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AI以前の企業運営は「個別最適」かつ「順次処理」

1985年にハーバード・ビジネススクールのマイケル・E・ポーターが著書『競争優位の戦略』の中でバリューチェーンというフレームワークを提唱した。このフレームワークは、企業が製品やサービスを生み出す際の諸活動が、最終的な付加価値にどう貢献しているのかを示し、役割をもった組織あるいは機能が鎖のように連なることで価値を発揮するというコンセプト(=バリューチェーン)をわかりやすく表現している。R&D、商品開発、調達、生産、販売といった機能や組織の単位で企業の活動を区分して捉えている点が特徴であるが、このように区分される背景には人間の認知制約による影響がある。企業の成長をイメージするとわかりやすい。まず創業直後のスタートアップ企業は創業者自身が商品開発から販売までをすべて行うことも珍しくない。この段階では開発、生産、販売といった機能は組織として分化しておらず、創業者にあらゆる機能と意思決定の権限が集約されていると言える。ただし事業成長に応じて創業者だけで全業務を実行することが難しくなり、従業員数の増加とともに役割分担が進む。結果的に商品開発部門、生産部門、販売部門というように機能ごとに組織が分化し、当初は創業者が掌握していた権限がそれぞれの組織に移管されていく。大企業になると商品開発部門の中でも開発一部、開発二部……のように商材特性などで細分化されることも多い。

結果として「AI以前」の企業運営において細分化された組織を機能させるために、各組織がその役割に集中してそれぞれで最適を目指すこと(=個別最適)、各組織を上流から下流へと連携させるために各種計画や会議体によって全体整合を図る(=順次処理)、という工夫がなされている。ただし「個別最適、順次処理」は人間の認知制約に由来しており、それゆえに生じる組織運営上の課題もある。あるメーカーの例を挙げると、想定外の原価高騰から特定商品で粗利率が急遽に低下したものの、生産部門から販売部門への連携が追い付かずに一定期間は薄利の状態で拡販していた、というような状況があった。また販売部門が求める新商品のテスト生産を実施する際に、生産部門が稼働率への影響を懸念するあまり、テスト生産が遅延して新商品投入が遅くなるという課題もよくある。開発、生産、販売の各部門が「個別最適」を行っても全体として望む結果にならないケースはよくある。

全組織が同じ情報を常時共有して環境変化に対してリアルタイムで意思決定できれば、前述したような課題は理論的には抑制可能に見える。ただし人間だけでそれを実現しようとすると、会議体など組織間での調整コストが膨大となり現実的ではないだろう。パーソル総合研究所によると、例えば1万人規模の企業においては無駄と思われている社内会議時間は年間約67万時間で年間約15億円規模にのぼる1。こういった状況に会議体を追加することで全組織での連携を行うことは現実的ではなく「開発して・生産して・販売する」という上流から下流の接点を中心に、いわば「順次処理」する形で運営が図られている。このように人間の認知制約から各機能がそれぞれ「個別最適」を図り、計画や会議での決定事項を上流から下流へと「順次処理」して実行するという点が「AI以前」の企業運営の特徴である。

AI以後の企業運営は「全体最適」かつ「同時処理」

次にAIが登場したあと=「AI以後」では各組織にAIが組み込まれている状態が前提となり、会議体や計画を通じて人が行っていた部門間連携を各部門のAI同士が担うことで人間の認知制約が消失する方向に向かうと考えられる。それにより従来の「個別最適」かつ「順次処理」がどのように変化するかを考察する。まず1つ目の「個別最適」について、「AI以前」の企業ではマネージャーの認知制約から組織で管理できる人数の制約、いわゆるスパン・オブ・コントロールに繋がった。例えばAmazonの創業者であるジェフ・ベゾスが述べた「2枚のピザ理論」ではマネージャーが管理できる適正人数は2枚のピザで全員がおなかを満たせる5~8人と言われている。「AI以前」は企業規模が大きくなると役割分担をせざるを得えず、個別最適になりやすかった。ところがAIによりスパン・オブ・コントロールが緩和されると企業規模が大きくなっても一部門の中に複数の機能を内包することが可能となり「全体最適」を図りやすくなる。例えばAIが営業現場に同席して顧客との会話から得られた情報から新商品案を瞬時に具体化して顧客のAIペルソナにクイックにニーズを確認することができれば、よくある開発側と販売側の対立は抑制されるだろう。この例のように部門間の垣根が融解して組織統合も進むと想定される。

2つ目の「順次処理」であった組織間の連携について、人間は勤務時間内でのやり取りを行うのに対しAIとのやり取りは24時間いつでも可能である。一例としてトヨタ自動車が導入したAIエージェントシステム「O-Beya(大部屋)」を挙げる2。O-Beyaは24 時間 365 日いつでも相談できるAIエキスパートたちの「仮想の大部屋」で、振動の専門家から燃費の専門家まで9つのAIエージェントが実装されている。例えばエンジニアが「より速く走る車を作るにはどうすればよいか」と質問すると、エンジンエージェントはエンジン出力の観点から、規制エージェントは排出ガス規制の観点から自律的に回答を提示し、システムがこれらを統合して提案している。このシステムは2025年1月にパワートレーン開発部門へ本格導入して約800名に活用されている。こういった例からうかがえるようにAIは同時多発的に人間あるいは他のAIとやり取りすることが可能であり、あらゆる部門にAIが導入された組織では「同時処理」で部門間連携を行いながら業務プロセスを遂行できる。

まとめると「AI以前」は個別最適・順次処理であったが、「AI以後」は全体最適・同時処理での企業運営になると考えられる。複数のAIの指揮を執るAIオーケストレーターという概念があるが、「AI以後」の企業運営もオーケストラのような形態になると考えられることから、本論稿ではこれを「バリューオーケストラ」と名付ける。具体的な特徴については次に述べるが、名称の設定および特徴の抽出にあたっては、スイスの国際経営開発研究所(IMD)でAIと経営のインパクトについて教えるアミット・ジョシ教授にご助言を頂いた。

バリューチェーン型の企業とバリューオーケストラ型の企業の比較

「AI以後」のバリューオーケストラ型で運営される企業と「AI以前」のバリューチェーン型の企業を比較することでその特性を紹介する。

①リソース:人間とAIが労働力に

バリューオーケストラ型企業では人間とAIが同等のリソースとして管理される。セールスフォースのマーク・ベニオフCEOは、「現CEO世代は人間だけのリソースを管理する最後の世代になるだろう」と世界経済フォーラムの講演で述べていたが、それを裏付ける事例が、モデルナであろう。モデルナは2025年に入って人事部門とデジタル部門の統合を発表している3が、これはまさに人間とAI=デジタルレイバーを同等の“労働力”としていることの萌芽と言える。

IT業界では先行してAIが人間のエンジニアと同じように職務を遂行する例が出てきており、例えばマイクロソフトのサティア・ナデラCEOは、同社のコードの約30%がAIによって生成されたと述べている4ほか、阿里雲(アリババクラウド)はコード生成や説明、バグチェック、最適化などでプログラマーを支援するAI「通義霊碼(トンリーインマー)」に社員番号を与えた5。アンソロピック社が提供する生成AI、Claudeの利用実態調査によると、利用全体の約37%がコンピュータ・数理系の用途でコード生成やライティング業務であることが分かっている6

AI=デジタルレイバーが提供できる機能が増えていくにつれ、企業は事業運営状況に応じて、機動的にリソース(デジタルレイバー)を調達することが容易になる。営業を例とするとAIセールスのスタートアップで急成長しているARTISAN社のAIセールスエージェント「Ava」はAI従業員と謳われており、サンフランシスコで「人間の雇用をやめろ」と書かれた広告を出したことが物議を醸した。Avaはターゲット企業の情報を自律的に参照し、パーソナライズされたメッセージを自動で作成し送信し、返答に対して自動で応答することで人間の介在なしに顧客とのミーティングを設定することができる7。このように自律的に業務を遂行できる労働力としてAIが活用され始めているため、これまでは事業拡大時に従業員を増員することが定石であったのが、今後は人の増員だけでなく、AI=デジタルレイバーの増員も経営にとっては当たり前の選択肢となるだろう。

②業務:マルチエージェントによる常時最適化

AI=デジタルレイバーが従業員と同様のリソースとして管理されるようになると、業務プロセスも人間とAIが共同あるいはAIのみが自律的に実行することが当たり前になっていく。先ほど述べたマイクロソフトや阿里雲(アリババクラウド)におけるAIによるコード生成、自律的な営業を行うAI従業員Avaの他にも、様々な事例が登場している。普段着のレンタルサービスを提供しているairClosetでは、「AIスタイリストアシスタント」を導入した。初回のコーディネート方針を決定するまでの対話プロセスを自動化することでスタイリストの業務工数を大幅に削減しつつ、多数の新規会員登録があった場合にもスタイリストの数が制約にならず、顧客の待ち時間を最小化している8。ウォルマートはサプライヤーとの調達交渉をAIに任せる試行で、サプライヤー89社のうち64%との取引が成立したという9。また2024年に上場した消費財業界の新興企業であるAiロボティクス社はAIシステム「SELL」で市場データ、開発、製造、販売、のすべてをリアルタイムに連動させるなどAIをフル活用して27名と限られた従業員で売上142億円(2024年度期末)を実現し一人当たり売上は競合の約5-10倍以上となっている10

AIが個別業務に導入された先には複数のAIが連携するマルチエージェント化がある。マルチエージェント化された段階ではAI同士が高密度に接続・連携するようになる。具体的なイメージを持つために、仮想の製造業で、需要サイドと供給サイドのAI同士が常時連携するとどのようなことが可能になるかを想像してみよう。現状のモノの生産では需要サイド(例:販売部門)は欠品を避けようとして確度が必ずしも高くない見込も含めた販売計画を供給サイドに提示しやすく、供給サイド(例:生産部門)では生産稼働逼迫を避けたいという思いから前倒しで生産を行うため、一般的に在庫過多に陥りやすい。これまでにもS&OP(Sales and Operations Planningの略称)と呼ばれる手法で販売部門と生産部門が共通の需要予測を参照するなどして販売計画と生産計画を連動させる工夫がなされているが、今後さらに販売、生産、調達部門などのすべての組織にAIが入り、さらにそれらが連携する状態になると、これらの部門が“常時接続状態”となる。すると従来は人間が行っていた生産計画と販売計画のすり合わせ業務が消失し、代わりにAIによって常時最適化できるようになる。販売実績、在庫状況、原料在庫、物流余力……等をAIがリアルタイムに把握できれば従来の計画がなくとも最新時点の販売実績に応じて安全在庫分だけを追加生産する、という対応が可能となる。

③収益構造:収益源の多様化、固定費の変動費化

売上:収益源が多様化

バリューオーケストラ型の企業ではAIをフル活用することで商品やサービスの新規開発ハードルを下げることができる。例を挙げると、一般に新薬開発は数千億円の開発費用と10年超の開発期間を要すると言われるが、AI創薬を行うインシリコ・メディシンが開発した新薬候補(ISM001-055)の例では、従来手法で4億ドル以上のコストを要するところを1/10のコスト、6年かかるところを1/3の期間で臨床試験の第一段階に到達した11。その他、セブン‐イレブン・ジャパンは全店舗の販売データやSNSの消費者の生声をもとに、新商品の画像・文章や企画書をAIで生成することで、企画にかかる期間を最大10分の1に短縮した12ほか 、サッポロビールが開発したRTD商品開発AIシステムでは、新商品のコンセプトや必要情報を入力することで瞬時に目標とする配合の骨格をもとに、原料の組み合わせや配合量を予測してレシピを出力することが可能となっている13。新規商材投入が容易になれば新規顧客獲得や既存顧客の単価アップの選択肢が増えて売上拡大が期待できる。

さらにバリューオーケストラ型の企業は自社のAIのケイパビリティを外販するという新たな収益獲得の可能性が拓ける。本業でのモノやサービスの提供だけにとどまらず、AI-BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)などで収益源が多様化すると考えられる。例えばAIをフル活用したR&Dを行うメーカーが、研究開発AIエージェントによる受託研究により新たな収益を得ることや、総務AIエージェントを開発した事業会社がAIによる法務チェックソリューションを外販する、といったことが考えられる。萌芽事例としては、既に挙げた潜在顧客候補抽出やアポ設定までを行うAI営業Avaを提供する企業の他、コールセンター業界で人間ではなくAIが受電処理を行う企業も登場している。いずれも人的リソースを外販する従来型のBPOビジネスとは異なり、AIの労働力を提供するAI-BPOビジネスと解釈できる。ソフトバンクグループが掲げる「クリスタル・インテリジェンス」の構想も収益源の多様化を示唆しており、同社はOpenAIと協業することで経営企画、マーケティング、営業などのあらゆる業務をAIエージェント化し、日本の主要企業に対して企業ごとにカスタマイズされたAI「クリスタル・インテリジェンス」を外販すると発表している14

コスト:固定費が変動費化

「AI以前」は、開発した商品やサービスをスケールさせていくには人や生産設備といった必要リソースが増大するというのが通常で、事業拡大に応じて人件費や設備投資に伴う減価償却といった固定費を増やす必要があった。ところがこれまで述べたように「AI以後」は人だけでなく外部のAI=デジタルレイバーを含めたリソースを活用できるようになる。そういった外部組織のケイパビリティを活用することで、これまで固定費となっていた一部を変動費化するという選択肢が出てくる。

売上構成とコスト構造の設計は企業の事業、戦略、成長ステージによるが、投資余力の限られる企業やスタートアップでは、外部組織が提供するデジタルレイバーやAI-BPOサービスなど外部のAIを積極利用することで初期投資を抑制する「変動費型組織」を選択しやすいだろう。それだけでなく投資余力がありAIやロボットを保有して変動費型組織にAI=デジタルレイバーを提供する役割を担う「固定費型組織」を選択する企業も登場すると考えられる。

総括:バリューオーケストラ型の企業ではAIが人間と共に労働力となり収益源も多様化

最後にバリューオーケストラ型の企業の特徴をまとめたい。1つ目の「リソース」の観点では「AI以後」は人間とAIが同等のリソースとして認識され、人だけでなくAI=デジタルレイバーの活用が経営にとっては当たり前の選択肢となる。

2つ目の「業務」の観点では、人間とAIが共同あるいはAIが自律的にオペレーションを実行するようになる。「AI以前」は各部門の計画や目標に向けて人間が業務を実行して部門間のすり合わせを定期的な会議体によって行ってきたが、「AI以後」は複数のAI同士が高密度に接続・連携することで常時最適化が可能となる。

3つ目の「収益構造」の観点では、商品やサービスの新規開発ハードルが下がるとともに自社のAIのケイパビリティを外販するなど収益源が多様化するだろう。加えて「AI以前」は事業拡大に応じて人や生産設備といった必要リソースが増大するのが通常であったが「AI以後」は外部のAI=デジタルレイバーを含めたリソースを活用できるようになり固定費の一部を変動費化する選択肢も出てくる。

このようにバリューオーケストラ型の企業ではAIが人間と共に労働力となり収益源も多様化する。結果として「AI以前」は相関がみられた事業規模と従業員数や資産との相関関係も「AI以後」はデカップリングしていくだろう。バリューオーケストラ型の企業では極端にアセットの少ない(ウルトラアセットライト)、あるいは非常に少数の従業員(ウルトラリソースライト)で構成され、ROAや一人当たり売上で従来のバリューチェーン型の企業の10X(10倍)を実現するプレーヤーも出現すると考えられる。

  1. 1パーソル総合研究所「ムダな会議」による企業の損失は年間15億円(2018年12月13日)
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  12. 12サッポロビール株式会社 ニュースリリース(2023年4月26日)
  13. 13日本経済新聞 「セブンイレブン、商品企画の期間10分の1に 生成AI活用」(2023年11月2日)
  14. 14ソフトバンク株式会社 プレスリリース(2025年7月18日)

プロフィール

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    土橋 和成

    ヘルスケア・サービス産業コンサルティング部

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