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行政の課題とAI活用の進化段階

日本の地方公共団体は、少子高齢化による労働力不足、多様化する住民ニーズ、厳しい財政制約などさまざまな課題に直面している。その中、AIは単なる効率化ツールにとどまらず、公共サービスの質そのものを飛躍的に向上させ得るものとして注目される。
しかしAIの導入を論じる前に、まず向き合うべきは、現在の行政組織が抱える課題である。日本の地方公共団体は長年にわたり強固な縦割り構造を形成してきた。その結果、業務ノウハウが特定の担当者に集中する「属人化」と、各部署が独自にデータを管理する「情報のサイロ化」が生じている。たとえば、出生や転居といったライフイベントに対して、複数の部署がそれぞれ個別に対応するため、住民は同じ情報を何度も提出し、行政は非効率な確認作業を繰り返すことになる。
こうした課題を乗り越えるため、AI活用は段階的に進化していく。本稿では、その進化の流れを3つのフェーズで整理する。

  • 1.0(局所デジタル化):単機能AIで特定タスクという「点」を効率化する段階
  • 2.0(プロセス自律化):業務フロー全体という「面」をAIが自律的に動かす段階
  • 3.0(政策共創ブレーン化):AIが政策・制度設計という「全体」の最適化に参画する段階

まず1.0は、「呼び出して使う」便利なツールとして、AIが行政の現場に登場する段階である。チャットボットによる24時間問い合わせ対応、RPA(Robotic Process Automation)による定型入力作業の自動化、OCR(光学文字認識)による紙書類のデジタル化など、特定の業務を効率化する取り組みが中心となる。この段階は、行政職員や住民がAIの利便性を体感し、デジタル技術への心理的な抵抗感を低減させる重要なステップである。また、部分的なデジタル化を通じて、後の段階で必要となるデータの蓄積や、AI活用に関するガイドラインの雛形づくりが始まることにも期待される。
しかし、1.0段階の「点の効率化」だけでは、部署をまたがる根本的な課題、すなわち縦割り構造と情報のサイロ化は解決できない。住民は依然として複数の窓口を回り、職員は部署間の情報連携に手間をかけることになる。この課題を乗り越え、住民一人ひとりに対して一貫したサービスを提供する必要性から、AI活用は2.0(プロセス自律化)へと進化することが求められる。

以下、2.0と3.0の具体像を順に論じていく。

2.0(プロセス自律化)段階:住民を手続きの手間から解放する

2.0は、AIが業務オペレーションの裏側に溶け込み、住民が意識せずとも先回り支援を受けられる社会の到来を意味する。「アンビエント(ambient)」とは「周囲に遍在する」「環境に溶け込んでいる」という意味の英語であり、利用者が端末やシステムの存在を意識せずとも技術が背後で自律的に機能する状態を指す概念として用いられる用語である。本稿ではこの概念を行政サービスに援用し、こうした社会像を「アンビエント社会」、それを支えるAIを「アンビエントAI」と呼ぶこととした。複数のAIやシステムが連携し、業務フロー全体を自律的に動かすことで、住民の負担は劇的に軽減される。
ただし、あらゆる行為をAIが代替するわけではない。この段階では、AIは「本人性」が求められる行為と、定型的で代替可能な行為とで、関与のレベルを変える。学習や創造活動といった本人性が強い領域ではAIは選択肢を提示する推奨役にとどまり、転居に伴う住所変更のような中程度の領域では申請書を自動作成する伴走役を担い、条件が明確な給付金の自動適用など本人性が低い領域では手続きを完全に代理する。
たとえば、本稿が2.0段階のサービス像として構想する「出生ワンパック手続き」では、出産と同時に病院システムがAIに通知し、戸籍登録・保険証発行・児童手当申請が一括処理される。復職前にはAIが保育園候補をマッチングし、予防接種の時期管理まで自動で行う。親はスマホで確認・同意するだけでよい(図1)注1

図1 2.0段階のサービス像として構想する「出生ワンパック手続き」の実施イメージ

このように住民は煩雑な手続きの手間から解放され、学習や創造、コミュニティ活動といった本質的な活動に時間とエネルギーを集中できるようになる。行政もまた、単純な転記や確認作業から解放され、専門的な相談業務や対話、政策形成といった付加価値の高い業務へとリソースを再配分できるようになるだろう。
ただし、この未来像の実現には乗り越えるべき障壁がある。有識者ヒアリングにおいて、AIのハルシネーション(AIが事実に基づかない情報を生成する現象)という技術的課題や、既存業務のデジタライゼーションの遅れが、2.0段階の実現を阻む大きな障壁となり得ることが指摘された。

3.0(政策共創ブレーン化)段階:AIが政策共創のパートナーになる

2.0段階で業務プロセスが効率化されても、少子高齢化や財政制約といったマクロで複雑な社会課題そのものが解決されるわけではない。将来の不確実性が高まる中で、過去の前例や経験則だけに基づいた政策立案は限界を迎える。AI活用は政策共創のパートナーとなる3.0(政策共創ブレーン化)へとその役割を拡張する。この段階のAIは、複数の政策シナリオとその根拠を提示し、人間の意思決定を支える存在となる。古代ギリシャで神殿の巫女が神託(オラクル)を告げ、指導者がそれを解釈して判断を下したことになぞらえ、本稿ではこの段階のAIを「オラクルAI」と呼ぶこととした。
具体的には、AIは単に複数の政策シナリオを提示するだけではない。行政職員や住民からの問いかけに対して即座に再シミュレーションを行い、その影響を可視化する。ときにはデータからは導き出しにくい倫理的な問いを人間に投げかけたり、当初は想定されていなかった新たなハイブリッド案を能動的に「共創」したりする。
3.0の萌芽事例として、UAEの動きが注目される。2025年4月、UAE政府は「Regulatory Intelligence Office」を新設し、AIを用いた立法支援システムの構築に着手した注2。連邦法や首長国法、裁判例、行政サービス、手続情報などを統合したデータ基盤を整備し、AIが法体系の重複や矛盾、規定の不足箇所を分析して改正論点や新たな立法テーマを提示することを目的としている。判断の主体は人間にとどめつつ、AIは論点整理と影響分析の補助に位置づけられている。なお当該システムは現段階では構想・開発中であり詳細は公表されていないが、UAEが政策形成プロセスそのものにAIを導入する方針を明確にし、その初期段階として立法支援システムの構築に着手した事実は、AIと融合した3.0社会の将来像を示唆するものといえる。

3.0を支える組織の3つの必須機能と「政策シャーマン」

この高度な「AIとの協働」を実現するため、行政組織は〈「翻訳」機能〉〈「ガバナンス」機能〉〈「信頼」機能〉という3つの必須機能を専門的に発揮できる組織体制を確立すべきである。
〈「翻訳」機能〉は、AIが生成した数理的なシミュレーション結果を、条例案や予算案といった「政策言語」に変換する頭脳部分である。この機能を担う職員には、テクノロジー・リテラシー、政策通訳力、説明責任と倫理性、合意形成能力という4つの能力が求められる(図2)。かつて古代の神官が神託を解釈しコミュニティに伝達した役割になぞらえ、いうなれば、AIと社会を媒介する「政策シャーマン」である。
〈「ガバナンス」機能〉は、AIの判断プロセスに誤りや偏りがないかを多角的に検証し、その出力に「社会的な信頼・納得感」を与える。アルゴリズムの公平性やデータプライバシーを監査する専門部署が常設され、必要に応じてAIモデルの運用を停止する権限を持つことが求められる。
〈「信頼」機能〉は、AIが関与する政策決定プロセスを住民に透明に開示し、社会的な合意を形成する役割を担う。行政側からの情報開示にとどまらず、市民の声を広く収集・分析する「ブロードリスニング(広聴)」の仕組みもここに含まれる。台湾では、市民からの多様な意見をAIが構造化・可視化するプラットフォーム「Pol.is」がオープンガバメントの取り組み(vTaiwan等)において政策形成に活用されており、日本では、東京都知事選(2024年)において安野貴博氏が「Talk to the City」という広聴AIを選挙活動に導入した事例がある。
こうした組織の中で活躍する「政策シャーマン」をはじめとする人材は、縦割り型の組織における人材育成制度では育ちにくい。専門職採用の拡大やクロスアポイントメント制度、データサイエンスと公共政策の双方を学べる専門職大学院コースの設置などが新たに必要と考えられる。

図2 3.0段階の行政組織に求められる人材(=「政策シャーマン」)が持つべきスキルセット4つ

これらの進化を実現するためには、行政組織の段階的な再編が不可欠である。2.0では既存の縦割り組織にデータ関連機能を横断的に内包し、3.0では上述の3つの必須機能を専門的に発揮できる組織体制へと分化する。この組織変革こそがAIの能力を最大限に引き出し、そのリスクを統制することにつながるものと考えられる(図3)。

図3 AI活用の進化段階モデル

AI時代のガバナンス課題と社会的論点

AIを活用することによって、たとえば2.0では住民の手続きや行政における各種業務の手間からの解放、3.0ではより高度な行政サービスが提供されることで、急速な人口減少下においても安定した行政サービスを受けることが期待できる。一方で、AIがオペレーション層から政策立案層へと進出するほど、そのリスクはより複雑かつ根源的なものとなる。
本稿で提示した3つの必須機能は、そのままガバナンス上の主要な論点を示唆している。〈「翻訳」機能〉においてはAIの提案を解釈する際の中立性、〈「ガバナンス」機能〉においては監査の独立性やアルゴリズムの公平性基準を誰が決めるかという問題、〈「信頼」機能〉においては住民参加の形骸化リスクが問われる。
加えて、有識者ヒアリングでは、AIへの過度な信頼が人間の批判的思考力を奪う「オートメーション・コンプリセンシー」の問題や、AIによる合理的な判断が普及する社会における人間の存在意義の揺らぎも指摘された。AIによるスコアリングが教育、就職、融資などに影響を及ぼす人権侵害リスクへの対策も急務である。AIの判断根拠を問うだけでなく、その社会的文脈についても理解する「クリティカル・リテラシー」を、学校教育や生涯学習を通じて市民全体で育むことが求められるのではないか(図4)。

図4 三層モデルで整理するガバナンス上の課題、その他社会的な論点

AIと人間が協働する、より公正で効率的な公共サービスを実現するためには、技術的・制度的基盤の整備、新たな専門性と人材の育成、そして信頼と合意形成の仕組みづくりを、社会を構成するさまざまな主体が連携して段階的に進めていく必要がある。単なる技術の導入ではなく、行政の役割、そして民主主義のあり方そのものを、市民とともに再創造していくプロセスとして捉えることもできよう。本稿で示した進化段階モデルが、その議論の一助となれば幸いである。

  • 1本コラムで描くデータ連携の実現には、個人情報保護法などの法制度に関する論点が存在するが、本稿の主眼は組織変革のシナリオ提示にあるため、詳細な法的分析は今後の課題としたい
  • 2WAM "UAE Cabinet, chaired by Mohammed bin Rashid, approves launch of first integrated regulatory intelligence ecosystem in UAE Government"(2025/4/14)
    https://www.wam.ae/en/article/bj6abdw-uaecabinet-chaired-mohammed-bin-rashid-approves

プロフィール

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    毛利 一貴

    社会システムコンサルティング二部

    2010年にNRIに入社。公共経営戦略コンサルティング部や経営コンサルティング部門での採用主担当を経て、現職に至る。大学・大学院での学びを活かし、国土計画、地方創生、まちづくりにかかる政策立案・効果検証のプロジェクトに多数従事。近年は、データ・テクノロジーによる行政・産業界の変革に注目し、行政DXやスマートシティ関連のプロジェクトにも注力。エンドユーザーのウェルビーイング向上を目指すなど、多様なステークホルダーにとって不幸を生まない持続可能な仕組みの実現を目指す。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。