キャリアは、都市OSやフィジカルAI・IoTをまとめてオーケストレーションし、多様なリアル情報とデジタル情報を組み合わせて、サービスを最適化する役割を担えるのではないか。このコラムでは、そのような役割を「リアルプラットフォーマー」として定義する。GAFAMがデジタル上のあらゆるサービスを操り、マネタイズしてきたように、今度は通信キャリアが「リアルプラットフォーマー」として、自治体やデベロッパーといった都市計画・街づくりの主体から都市のオーケストレーションにかかわる費用を受けつつ、フィジカルAIやIoTのつなぎ先としてのプラットフォーム利用料を得るようなモデルなど、多くのマネタイズ手法が考えられるだろう。ネットワークからリアルサービスへ、リアルサービスからリアルプラットフォームへと拡大していくことで、現状はキャリアが獲得できていないデジタル側のサービスレイヤーを奪取できる可能性もある。
ここまで、通信業のこれまでの変遷とAIによる変化、そして将来について述べてきた。通信キャリアにおいては、本業である「通信」の価値がコモディティ化し、人口減少により市場そのものが縮小していく中で、これまでの事業で培ってきた強みをどのように活かし、未来の産業へとつなげていくのかが重要となる。iモードの後にiPhoneが誕生し、通信キャリアを取り巻く環境が大きく変化したように、AIやロボットが浸透しつつある現在は、また新たに競争力の源泉が変わり得る過渡期である。通信業のこれからを検討するに当たり、このコラムがその一助になれば幸いである。
- 1NTTドコモ「『 i モード(R)』が全国で4,000万契約突破」(2003/10/30)
https://www.docomo.ne.jp/info/news_release/page/20031030.html - 2総務省「電気通信事業分野における競争状況の評価2011」「電気通信事業分野における市場検証(平成28年度)年次レポート」
- 3 MMDLabo「2025年 2 月通信サービスの乗り換え検討に関する調査」
- 4ソフトバンク「『Transformer』を活用してAIRANを高度化し、5Gの通信速度を約30%向上」(2025/ 8 /21)https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2025/20250821_02/
- 5最大128本のアンテナを用いて高度なビームフォーミングや空間多重などの技術を実現する通信方式のこと。ソフトバンク「Massive MIMO(マッシブ マイモ)」
https://www.softbank.jp/biz/mobile/network/technology/massive-mimo/ - 6ソフトバンク「GPUの活用によるソフトウエアの み で のAI-RAN、Massive MIMOを 実 現 」(2025/10/29)https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2025/20251029_02/
- 7NTTドコモ「全国のドコモショップでAIロールプレイングシステムを導入─スタッフ育成の効率化、応対品質の向上をめざす」(2025/10/6)
https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/info/news_release/topics_251006_x2.pdf - 8KDDI「次世代リモート接客プラットフォーム」を提供開始、生活者接点に順次導入」(2025/6/23)https://newsroom.kddi.com/news/detail/kddi_nr-626_3970.html
- 9国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター(CRDS)「科学技術未来戦略ワークショップ報告書 フィジカルAIシステム」(2025/3)
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2024/WR/CRDS-FY2024-WR-07.pdf
プロフィール
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片寄 良菜のポートレート 片寄 良菜
ICT・コンテンツ産業コンサルティング部
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