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技術進展により、長期的には「病気が寿命の制約にならない時代」が訪れる可能性

ハーバード大学医学大学院教授のデビッド・A・シンクレア博士は、著書『LIFESPAN 老いなき世界』で「老化は治癒できる病である」という概念を提唱した。現時点では不確実性の高い技術であっても、AIにより研究が加速することで、長期的には抗老化医療がキーワードになると考えられる。抗老化医療分野においては、AIを活用した分子スクリーニングやタンパク質設計による老化を改善できる化合物の特定など、具体的な成果が見え始めている。AI×ヘルスケアにおける中期的・長期的展望に関する詳細については、AI×ヘルスケアの中期的・長期的展望 | 203X : AIで拡張する社会 | 野村総合研究所(NRI)をご覧いただきたい。

世界保健機関(WHO)による国際疾病分類(ICD)では、2022年に改訂された第11版(ICD-11)で、老化関連(Ageing-related)を意味する拡張コードXT9Tが導入された。XT9Tでは、「老化関連(Ageing-related)とは、『高齢期における生物の適応と進歩の喪失を持続的にもたらす生物学的プロセスによって引き起こされる』ことを意味する」と定義づけられた1。ICDにおける拡張コードとは、あくまで他の疾病分類に対して詳細な内容を補足するコードであるため、明確な疾病分類として定義されたわけではないものの、老化は単なる生理現象ではなく治療対象であるとの見方に変わりつつあるといえる。つまり、「老化は治癒できる病である」という概念はまさに過渡期にあり、引き続き抗老化医療・研究への注目が高まることが期待される。

さらに、超長期的には、AIやフィジカルAIに加えて、脳科学や精神神経科学などの医学の発展や、ロボット、センサー、3Dプリント技術といったテクノロジーの発展が組み合わさり、医療が解決できる課題が増えることで、「病気が寿命の制約にならない時代」の到来が期待される(図1)。医学博士の奥真也氏は、医療技術の進化により、2050年には医療が「完成期」に達し、人間が病気で簡単に死ななくなる時代が到来するとの説を提唱している2。科学技術・学術政策研究所が2025年5月に公表した「第12回科学技術予測調査科学技術等の中長期的な将来予測に関するアンケート調査(デルファイ調査)」の結果によれば、2030年代前半には「がん、自己免疫疾患、アレルギー疾患に対する免疫系を基盤とした治療およびその効果予測」、「老化に伴う運動機能低下の予防・治療法」、「予防医療、先端医療に資する、疾病発症・病態悪化の予兆検出技術」、「包括的アプローチによる劇的な健康寿命延伸」、「元気高齢者の遺伝子解析と環境要因の分析による、疾患抑制機構・老化機構の解明」が、2030年代後半には「胎生期から乳幼児期の環境因子に起因する生活習慣病の予防・治療薬」、「アルツハイマー病等の神経変性疾患の発症前バイオマーカーに基づく、発症予防および治療に有効な疾患修飾療法」が、科学技術的には実現すると予測されている3

図1:超長期的には「病気が寿命の制約にならない時代」が訪れる可能性

出所:科学技術・学術調査研究所「第12回科学技術予測調査科学技術等の中長期的な将来予測に関するアンケート調査(デルファイ調査)」、2025年、
奥真也『未来の医療年表 10年後の病気と健康のこと』講談社、2020年、他公開情報より作成

足元では、AIが個人のリスクを予測し行動を変容させる時代へ

抗老化医療の技術的・社会的な実現や、「病気が寿命の制約にならない時代」の到来にはなお時間を要するが、AIが将来の疾病リスクやその低減策を予測し、個人の生活習慣を変容させる時代は、すでに現実のものとなりつつある。

2025年9月に欧州分子生物学研究所、ドイツがん研究センター、コペンハーゲン大学の共同研究チームより、1,000種類以上の疾患発症リスクを最大20年先まで予測可能な生成AIモデル「Delphi-2M」が発表された4。同モデルは、英国バイオバンクから収集された40万人超のデータセットを基に学習され、さらにデンマークにおける190万人分の医療記録を用いてその精度が検証されている。同モデルはその学習データにおける民族や年齢層のバイアスが存在するなど、臨床応用に向けた課題は残されているものの、AIが個人の長期的な疾病リスクを予見し、医療従事者がその予測に基づく早期介入を行うことができる、という未来像を具現化しつつある。

予測の仕組みだけでなく、個人の行動変容を促す仕組みもAIによって進化している。南アフリカのDiscovery社が開発し、国内では住友生命保険が展開する健康増進型保険「Vitality」は、ユーザーのバイタルデータをAIが解析・評価し、その結果を保険料等に反映させることで、ユーザーに健康増進へのインセンティブを与えている。行動変容促進には、個人のバイタルデータのみならず、医療ビックデータを活用する動きも見られる。台湾では、衛生福利部が研究機関に対し、匿名加工されたレセプトデータ(医療ビックデータ)を提供しており、国立清華大学と大手保険会社の台湾アリアンツが、このデータを活用し個人のAI健康指数を算出するモデルを研究している5。台湾アリアンツはこのモデルに基づき、顧客個人のAI健康指数からリスクを分析し、日々の健康管理を支援する機能の提供を開始している。

これらの萌芽的な技術やサービスは、果たして広く市民に受容され、AIによる健康管理や行動変容は社会一般に浸透・定着するのだろうか。一般に、科学技術的な実現性が示された後には、社会実装へのハードルが待ち受けている。ヘルスケア分野でAIが効果的に活用されるには、データ利用における適切な個人情報保護や、AIの判断に対する責任の所在といった法的・倫理的課題に加え、実際に技術やサービスが広く利用され一定規模の市場を形成できるかという観点で、「市民の受容性」が極めて重要な要素となる。そこで本稿では、NRIが実施したAI活用に関するアンケート調査(「AI利用に関する国際比較調査」6、2025年9月実施)の結果に基づき、AIがもたらすヘルスケアの進化に対する市民の受容性に焦点を当てて分析する。

AIがもたらすヘルスケアの進化に対し、市民の受容性は高い

まず、AIの活用によってヘルスケアの利便性が高まることに対する印象を尋ねたところ、ポジティブな印象を持つ人が多いことがわかった。

図2:AIによるヘルスケアの利便性向上に対する受容性

出所)NRI「AI利用に関する国際比較調査」2025年

AI技術の進展により実現される各項目に対し、半数以上の人が「好ましい」・「やや好ましい」と答えている(図2)。中でも、「AIによる疾病予測に基づく予防医療や遺伝子治療を享受できるようになる(69.1%)」、「AIにより個々人に最適な医療判断や最適な医薬品が提供される(68.2%)」ことに対する受容性は特に高い。上述したような、AI活用によって自身の健康に対するリスクを把握できそのリスクに適切に対処することで、健康寿命が延びるという未来像に対し、好意的に捉えている人が多いことがわかった。なお、各項目で「好ましい」・「やや好ましい」と答えた人の割合は、AIの利用頻度が高い人(週に数回程度~ほぼ毎日の頻度でAIを利用する人)ほど高くなっている(図3)。

図3:AI利用頻度別 AIによるヘルスケアの利便性向上に対する受容性*

出所)NRI「AI利用に関する国際比較調査」2025年

また、AI・ロボットが様々なサービスの従事者に置き換わった場合に、そのサービスを利用したいかを尋ねた設問では、AI・ロボットが医師や看護師といった医療サービスの従事者に置き換わる場合に「より高機能になる・安全性が高まるなど進化するならば利用してもよい」・「無条件で利用したい」と答えた人が6割前後となっており、受容性の高さがうかがえる。「AI・ロボットの医師(処置・手術担当)」で58.8%、「AI・ロボットの医師(診察・診断担当)」で62.1%、「AI・ロボットの看護師・介護士」で67.2%の人が、AI・ロボットによる医療サービスの提供に対する利用意向を示した(図4)。

総じて、AIによる医療的予測・判断や、AI・ロボットによる医療サービス提供といったAIによるヘルスケア分野の進化に対し、ユーザーの利便性や安全性が高まる場合においては、受容性が高いことが見込める。

図4:AI・ロボットがサービス従事者に置き換わることへの受容性

出所)NRI「AI利用に関する国際比較調査」2025年

機能面での期待や利用意向は高い水準にあるものの、いざ「財布の紐を開くか」という段になると、日本の生活者はシビアな反応を見せることがある。サービスを使っても良いと思う「受容性」と、実際に金銭的・時間的なコストをかけて使いたいと思う支払い意思にはギャップが存在することも多い点には留意されたい。

本アンケートでは、日本だけでなく、アメリカ・ドイツ・中国といった諸外国におけるAI利用状況との比較も行った。その結果、日本における生成AIの利用割合、生成AIにお金をかけている人の割合は、どちらも諸外国より低い結果となった。まず、生成AIを月に数回以上利用している人の割合は、中国で86.3%、アメリカで58.8%、ドイツで57.9%であるのに対し、日本は34.9%にとどまる。さらに、生成AI利用者に占める生成AIにお金をかけている人の割合を見ると、中国で66.0%、アメリカで40.2%、ドイツで33.9%であるのに対し、日本は15.5%にとどまり(図5)、生成AIを利用していてもコストをかけることに対するハードルは諸外国よりも大きいといえる。

図5:国別 生成AI利用割合および生成AIにお金をかけている割合

出所)NRI「AI利用に関する国際比較調査」2025年

そもそも「AIによる健康管理や行動変容」の前に、個人の健康管理や行動変容に対してコストはかけられているのだろうか。日本の国民1人当たりの予防(Preventive Care)支出を見てみると、OECD諸国やOECD平均と比較し低い水準となっている(図6)。一方で、日本の国民1人当たりの治療・リハビリ、長期ケア・介護、医薬品・医療用品に係る支出は、それぞれOECD平均を上回っている。国民1人当たりの予防支出には、統計上、公的な支出・民間による支出の双方が含まれているものの、日本では国民皆保険制によって安く医療を受けられるため、予防や健康管理に経済的なコストをかけるインセンティブが働きづらいといった構造も予防支出が少ない要因のひとつとなっていると考えられる。AIを活用し自身の健康リスクを予測できるサービスや、予測に基づく専門家の早期介入等の予防医療サービスが提供可能になった未来においては、AIが可視化する具体的な効果を求めて市民が予防医療に投資をする余地が大きくある一方で、リスクが顕在化する前にコストをかけることに対するハードルは依然存在すると予想される。

図6:OECD諸国における、国民1人あたりの予防支出(2023年)

出所:OECD「Health expenditure and financing」(2023)を基に作成。USDは購買力平価ベース。支出には公的支出・私的支出をともに含む。
予防支出(Preventive care)の範囲:情報提供・教育・相談、予防接種、
早期発見・検診、健康状態モニタリング、疫学調査・リスク管理、災害・緊急時対応準備
*OECD加盟国のうち、オーストラリア/コロンビア/イスラエル/メキシコ/
ニュージーランド/ノルウェー/トルコについてはデータがないため除外している

金銭的・時間的・心理的コストへのアプローチが鍵

こうした中、サービス提供者となる企業や団体にとっては、予防医療サービスに投資するインセンティブをいかに生み出すかが大きな課題となるが、人々の健康管理や行動変容に係る現在または将来の金銭的コスト、時間的コスト、心理的コストにアプローチすることが有効であろう。これには、萌芽的なAI活用事例も既に現れ始めている。

金銭的コストへのアプローチとしては、上述のVitalityに代表される健康増進型保険のように、継続的な予防・健康管理によってユーザーが金銭的な報酬を得られる設計が有効だ。Vitalityでは、AIがユーザーのデータを解析・評価し、健康を増進する行動を取ったユーザーに対し、保険料の割引や提携サービスでの特典付与といったインセンティブを提供する。インプットとなるデータは、ウェアラブルデバイス等から得られる歩数や心拍数、ユーザーがアップロードする健診結果や予防接種の記録、提携フィットネスジムへの来館記録などだ7。現在、ユーザーの行動に応じた保険料の変動は年に1回となっているが、インプットデータの広がりや評価モデルの深化によって、保険料がよりダイナミックに変動する未来もあり得るだろう。

わざわざ医療機関に出向かなくても本格的な予防医療が受けられれば、健康管理に伴う時間的なコストを軽減でき、多忙な人々の健康管理を促すインセンティブのひとつとなり得るだろう。米国のスタートアップThrone Labs社は、トイレに取り付けることでAIが排泄物の状態を解析・評価し、大腸炎や過敏性腸症候群、脱水症状などの兆候を検知する機器を開発・販売している8。オムロンヘルスケアと京都大学は、家庭用の計測機器から得られるバイタルデータと、日常生活における生活習慣データを活用し、個人に最適化された血圧改善方法を導き出す「パーソナライズ血圧改善AI」の開発に取り組んでいる9。家庭用デバイス等を用いて健康状態を管理しつつ、専門家からパーソナルなアドバイスを受けることができ、予防医療がより身近になる日も近いだろう。

健康管理に対する心理的なハードル(コスト)やストレスを低下させるため、生活や日々の習慣の中に健康管理を組み込むこともインセンティブとして有効だろう。実際に、重要な異常を検知する機能によって、普段は意識せずとも健康を見守る仕組みの開発が進んでいる。Google社が提供するスマートウォッチGoogle Pixel Watchは、アメリカ等の一部の国において、脈拍消失を検出し、ユーザーの反応がない場合には自動的に緊急サービスに発信する機能を提供している10。国内でも、東京大学の研究グループらが、AIを活用し家庭で心不全を早期検出するシステムを開発している11

AIの登場によりモノがネットにつながるIoTの段階から、「CoT:Cognification of Things」(モノの知性化)の段階に進んできた。モノが「学び・判断・行動する主体」として身近な生活のなかに組み込まれることにより、家で普通の生活を送りながら知性化された機器や施設を利用するだけで、ユーザーが負担を感じずに”いつの間にか”健康が見守られている状況を生み出すことが可能になるだろう。

  1. 1WHO ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics、
    https://icd.who.int/browse/2025-01/mms/en
  2. 2奥真也『未来の医療年表 10年後の病気と健康のこと』講談社、2020年
  3. 3科学技術・学術政策研究所「第12回科学技術予測調査科学技術等の中長期的な将来予測に関するアンケート調査(デルファイ調査)」、2025年、
    https://nistep.repo.nii.ac.jp/records/2000213
  4. 4BBC「AI can forecast your future health – just like the weather」(2025/9/18)、
    https://www.bbc.com/news/articles/cx2pj502ev6o
  5. 5台湾アリアンツ公式サイト「安聯AI健康指數」、
    https://www.allianz.com.tw/zh_TW/service/digital-zone/Healthapp.html
  6. 6インターネットリサーチにより実施した。有効回収数は日本3,148人、アメリカ3,107人、中国3,147人、ドイツ3,113人であった。
  7. 7住友生命公式サイト「健康増進メニュー」、
    https://vitality.sumitomolife.co.jp/guide/about_program/
  8. 8TechCrunch「The wild story of how gut health AI toilet startup Throne raised $4M led by Moxxie」(2025/5/22)、https://techcrunch.com/2025/05/22/the-wild-story-of-how-gut-health-ai-toilet-startup-throne-raised-4m-led-by-moxxie/
  9. 9オムロンヘルスケア「AI×医療が可能にする、これからの高血圧治療―京都大学との共同研究で描く医療の未来像―」、
    https://www.healthcare.omron.co.jp/corp/technical/AI.html
  10. 10Google「Loss of Pulse Detection has received U.S. FDA clearance, and is now available on Pixel Watch 3.」(2025/2/26)、https://blog.google/feed/pixel-watch-3-loss-of-pulse-detection-fda/
  11. 11科学技術振興機構「家庭で心不全を早期発見するAIシステムを開発」(2025/4/24)https://www.jst.go.jp/pr/announce/20250424/index.html

プロフィール

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    吉田 涼

    ヘルスケア・サービス産業コンサルティング部

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